ダンスについて

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おかざき乾じろ @kenjirookazaki

言語(という明証性)への問い、が演劇の基本です。身振り、は言語の無意図性(無意識的表出)を露呈させるためにこそ組織される。ここに感情が充填(感情移入)されてしまいがちなのが演劇の陥穽ですが、すぐれたプロットはこれを回避させ、別の認識を開く。

2010-05-18 03:42:07
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

つまり 徹底的に言語との戦いです

2010-05-18 03:42:33
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

ときにはダンスも、言語とたたかってほしいが、ダンスにとって、それは必要もない。(ダンスがたたかっているのはむしろ音楽かな。音楽にまけるわけにはいかないでしょうね)。

2010-05-18 03:44:07
桜井圭介 @sakuraikeisuke

その(副)産物をダンスと呼びたいのです。@kenjirookazaki 身振り、は言語の無意図性(無意識的表出)を露呈させるためにこそ組織される。

2010-05-18 03:50:21
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

桜井さん。その定義だとすれば、ダンスは、つねに抵抗としての言語表現を必要とするということになりませんか>@sakuraikeisuke  

2010-05-18 03:54:09
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

ダンスのまず 抵抗すべきは機械的な身体ではなかろうか。そして物理的な身体ではなかろうか?(そのためにはまず機械としての身体、物としての身体を獲得、把握する必要があるとしても)

2010-05-18 03:56:10
桜井圭介 @sakuraikeisuke

.@kenjirookazaki すぐれたプロット(構造=振付)は感情の充填(感情移入)を回避させ身体(身振りではなく)を(も)露呈させる。

2010-05-18 03:58:09
桜井圭介 @sakuraikeisuke

まさにそう思っていたところです。@kenjirookazaki 桜井さん。その定義だとすれば、ダンスは、つねに抵抗としての言語表現を必要とするということになりませんか

2010-05-18 03:59:44
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

まあありていにいえば、演劇のロジック(劇が相手にし、ぶっこわし、あるいは組み立てるロジック)と、ダンスのロジックというのがちがうのではということですけれどね。

2010-05-18 03:59:50
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

ダンスがロジックをもつってことも認められないのであれば、困ってしまうけれど。(技術である限りロジックはある)。で、もっと困るのは、ロジックというとすべていわゆる、ベタな言語そのものだと思われてしまうこと。

2010-05-18 04:01:21
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

@sakuraikeisuke するとさ、桜井さん。ダンス批評でも演劇批評でも、まずここで相手にされている言葉(少なくともチェルフィッシュの場合、舞台の上で話されている言葉)について、論じる必要がありそうですな、これを回避はできないってことになりますね。

2010-05-18 04:04:00
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

どんなに野暮でも、回避しないこと。今後ダンス批評家はヤボに徹して、 まず言葉を論じること。ぞんがい これは重要かもね。

2010-05-18 04:04:52
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

言葉が音楽のようだ、などと絶対言わない。音楽になっているなんてね。 ダンサーに向かって、きみの踊りは音楽のようだなんて、褒め言葉じゃないものね、ただ音楽に沿っているだけじゃん。のっているだけじゃん。

2010-05-18 04:06:15
桜井圭介 @sakuraikeisuke

@kenjirookazaki はい。ダンスの側から言えば、そこで語られていることが、身体にどのように作用しているのか、を見ないといけない。

2010-05-18 04:06:37
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

ダンスの場合は、舞台というのが、演劇(の場合はかえって、舞台こそが、事物の意味的中枢=焦点をなくす)とちがって、積極的な意味を持たないような気がします。

2010-05-18 04:08:25
桜井圭介 @sakuraikeisuke

.@kenjirookazaki 少なくとも、チェルフィッチュをダンスと言い張る(笑)からにはそこを避けて通ることは出来ないと思ってます。

2010-05-18 04:08:46
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

機械的な身体、の機械は 舞台なしでも 再帰性を確保する条件でしょう(音楽と同じ、音楽にとって舞台は必要条件ではないでしょう)。だから機械といいました。もっと機械性(かならずしも精緻とか高速とかを意味しない)を ロジックとして抑える必要も可能性もあるのでは。

2010-05-18 04:10:15
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

言語すらも、この機械性で、捉え、身体化した。

2010-05-18 04:11:25
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

@sakuraikeisuke おお 深夜になにを議論しているのだろう。またどこかで 話をしましょう。!

2010-05-18 04:12:23
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

@sakuraikeisuke ジャドソンにしろ、簡単に総括するのは危険です。いちばん重要なイヴォンヌ・ライナーも、またもちろんロバート・モリスなどについても射程に入れなければならない。そもそもダンスというジャンルの問題のみでは語れないわけですから。そろそろ、お開きということで。

2010-05-18 04:22:21
桜井圭介 @sakuraikeisuke

@kenjirookazaki ということで、おつきあい頂きありがとうございました!では、おやすみなさい。

2010-05-18 04:23:12
桜井圭介 @sakuraikeisuke

舌の根も乾かぬうちに、ですが、イヴォンヌレイナーの近作(DVDに入ってるヤツ。名前が出てこない)など、まさに「演劇」であります(ダンスというより)。

2010-05-18 04:28:17
おかざき乾じろ @kenjirookazaki

@sakuraikeisuke イヴォンヌ は だから もともと ダンスか、どうか、なんて狭い枠で考えている人ではないのです。だから簡単に総括は危険と。

2010-05-18 04:33:15