信仰の誕生:富士山が良く見えると何故嬉しいのか
- J_for_Joker
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富士山の手前に見える丹沢山系はもちろんまだ雪などなく、その対比がくっきりと美しい。今日は空気が澄んでいる。
2011-11-16 06:57:22調べたら富士山の初冠雪は9月24日。一面の雪化粧はもっと後にしても、ずいぶん富士山を見ていなかったんだなあ。というか見る時はいつも夕方のシルエットばかりで気づかなかったのかもしれない。
2011-11-16 07:01:46晴れた日に東海道線や東海道新幹線に乗っていて、富士山が全身くっきり見えると「あ! 富士山だ!」って盛り上がる。これってどのくらい共通体験なんだろう。さすがに毎日見ている地元の人はいちいち「あ! 富士山だ!」とはならないだろうし。そもそも全く気にもとめない人もたくさんいるだろうし。
2011-11-16 07:09:34いやいや。お膝元の用に思える静岡だって、ちょっと曇れば見えなくなっちゃうわけだから、やっぱり「今日は全身見える!」というのはそれなりに特別なことなのかな? どうなんでしょう、@KONITASeiji さん。と、いきなり振ってみる。
2011-11-16 07:12:00@J_for_Joker そうですねえ。静岡市からちゃんと富士山が見えるのは年間100日程度だと何かで読んだことがあります。しかも冬の方が多い。晴れていても空気の状態で見えないこともあります。スッキリ見えてると結構話題になりますよ。
2011-11-16 07:17:56早速のご回答ありがとうございます! RT @KONITASeiji :そうですねえ。静岡市からちゃんと富士山が見えるのは年間100日程度だと何かで読んだことがあります。しかも冬の方が多い。晴れていても空気の状態で見えないこともあります。スッキリ見えてると結構話題になりますよ。
2011-11-16 07:21:15年間100日ということは3割をちょっと下回る頻度ですね。中堅打者のヒットくらい。珍しいわけじゃないけど、やっぱり嬉しい。そんな感覚でしょうか。それに、あのスペクタクルですもんね。目にするだけで心のモード(スケール)が一段階大きく切り替わりそうです。 @KONITASeiji
2011-11-16 07:35:18話はいきなり変わるが、晴れた空であれ、空一杯に繰り広げられる雲の博覧会であれ、あるいは目の前に広がる海であれ、夜空に吸い込まれそうになりながら見る星であれ、そしてもちろん富士山であれ、向かい合うとこっちのモードが切り替わる感じがある。回路が開くというか。チャネルができるというか。
2011-11-16 07:20:26「回路が開く」と書いたが、裏返して言うと、ふだんは回路が閉じている、ふさがっているということなのかもしれない。特に都会に暮らしていて人工物に360度囲まれているのが当たり前の暮らしをしていると。そして一見快適な人工空間の暮らしは、生き物としては当然、どこかいびつなわけで。
2011-11-16 07:23:59思いつきでつらつら書いて何やら結論めいたものに辿り着きつつあるのが、我ながら口からでまかせの詐欺師っぽくて恐ろしいが、つまり富士山を見てわくわくするのは、普段閉ざしている回路が開放され、いわば「密室の窓を開けて風を通す」爽快感があるからなのかもしれない。空でも雲でも海でも星でも。
2011-11-16 07:26:48山岳信仰とか、太陽信仰とか、「回路が開く」感覚に根っこはあるんだろうなあ、と思えてきた。人工物に邪魔されずいきなりジャックイン(古いな、表現が)する感覚。直接、ナマで交流する。というより飲み込まれる。本来いた場所に戻る。これって覚醒とか回心とか悟りとかに通じるのではないか。
2011-11-16 07:45:40