- hoshikuzucake
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ステンドグラスを炎の槍で突き破った。スローモーションで月明かりの中へ飛散する色ガラスのデータ片を無視して、俺の分身は羽の生えたスニーカーで空を蹴る。音速で教会の窓へ突っ込み、いくつか机をバカバカはね飛ばしながら20mほどスライディングしたところでようやく勢いが死んだ。
2012-10-28 17:54:01舞い上がる埃の中、チェックのフレアスカートの裾は気が抜けたように重力に従ってひらりと揺れる。俺はキーボードを操作し、教会内部を見渡せるようパソコンの画面に映る視点を切り替える。俺の分身は鋭い金色の眼で、十字架の前に立っているヤツを睨んだ。「来たか、ネカマ野郎」
2012-10-28 17:54:23ヘッドホンから虫唾の走る余裕ぶった声が聞こえてくる。「うるせぇ。そのゲロ臭ぇ口を閉じろよ犬耳野郎」俺がマイクに向かって口汚く罵倒すると、十字架の前の教壇に寄りかかっていた狼の耳と尾をつけた男のアバターはニヤリと顔を歪め、ボイスチャットの声に合わせて口を動かした。
2012-10-28 17:54:33「神の御前だ。口を慎め」「ゲロ臭ぇし厨二臭ぇ。口を慎むのはてめぇだゲロ犬!二度と口がきけねぇようにしてやるよ!!」俺の分身は高速で足を回転させ一瞬にして30m近い距離を詰めると、炎の槍の切っ先をヤツの胸に突き立てる。
2012-10-28 17:54:45しかし刃が胸に深く沈み込む前に、ヤツは漆黒の毛皮に覆われた分厚い手で槍の柄を掴むと、十字架の足元の壁へ向けて力任せに大きく振り回した。強烈な遠心力で吹き飛ばされ、俺の分身の体は壁に打ち付けられる。
2012-10-28 17:54:56重々しい効果音と共に風圧で重厚なタペストリーが何枚も吹き飛び、壁に巨大な蜘蛛の巣状の亀裂が入った。HPのゲージが大きく減少する。「……ッ!!」俺は液晶画面の前で舌打ちをして机に拳を打ち付ける。分身は壁から剥がれ落ちると、立ち上がることもできず十字架の足元にみじめに横たわった。
2012-10-28 17:55:48「フフフッ……アハハハハ!!いい眺めだ!!やっぱりこの世界はいいなぁ!レベルさえあれば何でも力でねじ伏せられる!!ここは天国だ!!」「……バカ言ってんじゃねぇよ。ここは魔界だ。マップに書いてあるだろうが……!」
2012-10-28 17:56:05苦々しく吐き捨てながら分身を立ち上がらせると、ヤツは恍惚の眼差しで研ぎ澄まされた自分の爪を見せびらかした。「ここでは何だってできる。レベルさえあれば簡単にヒーローにだってなれるんだ」「ふざけんなよ!こんな世界でいくら魔法が使えたって……誰も救えるわけないだろ!!」
2012-10-28 17:56:16不意を衝いて槍で頬を切り裂くと、ヤツは大きく飛び退った。ヘッドホンが熱くドロドロとした殺意のこもった声を俺の耳元で囁く。「黙れ、タマ無しが」「……てめぇ、それでも女かよ」「……お前には関係ない」そして、沈黙。十字架に架けられた誰かの足元で、ふたつのアバターが静かに対峙した。
2012-10-28 17:56:27