ヴォイド・イノセンス 〜運び屋オペレーター、教育係になる〜

なんかあれがそうしてこれ
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詩織子 @cyan0401

「はい、こちらニコニコ配送です。え? ピザ? 番号間違えていますよ、ピザ屋の最後の番号は7で、ここは4です。はい。それでは」僕は受話器を下ろしてため息をついた。水曜日の時点で依頼の電話はゼロで間違い電話は二件目になった。そろそろ電話番号を変えたいぐらいだ。

2020-01-02 00:21:26
詩織子 @cyan0401

空席の所長席を見る。数日前からどこかにでかけてしまい連絡が取れない。一応業務は回せるが、このまま失踪されたらシャレにならないよなぁと思っていた。床で1000ピースパズルに挑んでいた現場担当の佐倉さんが伸びをしながら僕を見た。「ピザ食べたいね」中性的な容姿と落ち着いた声音。

2020-01-02 10:55:34
詩織子 @cyan0401

性別不詳で老若男女構わず虜にさせるが、ニコニコ配送の初期メンバーだけあって非常に面倒な人だ。「経費で落ちないからヤです」「奢ればいいんだよ。月岡くんが、ワタシに」「逆でしょ!?」いやまあピザ食べたくなってきたけど!!広告を探し始める佐倉さんを横に頭を押さえていると

2020-01-02 11:00:16
詩織子 @cyan0401

ビルを上がってくる足音が聞こえた。高いヒール音。「あっ、所長のお帰りだ」佐倉さんはピザ広告を手に微笑んだ。あったんだ広告…。僕は扉に駆けていき出迎えの用意をする。「おかえりなさい、所長……」どこへ行っていたんですか。その言葉は出なかった。

2020-01-02 11:02:57
詩織子 @cyan0401

「出迎えご苦労。何か変わったことはなかったかな?」「何もなかったですね、所長が帰る今この瞬間までは」僕は彼女が抱えているソレに目をやる。「どうしたんですかその子…」褐色肌の少女が唸りながらばたばたと暴れていた。所長はびくとも動かない。「拾った」「拾った!?」

2020-01-02 11:28:27
詩織子 @cyan0401

「紅ちゃんの採用方法だよ、知らない?」佐倉さんが横から口を出してきた。知らないよ。スカウトと拾うは同意義じゃないよ。いや…そういえば最初の時僕も抱えられて事務所に来たな…。「ともかく腹が空いたな。何かないか」「うーん、ストックの冷食はアンドリューさん食べてしまいましたし…」

2020-01-02 11:49:33
詩織子 @cyan0401

アンドリューさんは今日お休みの現場担当の男性だ。力持ちだが燃費が悪い。あと安藤龍三なのでアンドリュー。「ピザ食べよ、ピザ。チーズ。サラミ。炭水化物」広告をヒラヒラさせながら佐倉さんが言う。「たまにはいいか。佐倉、それ見せて。柊木(ヒイラギ)、はい」「はい…はい!?」

2020-01-02 11:55:55
詩織子 @cyan0401

ぽんと女の子を渡されてしまった。腕の中でまだ暴れている。どうしたらあんな冷静に抱えられるんだ!?「奥の部屋から着替えを持ってくる。面倒よろしく」「よろしくじゃないんですよねえ…!?」颯爽といなくなる所長の後を追い、佐倉さんが「ワタシこのダイナミックダイナマイトトッピングがいい」

2020-01-02 12:01:24
詩織子 @cyan0401

と言いながら付いていった。二人にしないでくれ!「ま、まあ落ち着いて…誰も君のこと取って食いはしないから…」ふしゅるると女の子は唸り続けている。くっ、僕にできることはなにもない…!食べ物を上げたらちょっとはマシになるだろうか。でもピザとか待ってられないし。仕方がない…。

2020-01-02 12:05:16
詩織子 @cyan0401

どうにか自分のデスクまで行き、一番下の引き出しを開く。片手で探るとーーあった。ケーキ味のカップラーメン。凄まじいゲテモノとSNSで評判だったやつだ。いつかアンドリューさんに食べさせようとしてそのままだった。「これ!これ食べる!?」僕が叫ぶと女の子はピタリと動きをとめた。

2020-01-02 12:14:15
詩織子 @cyan0401

「三分待っててね!」幸運にも先程お茶を飲もうとポットでお湯を作ったばかりだった。そっと女の子から離れ、視線を背中に感じながらお湯を注ぐ。蓋を締めた。「マイケル、三分タイマー」スマホのAIアシスタントにタイマーを頼むと僕はそっと後ろを向いた。突っ立ったまま女の子は僕を見ている。

2020-01-02 12:17:27
詩織子 @cyan0401

「えっと…座ってて」女の子はペタリと床に座った。ああ〜、そういう、複雑な育ちと環境が垣間見えちゃうアレかあ〜。「椅子に座っていいんだよ」女の子は動かない。仕方ないので僕も床に正座した。「僕は、柊木サンゴ。君の名前は?」「……ミュー」「ミユ?」「ミュー」日本人の名前ではないな。

2020-01-02 12:33:17
詩織子 @cyan0401

首を傾げていると所長が現れた。「ギリシャ文字だよ。アルファ、ベータ、シータは聞き覚えあるだろう? ミューはそのひとつ」空中におそらくミューを書いたらしいが、元々知らないのでどんな文字かは良くわからなかった。それより手になんかフリッフリの服が抱えられているんだよな。

2020-01-02 12:36:40
詩織子 @cyan0401

「所長、それは…」「柊木に着せようと狙っていたものだが生意気にも成長して、いささかサイズが小さくなったものだ。さっきまですっかり忘れていたよ」知らないとこで何企んでんだ。ひょいとミューを持ち上げ、所長はまた別室へ行く。「ひぃくん何がいい?」「…普通ので」タイマーが鳴った。

2020-01-02 12:40:54
詩織子 @cyan0401

ピザ屋よりも早く、所長とミューは戻ってきた。…ふわふわふりふりな服だ。あれを僕が着ることになっていたのか…。「どうだいイケてるだろう」「お嬢様感出ましたね」適当な相づちを打つ。諦めたのか所長にされるがままにミューはソファに座らせられた。箸が使えるか分からなかったので、

2020-01-02 21:30:50
詩織子 @cyan0401

フォークとカップラーメンを手渡す。「またひぃくんゲテモノ買ってきたの?」「面白くてつい…」ふんふんと匂いを嗅いだあと、ミューはちろりと麺を舐める。毒がないか確認しているのが分かった。まあ味は毒どころではなさそうだが。大丈夫と判断したらしくミューははふはふと食べる。

2020-01-02 21:33:58
詩織子 @cyan0401

「SNSで罵詈雑言の嵐だったのに…」「そんなものをひとに食べさせてるの?」「まったく誰に似たんだか」確実に所長だよ。完食した。表情は良い。スープは残していたのでちょっと貰うと(唸られた)めちゃくちゃ不味かった。もしやこの子には味覚がないのだろうか…。

2020-01-02 21:37:25
詩織子 @cyan0401

「どこから彼女を拾ったんですか?…もしかして宗教団体?」僕が自虐を込めて聞くとチョップで叩かれた。「一泊六桁はくだらない高級ホテルでちょっとね。お、ピザが来た。まずはあちらが先だ」デリバリーのお兄さんが来た。Mサイズが三枚。所長と佐倉さんは結構食べるのでこの量がいいぐらいだ。

2020-01-02 21:41:00