マスター・オブ・パペッツ #1

ネオサイタマ電脳IRC空間 http://ninjaheads.hatenablog.jp/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
0
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

治安最悪地帯を抜け出し、多少マシだが厭わしい事にかわりのない薄汚い市街に出る。キタノ・スクエアだ。焼けるチーズと化学物質のニオイが鼻をつく。ピザ屋だ。「ここか?」マークスリーは電飾看板とピザを食べる擬人化されたピザのキャラクターに目を眇めた。屋号には「ピザスキ」とある。 21

2021-05-21 22:38:38
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ピザ!ピザ!ネオサイタマの子ども達はみんなピザがダイスキさ!」「お父さん!今日もピザスキにしてよ!」広告音声がスピーカーから鳴り響き、ショーウインドウのモニタでは社員一同が一斉にピザを名刺じみて差し出しながらオジギしていた。マークスリーは鼻を鳴らし、踵を返す。ここではない。 22

2021-05-21 22:42:04
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

広場では薄汚い者達がドラム缶に火をくべ、芋を焼いていた。マークスリーを見ると、彼らは顔を赤らめ、串刺しの芋が焦げている事に気づかない。(なんと不衛生な。野焼きの……芋だというのか?)マークスリーは物憂く眉をしかめた。「ぼ、坊っちゃん……お芋ほしいのか?」「食うか?」「結構です」23

2021-05-21 22:46:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ここらへんの奴じゃないだろう」「美少年だなあ」囁きあう彼らの声が後ろに遠ざかる。マークスリーにとって、市民のそうした反応は空気のように当然であった。彼はKOL最高峰のロイヤルニンジャの一人となるべく教育され、民衆のアイドルとなるべく最適にデザインされているからだ。 24

2021-05-21 22:49:59
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ア、アイエエエ、腰、腰が痛くてねえ……」「大丈夫ですか」路上で苦しむ老女にマークスリーは手を貸し、道路脇のベンチにつれてゆく。「ありがとうねえ」「気をつけてくださいね。危険ですから」マークスリーは老女の手を握った。「救急車の手配は要りますか?」「必要ないよ、孫みたいに可愛い」25

2021-05-21 22:55:13
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼は下賤な市民をことごとく軽蔑し、見下していた。だが、KOLのエリザベートCEOのアイデアに基づき、彼は騎士道精神を遺伝子レベルでエンコードされており、理想的な紳士として振る舞う事ができるのだ。その完璧なペルソナは、過去の失敗……マークワン、マークツーの悲劇が礎となっている。 26

2021-05-21 22:59:36
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

KOLの誇る新型バイオ・ホムンクルスは、ネオサイタマ紛争のおりに社が旧ヨロシサン製薬のクローン・テクノロジーを盗掘し、その後独自に洗練を重ねていった果実だ。その過程は平坦な道ではなかった。マークワンは正式リリース前に宿舎を抜け出し、歓楽街で性的スキャンダルを起こして処分された。 27

2021-05-21 23:04:30
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

感情の制御、特に愛情にまつわるコントロールは非常に難しく、マークワンに関してはそれがグロテスクなまでに強く発現してしまった格好だ。KOLの恥である。マークツーは心のないマシーンとして作られたが……衛星軌道上でのテスト時に何らかのトラブルを起こし、処分された。最大級の秘匿事項だ。 28

2021-05-21 23:07:27
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

一方、マークスリーは工芸品じみて破綻なくデザインされ、エリザベートCEOの深い愛情を受けている。価値があるからだ。クズの兄達とは違う事を、彼はその優秀さによって証明し続ける。今回の「狩り」もその一環だ。誇り高き試練に勝利し、正々堂々、競争相手のケイムショからロンドンを奪還する。 29

2021-05-21 23:12:59
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

これから行うピザタキの調査に関しても、その優秀の証明として是非とも必要だ。KOLはピザタキの与信情報を調査し、店主が取るに足らぬ社会不適合者のクズであると結論づけた。ニンジャスレイヤーらしき人物の立ち寄りも、しばらく確認されていない。適度に監視するのが最適。そういう姿勢だった。 30

2021-05-21 23:19:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(ヌルい。その甘さ、僕の高い知能指数以て是正せん)彼は軒先を往復し、最終的に見つけ出した。薄汚れた店舗……ピザタキ。ニンジャスレイヤーとの完全な繋がりを確かめる事ができれば、いかなる非道卑劣手段でも取るつもりだった。カタナ・オブ・リバプールに栄光あれ。彼はドアに手をかけた。 31

2021-05-21 23:22:58
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

カララン!鈴が鳴った。「……」マークスリーは店内を見渡した。カウンターの薄汚い店主と目があった。マークスリーはアイサツを待った。店主が顔をしかめた。「……ア?何のようだガキ。何ボサっと突っ立ってンだよ。商売の邪魔しに来たのか?」「……今、何と?」「アアッ?」32

2021-05-21 23:26:36
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「その……僕は……」マークスリーは考えをまとめ、咳払いして仕切り直した。「食事を所望します」「食事を所望します、ッてお前……ナメてんのか?」「……?」マークスリーは眉根を寄せ、困り笑顔を浮かべた。タキは顔を赤らめ、舌打ちした。「とにかく……なんだ……客ッて事か?ワケわからねえ」33

2021-05-21 23:30:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼は薄暗い店内を見渡し、「コトブキ!なんで居ねえンだ!?オイ!」「その……席は?」「ア?お前は指示待ち人間クンか?オレの命令がなきゃ何も出来ねえのかよ?空いてる席、見てわかりませんかねえ?わからないんですかねえ!?」「……わかりました」マークスリーは窓際の席に座った。 34

2021-05-21 23:32:26
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ギャッハッハッハッハ!アッハッハハハハハハ!」店内にはもう一組、客があった。一方は全身重サイバネらしき装甲姿の者。もう一方は長い黒髪の女で、泥酔していた。マークスリーと店主のやり取りを見て笑ったようだった。その後、テーブルに突っ伏して泣き始めた。「うう……」「いいから。な」 35

2021-05-21 23:36:43
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ッたく最悪だぜ」店主はカウンターの上に足を乗せ、エッチポルノ雑誌のページをめくった。マークスリーはアルカイックな微笑みを浮かべ、軽蔑を覆い隠した。成る程、ネオサイタマらしい野蛮な店、野蛮な空間か。ラミネート加工されたメニューを見る。コーヒー。紅茶。ケモコーラ。そしてピザ。 36

2021-05-21 23:40:18
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「紅茶を」マークスリーは言った。店主はエッチポルノ雑誌のページをめくり、「ああ」と答え、拳銃(拳銃だ!)の先でカウンター横の給湯器を示した。「セルフ」と書いてある。マークスリーは理解し、席を立ってそこに向かった。「取りすぎるなよ」「……?」紅茶は粉末を湯に溶かすシステムだった。37

2021-05-21 23:44:30
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

マークスリーは給湯器の前で少し思案する。そのとき、カララ、と鈴が鳴り、バリスタ姿、明るいオレンジの髪の娘が店に入ってきた。「スミマセン!コーラの在庫を切らしてしまっていたので」「客来てンぞ!」「イラッシャイマセ!」娘はカートンボックスを抱えている。マークスリーはすぐに助けた。 38

2021-05-21 23:51:17
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

マークスリーがカートンボックスを支え持つと、娘は驚いた。「まあ!」「……どこに置けばよいですか?」「そんな事大丈夫ですよ!わたし、店員で、力も十二分にありますから。見た目より屈強なのです。お気遣いなく……」「いいですから」「頭クルクルパーのアホなんだ、その客は」 39

2021-05-21 23:53:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

マークスリーは顔をあげ、間近で彼女の顔を見た。店主の口汚い言葉が彼の耳を通り過ぎた。彼女は笑顔のまま、少し首を傾げた。マークスリーは微かな低音の響きを聞いた。それは彼自身の鼓動の音であった。 40

2021-05-21 23:56:15