召喚士学校でサボってたら卒業ヤバくなったが実はまだ虫一匹呼び出したことない件

最高にかっこいいイラストをお題にもらったのに手癖でいつも通りひどいアレになってしまう。すべての責任を負ったトゲに対し…(以下略)
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帽子男 @alkali_acid

子供は見た。召喚獣が家を踏み潰すのを。 生まれてからずっと世界の中心だった小屋を、巨大な灰色の足が圧し潰し、激震が地面をひっくり返すように伝わり、防風林をざわめかせ老い弱った木を倒し、もうもうと土煙を巻き上げるのを。 長い鼻が天に向かって伸び、戦場喇叭そっくりの音をさせる。

2018-11-14 22:46:44
帽子男 @alkali_acid

あの日、父と母とまだ若い叔父とはともどもに死んだ。 誰を恨めもしなかった。 召喚獣は味方だったからだ。少なくとも大人はそう説明した。 世界の脅威と戦う我々の味方。 召喚士の忠実にして強盛なる友だと。 だが子供は惨事の際に飛んできた石榑(いしくれ)で額を打ち、視力を大いに損じた。

2018-11-14 22:49:58
帽子男 @alkali_acid

「僕の味方じゃない」 いくらか背が伸びて、言葉も達者になってから、テリオはそう結論した。 特別に支給してもらった眼鏡をかけ、召喚士学院のうっとうしい制服をまとうようになりながらも、考えは変わらなかった。

2018-11-14 22:52:05
帽子男 @alkali_acid

「お前は座学は優秀なのだがな。実技となるとまるでだめだ」 教師は溜息をついた。引退した召喚士で、若い頃は炎蜻蛉を自在に操り、多くの脅威を退けたのだという。 テリオの好まない類の人物だったが、特に敵意は示さなかった。少年は誰にでも冷たく接した。 「根性が足りん」

2018-11-14 22:54:52
帽子男 @alkali_acid

「刻苦します」 「本ばかり読むなよ。体と心を鍛えて、術に打ち込め」 「はい先生」 話にならなかった。なぜならテリオは召喚士になるつもりはまったくなかったからだ。学院に通っているのは、ただで勉強ができるからだ。 将来は防虫剤や防虫具作りをするつもりだった。

2018-11-14 22:58:33
帽子男 @alkali_acid

農家を悩ませているのは、さまざまな作物の病弊に咥えて害虫の類だった。 テリオは熱心に学院の図書館を漁り、また博物館にも足を運んで、標本を眺め、さりげなく質問をして、それらがどこから来たのか見当をつけた。 召喚術だ。召喚士がばらまいたのだ。意図してかそうでないかはともかく。

2018-11-14 23:00:28
帽子男 @alkali_acid

召喚士が脅威として退けている異形や魔障も、少なからぬ割合が召喚獣やその影響によって変容した草木や鳥獣、虫魚なのではないかと、密かに疑っていた。 同じ意見はおずおずと書物のあいだにも見えていた。 だが召喚士の学院でおおっぴらにはできない推測ではあった。

2018-11-14 23:02:58
帽子男 @alkali_acid

テリオは何もかもうんざりしていた。 人々は何かあるたびに召喚術に救いを求め、天変地異や魑魅魍魎、疫病や飢饉を乗り越えるが、代わりに次には召喚獣の猛威の余波がさらに難題を引き起こすのを、薄々分かっていながら頼るのをやめない。 「じぶんの力で何とかしなきゃだめなんだ」

2018-11-14 23:05:21
帽子男 @alkali_acid

少年は口には出さねずっとそう思っていた。 何ができるのかは分からなかった。とにかく調べ、考え、確かめようとした。 だから、遅かれ早かれ、今の暮らしが、召喚士と召喚獣のおかげだと知ってはいた。学院がある都市をすっぽりととりまく要塞が、目下最強の召喚獣、砦巨人であり

2018-11-14 23:08:09
帽子男 @alkali_acid

学院始まって以来の俊英と呼ばれた双子の姉妹がその召喚士であるのも。 「いつか…うまくいかなくなる」 頑丈そうな白亜の囲壁を眺めながら、テリオは眼鏡を上げた。遠くを見ようとすると焦点がぼけやすい。 「城壁だって、じぶんで作れなくちゃだめだ」

2018-11-14 23:10:24
帽子男 @alkali_acid

かがんで土いじりをする。 「精が出るね、学院のぼっちゃん」 庭師が話しかけてくる。少年はだまって会釈をし、手袋をはめた指で霧吹きを掴み、やにを溶いた水を吹きつける。 「前とちがう虫がいますね」 「新たな工夫をせにゃならんな。しかしせっかくの休みをこんなとこで潰していいのかね」

2018-11-14 23:13:50
帽子男 @alkali_acid

「いいんです」 眼鏡を直してテリオは言う。 「うちではいつも皆こうしてました」 「うち?…ああ、そうだったな。ぼっちゃんは壁外の…」 「ぼっちゃんじゃありません」 「怒るな怒るな。わしからすりゃ学院の生徒さんはみんなぼっちゃん嬢ちゃんさ。賢くて育ちが良い」

2018-11-14 23:15:16
帽子男 @alkali_acid

テリオはむすっとしながらも抗弁はせず虫よけを続ける。 「虫、こまりますね」 「虫よりもっと困るもんがあるさ」 「病気ですか?」 「雑草さ」 「雑草…ですか?」 「そう。壁外の方からね。風に乗って飛んでくるんだか。砦巨人だって防げないみたいだがね」

2018-11-14 23:17:00
帽子男 @alkali_acid

「どんな雑草ですか」 「花だよ。きれいなかわいい白いひらひらが、黄の芯についてる。そいつがいっぱい生えるとね。ほかのもんはみんなだめになっちまう。食えやしないし、根も強くてそうそうどかせない」 「除草剤は?」 「あんまり効かんね。召喚獣に焼いてもらうかなんてのも冗談でもないんだ」

2018-11-14 23:19:25
帽子男 @alkali_acid

テリオは眼鏡を直しながらきまじめに聴いた。 「大変ですね」 「おおごとだと思ってるのは百姓とわしらぐらいのもんだ。これから菜だの芋だのの獲れ高が減りゃ騒ぎにもなるだろうが」 庭師の慨嘆に少年はいちいち頷く。

2018-11-14 23:22:42
帽子男 @alkali_acid

次の日から、野外実習や運動の授業で生えている草によくよく注意深くするようになった。 「テリオ、まーたよそみかよ」 「ほっとけ、こいつはがんばったって、どうせ召喚獣なんか呼べないさ」 「あーあ、筆記だけ秀才くんなんか別の班にいてほしいよなー」 同級が嘲るのを眼鏡の奥からじろり。

2018-11-14 23:25:16
帽子男 @alkali_acid

「君の魔法陣。ずれてるよ」 指さして教えてから、さっさとそばを離れる。 「なーにかっこつけてんだよ!」 「氷蛟蛇ぐらい呼び出してみせろよ!!」 「岩蟾蜍に踏み潰させるぞ!」 わめいても本当にはやらない、召喚術を人に使うのは厳禁だ。 事故でない限りは。

2018-11-14 23:27:23
帽子男 @alkali_acid

テリオは眉根に皺をよせてずんずん歩いた。 気分だけは一人で世界を背負っているつもりだった。 「おとなになったら、除草剤も作る。ぜったい」 宣言して、ふとすぐそこに白と黄の見慣れない花をとらえる。 にらみつけて、においをかぎ、色々な角度から調べて、すばやく素描、指で長さを測る。

2018-11-14 23:29:23
帽子男 @alkali_acid

周囲の植生を書き留め、もう一度観察。 「まちがいないぞ」 手袋を取り出して指にはめ、むんずと掴む。 「ぼくがしらべてやる」 だが花は拳の中でうねり、いきなりしびれを伝えてきた。 「うぐっ…」

2018-11-14 23:30:38
帽子男 @alkali_acid

いきなり泡を吹いて気絶した眼鏡の生徒を、あとから同級が見つけ、尻を蹴飛ばしてから、げらげら笑って去って行った。 教師が探し当てるのはさらにしばらく経ってからだった。

2018-11-14 23:31:44
帽子男 @alkali_acid

太陽草と名がついた花が急速に増え始めたのはしばらく経ってからだった。 「見かけても素手でさわらないように」 と生徒にも通達が回った。 「手袋をはめたってだめさ」 「どっかの頭でっかちがいい気になって掴んだって」 「泡吹いてひっくりかえったってさ」

2018-11-14 23:33:32
帽子男 @alkali_acid

男生徒のあいだで笑い話が広がり、くすくすと指さす女生徒もいる。 テリオは眉根に皺を寄せながら、地学の教師の部屋を出てきたところだった。 「つまらぬことに気を回していないで勉強をやれ。いい加減に召喚獣の一体でも呼び出せないと、いくら座学が優秀でも放校になるぞ」 「刻苦します」

2018-11-14 23:35:07
帽子男 @alkali_acid

少年はかぶりを振った。学院の指導役の多くは召喚士あがりで、実務を伝授するには向いているのだろうが、一歩引いてものを考える大人が少ない気がする。 庭師の道具置き場にゆき、記帳をして円匙と馬穴を借り出し、猛然と敷地の端に歩いてゆく。今度は逃さないつもりだった。

2018-11-14 23:37:52
帽子男 @alkali_acid

先日見かけた太陽草の生えているあたりを探すと、労せずして仇敵を見つける。というより呆気にとられる。すでに群生が広がっている。 白と黄の花が一面に咲き乱れ、あたりを埋め尽くすようにして風に揺れている。ほかの草はない。いや拡大する版図の外縁ではしぶとい雑草が粘っているが萎れがち。

2018-11-14 23:39:39
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