- sakisaka_kanau
- 649
- 0
- 0
- 0
(1)花火は線香花火が好き。そんなことを言うと、同級生からは「辛気臭い」と笑われる。だから、夏祭りにクラスで花火をやろうと誘われた時も、本当は行きたくなかった。
2010-07-28 15:27:06(2) 来年は三年生で花火どころじゃないから。 普段はガリ勉のクラス委員長がそんなことを言ったものだから、全員参加を義務付けられた。みんなやけに乗り気だ。
2010-07-28 17:14:42(3)夏祭りと言っても、小さなお社の通りに、十数件屋台が出るだけのちっぽけなもの。それでも娯楽の少ない田舎町では、充分すぎるイベントだった。
2010-07-29 17:51:21(4)「みいちゃん、明日浴衣着てくやろ?」 前の席に座る尾形幸(おがた・さち)がそう言って振り返った。脱色した長い髪が、西日を受けて眩しい。 今日は夏休みが始まって最初の登校日。夏祭りは明日だ。
2010-07-29 23:53:35(5)「うーん。今年は新しいの買うてえんで、ワンピにする」 わたしの返事に、隣の席の長谷川君が「なんやあ」と話に割り込んできた。野球部だから丸刈りだ。ニキビはないけど、なんだか汚い感じ。雑誌で見る男の子とは、やはり違う。
2010-07-29 23:55:24(6)「海藤(かいどう)、浴衣で来んのかあ。残念やなあ」 長谷川君の言葉に、幸が「あーっ」と意味ありげな声を上げる。わたしは、「なんやの、変な声出して」と聞き返した。
2010-07-29 23:59:43(7)「長谷川、みいちゃんのこと好きなんやろお?」 はあ?!とステレオで上がる声。当然、わたしと長谷川君のもの。「ほんなあほんてな」と長谷川君が呆れたようにボソッと呟く。
2010-07-30 00:26:58(8)わたしは知ってる。長谷川君は、幸が好きなんだって。幸は目立つもん。美人で、おまけにスタイルも良いから。わたしなんかとは、月とすっぽん。そもそも比べるだけ無駄。
2010-07-30 09:46:32(9)「俺はただ、『枯れ木も山の賑わい』っつーか……っ痛ぇ。足で蹴んなや、尾形」 幸は、べえーっ、と舌を出して見せた。 自分が地味で目立たないことくらい、わたしは分かっているから怒る気もしなかった。もう慣れた。
2010-07-30 09:47:52(10)「ほんなら、お姉ちゃんの浴衣貸してあげるで、着てみての。短大行く前に作ったっきり、いっぺんも袖通しとらんやつやし」 みいちゃんなら似合うやろな。幸はにっこり笑ってそう続けた。せっかくの申し出を断るのも失礼だ。
2010-08-01 17:33:05(11)ううん。わたしは頼まれたら嫌とは言えないだけ。それで嫌われたら怖いから。 幸みたいに、自分の意見をズバズバ言える子に憧れるけど、なりたいとは思わない。なれるわけないのに、望むだけ無謀だ。
2010-08-01 17:34:42(12)「うん。ありがとの、幸。ほんなら貸してもろてもいい?」 当たり前やが、と笑う幸を見つめる長谷川君の視線は熱い。わたしが分かるくらいだから、幸も気付いているはずだ。
2010-08-01 20:59:48(13)「尾形はどんな浴衣着るんや?」 長谷川君の言葉に、幸は「ふふん」と高い鼻を上に向けて笑った。美人はどんな仕草も様になるから、得だ。 「明日の夜まで内緒。今年は、おばあちゃんに作ってもろたんや。お嫁入りにも持っていきね、やって」
2010-08-01 21:00:56(14)お嫁入り、の言葉に長谷川君の広い肩が小さく震えた。わたしは「良かったの」と話を合わせた。 わたしは物心ついた頃から、お母ちゃんと二人だった。父はどこにいるか知らない。お母ちゃんは「どっかで野垂れ死んどるわ」と、時々忘れたように呟く。
2010-08-01 21:02:04(15)だから、おばあちゃんなんて存在すら知らない。どこかにいる……もしかしたら、もう死んでしまったかもしれないけど。おばあちゃんとおじいちゃんがいるから。お父さんという立場の人がいるから、今のわたしがいる。
2010-08-01 21:02:55