大手町の男

can @canocot

【大手町の男①】「次だ…」その男は突然つぶやいた。電車は新御茶ノ水でドアを閉め、大手町へ向けて発車していた。わたしは彼は大手町で降りる予定なのだと思った。それまで別に変わった様子も見せずに静かにドアの横に立っていたので、彼の声を聞いた周りの人々も同じように思ったに違いない。

can @canocot

【大手町の男②】次の瞬間だった。「次は大手町ー」と車内アナウンスが流れた途端、男はフッと息を吸い込んで一気に始めた。「大手町ーオオテマチーチェインジ ヒア フォー ハンゾーモンラインー トウザイラインー チヨダラインー エンド トエーミタラインーッッ」！！！

can @canocot

【大手町の男③】わたしは単純に大きな声にびっくりしたのと、英語アナウンスを完璧にカバーするその男が面白すぎて、真横にいる彼の顔を見れなかった。しかしわたしには空気で伝わってきた。彼が「トエーミタラインーッッ」をやり終わったあと、渾身のどや顔をこちらに向けて披露しているのが…

can @canocot

【大手町の男④】しかし事件が起こった。気を良くした男は自動アナウンスのあとに続くはずの車掌アナウンスを先取りし始めた。「お降りの際は足元にご注意下さぁ〜い」男性の車掌に特徴的なちょっと気取ったイントネーションまでバッチリだった。

can @canocot

【大手町の男⑤】その直後に車掌のアナウンス。「お降りの際は～傘などのお忘れ物に～充分～ご注意くださぁ～い」……！！！何ということだろう！そういえば今日外は雨！男が予想したいつもの「足元にご注意」はあっさり却下され、雨の日用の「お忘れ物にご注意」がアナウンスされたのだ！

can @canocot

【大手町の男⑥】ドキドキしながら車掌に裏切られた男をチラ見して見守るわたし。そうだよね、ここ地下鉄だもんね、雨だってこと忘れてたよね。お願いだからキレないでね、わたしこれから大事な面接なの。

can @canocot

【大手町の男⑦】ビクビクするわたしの横で、しばらく呆然としていた男はまたフッと息を吸い込むと、その息を全部使うようにして「ふーーーーーーーーーん」と言った。…よかった！甚だ不満そうではあるが自分の受けた屈辱をちゃんと受け止めている。エライ！面接で凹んでるわたしよりエライよあんた！

can @canocot

【大手町の男終】そうこうしているうちに電車は大手町に着いた。ドア横に立ち大手町のアナウンスにだけ突然反応し、予想だにしない裏切りを味わったその男は、しかし大手町で降りなかった。降りないんかーーい！降りたのは、その後の男の挙動が気になりすぎて面接どころではないわたしだけであった。