5・7神戸デモ参加後に考えたこと

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直立演人 @royterek

間違えたので再送:神戸デモ参加してきました。主催者の横山さんとそのお仲間さんたち、たいへんお疲れさまでした。無理しないマイペース感が新鮮でした。個人的な印象では、道行く人の3分の1が無関心、3分の1は関心をもってながめ、3分の1が当惑気味、という感じでしたでしょうか。

2011-05-07 21:23:58
直立演人 @royterek

神戸のアーケード街を突っ切るデモが珍しかったのか、通行人の多くはこの現象をどう理解すればいいの?、といったような表情をしていました。ただ、声をかけたら、ときたま反応してくれる人もいて、拒絶反応はほとんど見られず。とくに商店街の人々は店先で一部始終を注意深く見つめていたのが印象的。

2011-05-07 21:00:25
直立演人 @royterek

デモも、通行人の多くはは一見したところ無関心に見えるが、実はそれが関心をもつきっかけにも十分なり得ると思う。たとえ10人に一人ぐらいだとしても、誰かしら少しだけでも関心をもつ機会になれば、それだけでもデモをやった意味はあると思う。

2011-05-07 21:20:09
直立演人 @royterek

デモが周縁化されてきた日本社会でデモがもっている本来の地位を取り戻すには、デモが日常風景になり、デモへの参加が普通のことになることが、まずは重要だと感じる。大事なのは、世間のデモ・アレルギーを払拭すること。いまはちょうどその段階にあるのだと思う。

2011-05-07 22:26:51
直立演人 @royterek

動員数もたしかに大事だが、当面は、できるだけ多くの場所で繰り返しデモが行われるという状況を継続させることが、反/脱/卒原発運動が真の社会運動にまで発展するかの試金石になるだろう。過度に数を気にするのはやめよう。動員数よりもデモ回数をこそ気にしよう。

2011-05-07 22:33:43
直立演人 @royterek

ドイツでは、数十万の市民が同日に平和的なデモに参加して現政権を倒した。中東では、デモが暴動に発展して、独裁体制を倒した。残念ながら、日本ではこのような革命は期待すべくもない。今回の原発事故で、性急な変化を望まず、一にも二にも秩序を重んずる国民性が、痛いほどあらわになった。

2011-05-07 22:38:16
直立演人 @royterek

原発の事故の後、なんらかの劇的な変化を期待したために、幻滅もまた大きかった。しかし、こうして2カ月以上が経ってもデモのエネルギーが決して後退していないことを見るにつけ、幻滅するのはまだ早い、と思い直した。

2011-05-07 22:43:08
直立演人 @royterek

これだけのことがあっても、世の中をひっくり返すような大規模デモが起こらないということは確認できた。しかし一方で、小規模ながらも同時多発的にデモが粘り強く継続されているという、ここ数十年のあいだまるで存在しなかったような現実が生まれつつあるのもたしかだ。

2011-05-07 22:48:35
直立演人 @royterek

よく言われるように、「喉元過ぎれば・・・」となることを何より恐れたが、まだそうはなっていない。デモに参加する人間はたしかにごく一握りに過ぎないが、デモが存在し続けていること、そしてその数と頻度が高まり続けていることは、何かが確実に変わりつつある、ということを意味している。

2011-05-07 22:51:44
直立演人 @royterek

たしかに、日本にはタハリール広場はない。緑の党が与党になる下地もない。デモで25万人も集まる気配はおよそあり得ない。しかし、たとえ一握りであっても、今回の事故を境に、何度も粘り強くデモに参加しようと決意した一定の社会層がいるのだ。このことがもつ意味は少なくない。

2011-05-07 22:58:14
直立演人 @royterek

現在の日本社会に見合ったデモの形があるとすれば、それはおそらく、大雨と洪水の後にできた小川の流れのようにゆるやかで、至る所にできた水たまりのように控えめな、嵐の痕跡のようなものなのかもしれない。100万人デモというのはあまりいいネーミングとは思えない。幻滅を招きかねないから。

2011-05-07 23:09:05
直立演人 @royterek

これまでは、一回のデモに少しでも多くの人を巻き込むことに必死になりすぎていた。要するに、背伸びし過ぎていたのだ。当面はデモがなくなる気配はなさそうだから、余裕のあるとき、もう一度デモ友達に会いたくなったとき、デモのない日常が味気なくなってきたときにでもふらっと参加したらいいのだ。

2011-05-07 23:18:50
直立演人 @royterek

京都ではさ来週から一週間ぶっ通しデモというのがあるし、来月11日には全国的にデモがある。デモが下火になってしまうのではないか、という危惧はご無用。むしろ、デモがありすぎて、どれに参加するのか悩むし、頻度高すぎて、正直いちいち参加するのが大変なほど。

2011-05-07 22:18:50
直立演人 @royterek

重要なのは、デモ継続の意思を静かに確認し続けること。持続的なエネルギーを温存し続けること。希望を失わないこと。動員力への過度の期待はかけないこと。デモを過大に評価しないこと。性急な結果を求めないこと。幻滅を招くようなことはしないこと。無理に誘わないこと。時機を待つこと。休むこと。

2011-05-07 23:25:28
@momen_519

@royterek たしかに。今日のとても心地のよい神戸デモや主催者の考えていることを見ていて、「いろんなやりかたがあっていい」というのは改めて感じたし、全体に敷衍して言えば、ドイツ級に数で勝負は無理でも、いまの日本で自分たちなりに新しいアプローチを作っていければいいかなって。

2011-05-07 23:26:39
直立演人 @royterek

今日の神戸デモは、自然体の実に平和的なデモであった。詳しい事情はわからぬが、警察沙汰になったという東京でのデモとはおよそ対極のデモだったのではないかと察する。大阪のようなサウンド・デモともまるで異なる。言ってみれば、フォークでアンプラグドなノリだ。

2011-05-07 23:28:14
直立演人 @royterek

自分の身の丈のあったデモに自然体で臨むこと。デモが生き残れるかはこの点にかかっている。だが、過剰に自由そうに見えてその実過剰な相互監視社会の日本では、その「自然体」を公の場面で追求することは認められていない。だから、まずはそうした自主規制を粉砕するところから始めなければならない。

2011-05-08 12:23:14
直立演人 @royterek

とにかく、最優先の課題は、デモに参加することから、違和感をなくすことじゃないかと思います。だから、あらかじめカラーがはっきりしてるデモは、あまり初心者向けじゃない、ってことなのでしょう。@momen_519 いまの日本で自分たちなりに新しいアプローチを作っていければいいかなって。

2011-05-07 23:37:25
直立演人 @royterek

RT @travelinswallow: (続き)あまりにもこちらの「敷居」が低すぎる環境だったため、通行人の人たちは「デモ」とは思わなかったかもしれない。そういう意味では主催者がこれを「デモ」ではなく「ウォーク」と名づけた狙いは当たっていた(実現した?)ように思う。これはこれで意味のある、おもしろいことだと思った。

2011-05-07 23:45:11
直立演人 @royterek

大きな二つの変化があるようだ。ひとつは、福島を中心とする被災地でのデモ。もうひとつは、日刊紙でのデモの扱われ方。神戸デモは、450~500人と規模でこそ比較的小さかったが、テレビ局や新聞の取材がわんさか来ていて、VIPのyokoching氏は、文字通り引っ張り凧(蛸?)だった。

2011-05-08 00:17:54
直立演人 @royterek

ある意味で、取り立てて珍しい要素もなく、「特性のない」デモだったとすら言える。しかし、だからこそ、デモに参加することの意味を、深く教えてくれたように思う。ゆるやかに持続的につながっていくことが、日本でデモが今後生き延びるためにはぜひとも必要なのだ。だから、ありがとう、横山さん!

2011-05-07 23:31:55