「メリー・クリスマス・ネオサイタマ」#4 & #5・再放送Ver(実況なし)

ツイッター連載小説"ニンジャスレイヤー 第1部 「ネオサイタマ炎上/Neo-Saitama in Flames」"より @njslyr_rによる再放送「メリー・クリスマス・ネオサイタマ」#4と#5のまとめ(実況なし) #1~#3 http://togetter.com/li/416549 #4&#5 (今ここ) 続きを読む
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NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

ニンジャスレイヤーことフジキド・ケンジは、屋上のシャチホコ・ガーゴイルの背に爪先立ちで座り、猥雑なメガロシティの夜景を見下ろす。ニンジャとなって以来、彼が見る最も日常的な風景のひとつだ。かつて平凡なサラリマンだった頃、彼はこのような非現実的な光景とは無縁の存在であった。 9

2012-08-16 22:36:47
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眼下には、ネオンの海と無限の摩天楼が広がる。天を仰ぎ見ても光は一切存在せず、汚染されたイカスミの如き黒雲だけが、重く分厚く垂れ込めるのみ。そして彼方を睨めば、人類の墓標を思わせるカスミガセキ・ジグラットが、冗談のように巨大で威圧的なシルエットを闇の中に浮かび上がらせていた。 10

2012-08-16 22:40:59
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彼は石像の一部のようだ。動く物といえば、マフラーめいたぼろ布と、風に揺れるフロストバイトの生首のみ。彼にとってニンジャの首級とは、スゴイタカイ・ビルという巨大なオブツダンに……即ち自らの妻子の墓標に供えるべき、厳粛なるセンコであった。彼の目に涙は無い。涙はとうに枯れ果てた。 11

2012-08-16 22:44:13
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サツバツとした怒りを通り越し、もはや殺人マグロのごとき無表情と化したフジキドの目には、一年前のクリスマスの惨劇が蘇っていた。忘れもしない、マルノウチ抗争の夜だ。あれは、スゴイタカイ・ビルの中階層にあった、中所得者層のためのセルフテンプラ・レストラン「ダイコクチョ」でのこと。 12

2012-08-16 22:49:34
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2012-08-16 22:51:40
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「揚げた美味しさが」「テンプラ」「DIY」などと極太オスモウ体で縦書きされたノボリが、広い店内でイナセに躍る。クリスマス装飾の電子ボンボリが、浮付いた年の瀬感を演出する。流石はイブ、満席だ。フジキドは休みをやりくりして、一ヶ月前から予約していたから、辛うじてこの席を取れた。 14

2012-08-16 22:55:45
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「今年もここに来れて、良かったわ」と、油の入ったカーボン土鍋を前に静かに笑う、妻フユコ。親子水入らずで時間を過すのは久方ぶりだ。 15

2012-08-16 22:58:56
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「ニンジャだぞー!ニンジャだぞー!」椅子の上で狂ったようにジャンプする幼いトチノキ。「やれやれ、トチノキはニンジャが大好きだな」とケンジ。「いったいどこで、ニンジャなんて覚えたんだ?」 「あなたが買ってきたヌンチャクじゃない」フユコはトチノキを椅子に座らせながら小さく笑う。 16

2012-08-16 23:02:50
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「去年のクリスマスに買ったやつか」とケンジ。「ずっとお気に入りなのよ。それで先日、初めて、箱の絵に気付いたの」「ニンジャー!」「静かになさいトチノキ、危ないわよ。……それに」その先は小声で夫にだけ言った。「ニンジャなんて、実在しないのに」 17

2012-08-16 23:07:27
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「スリケン!スリケン!」大人しくなったと思った矢先、トチノキはピッチングマシーンのように両手を回し始めた。「グワーッ!ヤラレター!」ケンジは息子の無邪気さに応じ、心臓と喉にスリケンが刺さった真似をして、大げさに苦しんで見せた。「あなた、やめてください、恥ずかしい」とフユコ。 18

2012-08-16 23:11:12
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「ザッケンナコラー!」不意に、遠くから剣呑な怒声が聞こえた。「ヤクザかしら……」と、トチノキの肩を無意識に抱くフユコ。「店外だろう、大丈夫さ」とケンジ。 18

2012-08-16 23:15:27
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

フジキドが店内を見渡すと、同じような境遇の家族連れや、若いカップルや、サラリマンたちが、何事もなくテンプラに興じている。今夜ばかりは誰も彼も、皆幸せそうな顔をしていた。何も問題ない。  19

2012-08-16 23:18:47
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

ネオサイタマは過酷な都市だ。生きるには辛い時代だ。だが、無茶な高望みをしなければ……暗黒メガコーポ群が煽る過剰消費の呪いを逃れ、巧妙に張り巡らされた薬物の罠にも嵌まらなければ……幸せは手に入る。願わくば、トチノキにも賢く育ってほしい。沸き始めた油を見ながら、ケンジは考えた。 20

2012-08-16 23:22:59
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

「ドーモ! 今夜は活きのいいのが入ってますよ! ネタはあっちにあります、セルフでどうぞ!」フェイク・イタマエがあちこちの席に声をかけ、忙しそうに去ってゆく。「ドーモ」と二人は座ったままオジギする。 21

2012-08-16 23:25:02
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

「ねえ、オショガツは?」「今日休みを取るだけでも精一杯だったんだ」「顔色、あまり良くないわよ。気をつけて」「ああ、大丈夫さ」 22

2012-08-16 23:28:06
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

「ニンポ!バクハツ・ジツ!CABOOOOM!」トチノキは史実を無視した記号的ポーズを取り、無邪気に叫んでいた。夫婦は笑い、いつの間にかまた固くなっていた表情を、意識的に緩める。「いいかい、トチノキ、本物のニンジャってのはな……」……何を言おうとしたのか、もう覚えていない。 23

2012-08-16 23:33:35
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

……ALAS! まさに、その時だった。フジキド・ケンジの運命が、完全に変わってしまったのは。 24

2012-08-16 23:36:42
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

KA‐DOOOOOOOOOOOM!後方でマッシヴ・ハナビの如き爆発音が上がった。全てがスローモーションに見えた。ケンジはトチノキの濁りなき瞳を覗き込んでいた。黒い瞳が、ムービー・スクリーンのように拡大され、ケンジの背後から迫る爆風と、ニンジャめいたシルエットを映し出した。 25

2012-08-16 23:40:58
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

そして……おお、ナムアミダブツ! 26

2012-08-16 23:42:00
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

……ナムアミダブツ! 27

2012-08-16 23:42:05
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

ナムアミダブツ…… 28

2012-08-16 23:43:09
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2012-08-16 23:43:10
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

ニンジャスレイヤーことフジキド・ケンジは、シャチホコ・ガーゴイルの上に独り佇む。あの日から、全てが変わってしまった。決して元通りにならないものがあるのだ…。重金属酸性雨で羽を傷めた鴉たちが群れ集い、石像めいたフジキドの体に停まり、黙々とフロストバイトの生首の肉を啄んでいた。 30

2012-08-16 23:47:18
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

(((ニンジャ殺すべし……。だが、俺の供えるセンコは、本当にフユコやトチノキの魂を慰めているのか。彼らはオーボンの夜にも還らなかった。俺は正しいのだろうか。俺は本当に、正気なのだろうか)))ひときわ大きな三本脚の鴉が、フロストバイトの生首から片眼を抉り出し、呑みこんだ。 31

2012-08-16 23:51:30
NJSLYR SAIHOSO @njslyr_r

(((何たるマッポーの世だ!)))フジキドは苦悶する。(((もしや俺の魂は、俺の中に憑依したあの謎のニンジャソウルと溶け合い、徐々にひとつになっていっているのではなかろうか。だとしたら……俺は……。いや、待て、これは何だ!))) 彼は不意に動いた。驚いた鴉たちが飛び去る。 32

2012-08-16 23:55:38