空想の街 / リターンズ！・氷涼祭 ～～狂火～～

和伊啓太 @waikeita

「お、ゴダさん、“刑事の勘”とか“ベテランの勘”とかいふヤツですか？」若い男が中年太りの男に声をかける。「いえいえ、私にあるのはお腹の脂肪と加齢臭ぐらゐですよ」禿げかかつた男は、自分の腹をペチンと叩いた。 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「はいはい、わかりましたよ。ではゴダさん、聞き込みにでも行きませうか」「そんな疲れることは若い人たちだけでやつてくださいよ」「そんな愚痴を言はないで、ゴダさん、お願ひしますよ」「本当に無理なんだから、ちよつとだけですよ」 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

中央広場の花壇から、パチパチと火の手が上がる。複数の場所から次々と、すべての花を火の舌が舐めるやうに燃えてゆく。的確に、効率的に、花壇の花が、花壇の花だけが、燃えてゆく。 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

やがて、花壇の花だけを燃やし、炎は消えた。 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「今度は花壇への放火ですか。しかし、まあ、これはやはり変ですね。妙ですね。本当に復讐といふのなら人を狙へば良いはずです。死者が出ても構はないやうな方法を取るはずです。しかしこれは花壇だけを燃やす計算がされてます」 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「とはいへ、別の目的があつたとしても、これだけの計算ができるのなら、別のスマートな方法があるはずです。納得できませんね。チグハグです」禿げかかつた中年太りの男は、黒焦げになつた花壇を眺めた。 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「なあ、今度は中央広場の花壇が燃えたらしいぞ」カビ臭い地下の酒場で飲んでゐると、誰かの話が聞こえた。どうやら成功したやうだ。「橋は落ちるし、そこから火が移つて火事になるし、今度は花壇だ。上は怖いねえ」火が移つた？　火事？ #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

俺はカクテルグラスを一息に飲み干す。確かに類焼の可能性はある。だが、その確率は非常に小さいはずだ。気に食はない。偶然か、他者の介入か。それを確かめねばならない。何より、そんなのは俺の仕事に相応しくない。美しくない。 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「暑いですねえ、疲れましたよ」禿げかかつた中年が書類で顔を扇ぐ。「ああ、こんなところにゐた、ゴダさん、ちやんと聞き込みしてくださいよ」「いや、だからね、そんなの体力的に無理ですよ。若い人たちだけでやつてください」 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「そんな愚痴を言はないで、ゴダさん、進展がありましたよ」「ほほう、やはり若い人たちは優秀ですねえ。で、どんな進展ですか？」「街主の時任さんのところに手紙を投げ込んだバカが見つかつたんですよ。今、取り調べの最中です」 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

ニヤニヤと笑みを浮かべる若者、大人になる一歩手前ぐらゐの少年に向けて、怒鳴り声が響く。「貴様らの仲間は！？　人数は！？　まだ何か計画があるのか！？」「言ふかよ、バーカ」そんな様子を、マジックミラー越しに中年太りの男が眺める。 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「こちらが何も知らないと思つて安心してゐるんですよ。自分たちに絶対の自信を持つてゐるんですよ。さういふ幼いプライドをくすぐらないと何も吐きませんよ。時間がかかるだけです。私がやりますよ」禿げかかつた中年が取調室のドアを開けた。 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「新しい情報が入つたので、代はりますよ」「そりやあ良い、ゴダさん、頼みますよ」「ああ、はいはい、もちろんです」禿げかかつた中年が少年の前に座る。「キミたちのグループ、実にショボいグループなんですねえ」中年は少年に笑みを向けた。 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「何だと、オッサン！　もう一度言つてみろ！」「ショボいグループと言つたんですよ。威勢の良いこといふだけで大したこともできやしない、情けない集まりですねえ」「何だと！　今回の……」「今回のことも、実にショボいですね」「何を！」 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

中年は微笑ましいものでも見守るやうに少年を眺める。「だつて、キミたちは計画を立てただけぢやないですか」「違ふ！」「違はないです。実行に比べて計画があまりにも幼稚なんで一目瞭然、あ、難しい言葉を使つたら伝はらないですかね？」 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「バカにするんぢやあねえぞ！」少年は机を叩いて立ち上がつた。そして歯を剥き出して睨みつける。禿げかかつた中年は、それをにこやかな笑みで受けとめる。「そんなキミたちが雇つたんぢやあ、雇はれた方も高が知れてますね」 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「ふざけるな！　“狂火のゼイ”つふプロ中のプロだ！」その瞬間、中年の顔が無機質な鋭さを表に出す。「で、プロ中のプロの“狂火のゼイ”に依頼したのは、他に何ですか？」禿げかかつた男の急変に、少年はストンと椅子に座つた。「言ふ、言ふよ」 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「では、あと他には、何を頼んだんですか？」「……時計塔の爆破、氷涼祭のクライマックスに、つて」「さうですか」禿げかかつた中年はゆつくりと立ち上がり、取調室を出た。そして、静かにドアを閉める。 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

同時に、どこからか怒号が飛ぶ。「最優先事項は時計塔の爆弾だ！　良いか、時計塔を無人にしろ！　パニックにならないやうに情報は漏らすな！　平行して、“狂火のゼイ”を確保しろ！」 #空想の街 #狂火

和伊啓太 @waikeita

「いやあ、さすがゴダさんですね！　どうしてわかつたんですか？」「わかるはずがないですよ」禿げかかつた中年は、自分の額をペチリと叩く。「ただカマかけただけです」中年は、申しわけなささうな笑みを浮かべてゐた。 #空想の街 #狂火