工房径連作ついのべ集2
- pleaseinuplease
- 1468
- 0
- 0
- 0
#twnovel 仕事に恋に行き詰まり、自分を痛めつけるしか術がなかった。そんなとき届いた同窓会の葉書。差出人は当時の彼氏。型どおりの文面の末尾に、「季節柄ご自愛ください」と懐かしい右上がりの癖字が添えられて。荒れた唇から嗚咽が漏れた。 #自分を愛したくなるコピー
2011-12-01 19:04:58#twnovel 好きで別れたわけじゃなかった。同窓会の幹事で集まった居酒屋で「色々あって荒れてるらしい」そんな君の噂が耳に入った。葉書の発送を任された俺は、君の葉書にだけひと言添えた。昔ながらの癖字で「季節柄ご自愛ください」と祈りを込めて。
2011-12-01 19:54:53#twnovel 同窓会には行かない。「欠席」に丸をつけ、勤め先の住所とメルアドだけ書いた。またいつもの日常に戻ろう。「ご自愛ください」とあなたが書いた葉書をそっとミニボストンに忍ばせて。残業帰りの会社のロビーで、呪文のようにバッグを撫でると。「お疲れ」そこにあなたが立っていた。
2011-12-01 21:10:36#twnovel 「同窓会来ないの」仕方なく入った行きつけの小さなビストロ。開口一番言われた言葉に、二の句が継げず、じっと彼の手を眺めていた。大学時代、幾度となく繋いだ手。覚えてる、その爪の長さも、小さな傷も。その手が伸びて、私の頬に。「なあ、どうして俺が会いに来たかわかる?」
2011-12-01 21:23:28#twnovel 何年振りかで目の前に座る彼はスーツ姿。付き合っていた大学のころとは違う、ネクタイの似合う大人の男の顔をして。「なあ、どうして俺が会いに来たかわかる?」そっと頬に触れる彼の手は、まるで記憶の扉を開ける鍵。ああ、私はずっと、彼を。こぼれた涙が、彼の指を濡らした。
2011-12-02 03:34:06#twnovel 「あなたと別れてから、いいことなんてちっともなかった。どうしてくれるの」八つ当たりをする天の邪鬼な私に、彼は優しい瞳で笑うんだ。私の顎の線にすっと指を這わせて「やつれたな。これからは俺が見張ってやるからしっかり食べてぐっすり寝ろよ?」 #自分を愛したくなるコピー
2011-12-02 03:42:39これより、ラボシリーズ。生物系の研究室の恋物語です。
#twnovel 「あっという間に年の瀬か」大学院の研究室、同期の彼が呟く。生物科のラボ、年末年始のラットの餌やり当番は彼。独身だから、男だからと、人が嫌がる仕事を引き受けるあなた。ひとりになんてしてやらない。年越し蕎麦、ラボのバーナーで作ったげる。もちろん教授には内緒だよ?
2011-12-27 08:32:42#twnovel バイトから帰った夕方の研究室。「お疲れ。それ、新しいプロトコール」顕微鏡から目も離さない、鳥の巣頭にくしゃくしゃ白衣の彼。なのに置かれた書類は理路整然と纏められ、きっちり四隅も揃えて閉じてある。彼の中に広がる果てしない宇宙。散らばる星々の中に、私も入れてよ。
2011-12-27 18:56:59#twnovel 御用納めの研究室。顕微鏡を覗く横顔がいつもより赤い彼。無理矢理計った体温は38度。「家で寝てなさいよ!」「だって明日からラボ休みじゃん」と彼は拗ねた顔をする。「あんたはラットの餌やり当番で明日もくるでしょ!」叱りつけるとしゅんとして「お前は……来ないだろ?」
2011-12-28 08:20:35#twnovel 彼女を意識したのははじめの年の忘年会。教授がいい店を予約したからと、いつもよれよれ白衣の院生が、めかしこんで集合した。遅れてごめん、と駆けてきた彼女の、ワインレッドのワンピース姿に釘付け。単純だよな、以来左目で顕微鏡を見ていても、右目で彼女を目で追う始末だ。
2011-12-28 13:30:19#twnovel 初めて会ったのは地下の研究室。「よろしく」と言った癖っ毛の彼は、白衣もまだ真新しくて。一緒に作業をするうち、意外に気を遣う人だと知った。ふたりきりでラボにいると、いつのまにか私が好きな音楽が流れてくる。白衣が着慣れたころ、彼はなんとなく気になる存在になった。
2011-12-28 18:32:28#twnovel 彼への印象が変わったのは始めの年の忘年会。ホテルの高級中華料理店だと言うので、一張羅のワンピースで出かけた。汚い白衣を脱いだ彼もスーツ姿。鳥の巣頭を撫でつけて、結構趣味のいいネクタイ締めて。隣に座って、円卓の料理を取ってくれる。そのきれいな箸使いにどきどきした。
2011-12-29 06:12:44#twnovel 淡々と流れる日々。顕微鏡やピペットや遠心分離器を見つめる振りをして、彼の横顔を眺めていた。実験が行き詰まると、静かに温かい飲み物が机に置かれる。義理チョコのふりで安いチョコをあげれば、置きっぱなしの私のトート・バッグに、クッキーの小袋が押し込まれていた。
2011-12-29 07:58:31#twnovel 夏の研究室は地獄だ。夜になると空調が切られ蒸し風呂と化した地下室で、俺たちは扇風機を回しながら、顕微鏡を見る。彼女の白衣の下はショートパンツ。扇風機の風に白衣の裾が大きく捲れた。煩悩を払おうと「夜風に当たってくる」と言う俺に「私も行く」と彼女。ついてくんなって。
2011-12-29 23:41:53#twnovel 彼はいつも冷静だ。無理難題を言う先輩にも逆らわず、こつこつと知識や研究を積み重ねて牙を磨き、いざと言うときその結果で鼻をあかした。真夏の夜、彼が夜風に当たるというので、一緒に行こうと立ち上がる。「ついてくんなって」不機嫌そうな彼。私は彼のお荷物なのかな。
2011-12-30 03:04:58#twnovel 朝、彼女は誰より早く研究室に来る。換気扇を回し、電気ポットにたっぷり水を補充して。机には可愛いキャラの付箋紙やペン。でも研究では決して男に引けをとらなかった。納得がいくまで続くやり直しは深夜まで。心配な俺は用もないのにうろうろし、彼女の帰りを伺うのが常だった。
2011-12-30 06:09:43#twnovel 秋の学会、開催は神戸。1泊せざるを得ず宿をとった。ベージュのスーツを着た彼女が、研究成果を答えるさまに惚れぼれする。皆で夕飯をとった帰り道、思い切って彼女を誘おうと声をかけた。「このあとは?」「帰る。神戸には祖母がいるの」落胆のため息が聞こえたろうか。
2011-12-30 12:51:10#twnovel 今年の忘年会は気の置けない居酒屋になった。私が後輩の男の子と飲んでいると、ずい、と割り込む彼。酔っているらしく、目の周りが赤い。「年下が好み?」突然言われてどきっとする。あなたが好き、とも言えず「同い年くらいがいいかな」と言ったら、彼は黙って席を立った。
2011-12-30 12:53:59#twnovel どうかしてる。教授と研究の話をしていたら「研究は順調だが、彼女とはどうだ」などとからかわれて。無口で無表情だったはずの俺が、教授に悟られるようでは焼きが回ったと思う。忘年会でもいらぬ焼き餅を焼いてしまった。彼女との距離が掴めず、闇雲に顕微鏡に向かう日々が続く。
2011-12-30 13:05:10#twnovel 学位審査が迫っていた。研究の成果にも論文にも手応えを感じていたが、君との距離は遠くなった。プレパラートの中、無数に広がる細胞の中にも、君への思いが散らばる。君が好き、君が好き、君が好き。どんなに倍率を変えても、視野を動かしても、変わらない真実。
2011-12-30 22:10:35#twnovel 今日で御用納め。起きたときから体調が悪いのは分かっていたが、研究室に向かう。仕事もあるが、今日は皆で大掃除もすることになっている。きっと彼女も来るだろう。そして今日行かなければ年明けまで会えない。その一念がゼンマイとなり、俺はブリキの身体をぎしぎしと動かす。
2011-12-31 07:02:50#twnovel 誰の標本か確認するため、顕微鏡を覗いていたらくらくらする。いきなり肩を掴まれて、振り返れば体温計を差し出す彼女。有無を言わさぬ態度に大人しく体温計を脇に挟んだ。俺の体調が悪いことを気付いてくれた。その喜びから熱が上がったか、計った熱は38度。
2011-12-31 07:10:55#twnovel 「家で寝てなさいよ!」怒られていても、こんな近くで、俺の心配をしてくれるのが嬉しくて「だって明日からラボ休みじゃん」と子供みたいに拗ねてみる。「あんたはラットの餌やり当番で明日もくるでしょ!」怒鳴る彼女に畳み掛けた。「お前は……来ないだろ?」きっと、熱のせいだ。
2011-12-31 07:15:40#twnovel 「お前は……来ないだろ」熱で浮かされ、つい漏らした本音。その威力を彼女の反応で知る。目はまん丸、顔は真っ赤。すぐ後ろにいた教授が、したり顔で「彼は熱があるようだ。送っていってあげなさい」とすかさず彼女をけしかける。好意は有り難く受け取る主義だが、年明けが怖いな。
2011-12-31 10:10:09