刃牙シリーズとは確かな「問い」がある漫画だったッッ #baki .

「しかし今、一連の親子喧嘩を見ていて、何を問おうとしているのか私にはわからない」 と、言う「問い」を投げかけられたので、まとめさせて頂きましたッッ バキTLを見つめてきた自分が共感する「回答」は以前まとめさせて頂いた… 続きを読む
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けむりのなかに @THG_SOCI

バキは、少年王者編・幼年編・最大トーナメント編(あるいは最強死刑囚編であっても)ピクル編であっても、格闘技という文化や、人と人とが闘争するということに対する「問い」があった。その問いへの回答は秀逸な場合もあれば、ぶっ飛んだものもあるのだが、確かな「問い」のある漫画だった。

2011-06-03 12:37:45
けむりのなかに @THG_SOCI

「強い」とはなんなのか?格闘技とはなんなのか?

2011-06-03 12:39:02
けむりのなかに @THG_SOCI

たとえば、「格闘≒人体破壊」と問うた時に、医者と闘い、格闘技を「弱者による暴力への抵抗」と捉えたとき、あるいは「喧嘩≠試合」として捉えたときヤクザが出て来た。野蛮なはずの格闘技を、人間に固有の「文化」として問うた時、「自然(≒野生)⇔格闘技」として、猿と闘わせたりしたわけだ。

2011-06-03 12:42:38
けむりのなかに @THG_SOCI

あるいは格闘技を戦争のための武力(軍事力)として問うた時、軍隊を登場させるに至った。本来、競技の違いにより、単純な量的なものとしては比較できない、・・・にもかかわらずそれでも「どっちか強いのか」という問いをとことんまでやりつくしたのが、最大トーナメントだった。

2011-06-03 12:45:23
けむりのなかに @THG_SOCI

「法」を凌駕する存在としての格闘技者として「死刑囚」を登場させ、彼らと闘わせることで、非日常的な試合には存在しないはずの、路上での実戦の不確実性なるものを問うていた。

2011-06-03 12:50:15
けむりのなかに @THG_SOCI

ピクル編では、格闘技(≒文化)/自然(原始)、持つ者/持たざる者という対立構造を再びピクルに体現させ、我々が何を手に入れ、また何を失ったのかを問うた

2011-06-03 12:50:37
けむりのなかに @THG_SOCI

人が闘うとはなんなのか?ということへの、豊かな「問い」を内包しているのがバキだったと思う。普通の格闘漫画だと(といっても、あらゆる格闘漫画を読破したわけでもないけれど)、「回答」に力を入れるあまり、立てている「問い」事態はとても均質化された単調なものであったりするのだが

2011-06-03 12:53:59
けむりのなかに @THG_SOCI

しかし今まさに連載されている、バキと勇次郎の一連親子喧嘩の展開を見ていて、「範馬刃牙」が何を問おうとしているのか、ここにきて、それが私にはわからない。

2011-06-03 12:55:46
けむりのなかに @THG_SOCI

@hanma_baki ということを考えているのですがどうでしょうか?

2011-06-03 12:56:28