『西洋古典学入門』からヤコブス・ホイエルまで

『西洋古典学入門』のあとがきでヤコブス・ホイエルに出会った。 その人についての論文を読んだら面白かったので、まとめておく。
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Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

ちくま学芸文庫『西洋古典学入門』を借りてきましたが、これは退屈な本ですねえ。もっと面白い話が出来る人なんですが、入門にこだわりすぎましたかね。

2024-03-22 15:45:34
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

サッポー - Wikipedia ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5… カトゥルスはサッポーを崇拝し、その51番の詩 (Catullus 51) はサッポーの有名な31番の詩 (Sappho 31) の翻案と考えられている(西洋古典学入門124p)。

2024-03-22 19:53:49
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

オウィディウスもサッポーをよく読んでいて、それを『名婦の書簡』第15「サッポーの手紙」で使っているらしい(西洋古典学入門126p以下)。 この「サッポーの手紙」自体、15世紀の新発見で、当時サッポーの詩は一行も知られていなかったため、これはサッポーの詩の翻訳ではと学者たちが色めき立ったと。

2024-03-22 21:46:06
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

そこから、サッポーの詩の断片探しが始まって、古代のあらゆる作家の文章だけでなく、その欄外の注釈の中などからも、サッポーの詩の引用(=断片)を探して集めるようになった。その後の研究、パピルスの発見などもあって、現代あるようなサッポー詩集、古代ギリシア叙情詩集としてまとまったのだと。

2024-03-22 21:59:01
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

オウィディウス『名婦の書簡』 hgonzaemon.g1.xrea.com/Ovidius_Naso_H…  『サッポーの手紙』の筑摩書房版の和訳はこれ。

2024-03-22 22:06:27
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

サッポーの生涯と作品 web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/… サッポー(サッフォー)の詩の全訳?

2024-03-22 23:55:15
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

『西洋古典学入門』のあとがきには、このサッポーの手紙の件は脱線?としているが、この本ではここが一番面白い。あとは他に書いたことのくり返しなのか、文にきらめきがあまり感じられない。

2024-03-23 00:57:00
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

もう一つ面白いのは、あとがき。自分のことを「門前の小僧」といい、入門もしていないと。「入門もしていない俺の書いた入門書を読んだぐらいで、入門したと思うなよ」ということか。  それからヤコブス・ホイエルへの言及。俺の論文があるから、本人が忘れてしまったこんな本より、こっちを読めと。

2024-03-23 10:40:56
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

この論文はネットにあるが、ホメロス全集の欄外のヤコブス・ホイエルによる書き込みが話題になっている。さっきの『入門』のサッポーの手紙の話で出てきたのも学者による欄外書き込みだったが、その学者は現代の我々の知らないいったい何を読んでいたのか。この謎解きが西洋古典学の醍醐味なのである。

2024-03-23 13:52:25
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

ここに出てくるカソボンとかフォシウスというのは、Casaubon、Vossiusで昔の大学者のこと。『オデュッセイア』4-354以下の「エジプト沖合のファロス島」の記述に対して、フォシウスは「このエジプトとはナイル河口のペルシアクム(=ペルシウム)」と書いていて、河口の西端ではなく東端だと言うのだ。

2024-03-23 14:05:22
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

アルド版『ホメロス全集』一五一七 google.co.jp/url?sa=t&sourc… この論文の前説にあたる。『西洋古典学入門』の著者による16世紀のアルド版『ホメロス全集』とのブリュッセルにおける出会いと、その後のケンブリッジのブリンク教授の蔵書が日本に来た経緯。この両者の関係から生まれた驚くべき展開。

2024-03-23 14:53:01
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

つまり、アルド版『ホメロス』の欄外注記に使われた研究書群が、まさにブリンク教授の蔵書の書籍群と符号するという驚くべき発見。両者の照合から欄外注記者の驚くべき学識が。では、このヤコブス・ホイエルとはいったい誰か解明せねば。そこで筆者は国際学会の広範な交友関係に照会するのである。

2024-03-23 17:06:57
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

海外の学者の意見の中で面白いのは、それほどの注記ならそれを使って本にしている人がいるのではないかというもので、その例として、有名なR.ファイファーのカリマコスは別の教授の集めた資料をその死後活用したものだという情報だ。突破口は「ヤコブス・ホイヘルの蔵書目録」があるという情報だった。

2024-03-23 19:04:22
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

これはケンブリッジ大学のJ.Diggle教授から寄せられた情報で、オランダの法学者ヤコブ・デ・ホイヘル氏の蔵書が1706年に競売されたときの目録で、時期も合う。これが大英博物館にあるというので、著者は英国学士院百年祭に出席するために渡英した際に、そのマイクロフィルムを直に目にすることになる。

2024-03-23 19:32:59
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

その蔵書目録は一千冊近くの蔵書が事細かく記載されており、法律関係150、古代ギリシア関係170、その他600、ラテン語の研究書から当時のマルコポーロの本まであり、貴重な写本の写しまであるが、それはまさにアルド版『ホメロス』の欄外注記の内容に符号する。この蔵書家こそ注記者その人に違いない。

2024-03-23 20:20:40
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

しかし、ホメロス研究をベントレーに50年、ヴォルフに100年先んじて始めていたこの法学者ヤコブス・ホイエルがどこの誰かはまだ謎のままである。その後、ミュンヘンの学会でオランダの教授にハーグにあるホイヘンス研究所を訪ねるよう勧められ、そこからこの注記者の家系と生没年を知ることになる。

2024-03-23 21:13:13
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

この注記者ヤコブス・ホイヘルは、父の代まで五代にわたりユトレヒトの市長などの顕職を勤める名家の末裔だった。彼の豊かな蔵書は東インド会社に関わる裕福な家柄のせいだけでなく、母方の先祖であるオランダ人文学の祖コルネリウス・ワレリウスの蔵書を引き継いだからでもあったと推測される。

2024-03-23 23:40:56
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

しかし、彼の家は彼が23才の時に、父が不品行を原因として市長色を解任、追放されることにより没落する。彼もまた1689年に独身のまま38才で人生を終えている。彼が暗転した人生の最後の数年をホメロス欄外の注記に捧げた、その心中はいかばかりであったろうかと筆者と共に思わざるを得ない。

2024-03-24 00:00:17
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

次に、このヤコブス・ホイエルがホメロスの注記者その人であることを確定する証拠に筆者は出会う。それはヤコブス・ホイエルの英国旅行記の手稿である。その筆跡とホメロス注記の筆跡が合致すれば、いよいよ彼が注記者であることが確定する。そして、それはユトレヒト大学図書館に残されているのだ。

2024-03-24 00:07:06
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

筆者が閉館十五分前に図書館に到着すると、紹介者の手配で閲覧台の上にはその旅行記の手稿が広げられていた。筆者は閉館までの数分間、目をその文字に釘付けにした。そこにあるのはまさしくホメロス注記と同じ筆跡である。筆者はついにヤコブス・ホイエルその人に、その故郷で出会えたのであった。

2024-03-24 00:17:14
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

「ヤコブス•ホイエル (Jacobus Goyer, 一六五一-一六八九) とホメロス研究 (平成一四年一一月一二日 提出)」は同名の論文中でも断然面白い。筆者による時々刻々の探求の旅の描写は読む者を感動させる。アナトール・フランスの『シルベストル・ボナールの罪』を思い出した人も多いのではないか。

2024-03-24 00:39:26
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

アルド印刷所 - Wikipedia ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2… ヴェネツィアのアルド印刷所によって印刷された一連の古書は 「アルド版(Aldines)」と呼ばれている

2024-03-24 10:39:29
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

ヤコブス・ホイエルの注記はイリアス3-40 αἴθ' ὄφελες ἄγονός τ' ἔμεναι ἄγαμός τ' ἀπολέσθαι に、これをアウグストゥスは娘の名を聞くたび吟じたとスエトニウスを引くが、それは αἴθ᾽ ὄφελον ἄγαμός τ᾽ ἔμεναι ἄγονός τ᾽ ἀπολέσθαι でὄφελονだけでなくἄγαμόςの場所も違う…。

2024-03-24 12:58:36
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

ヤコブス・ホイヘルの友人として論文に紹介されているベフェルランドについては、 en.wikipedia.org/wiki/Adrian_Be… ここにその友人 Jacob de Goyerとして名前が出ている。 ベフェルランドには売春の研究の先駆者としての名声があったらしく、研究書もある。 amazon.co.jp/Banishment-Bev…

2024-03-25 00:23:53
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

10代のための「学び」考 日本学士院長 久保正彰 berd.benesse.jp/berd/center/op… ここにもヤコブス・ホイエルのことが出ている。 "若い研究者や学生の中には、私の研究に対して「そんなものは道楽だ」という人もいます。でも、私はこれこそが「学問」だと思います" これこそ西洋古典学なんです。

2024-03-26 10:50:54