ゾンビサバイバル　蓮見照之編　完結

長月笹良 @sasa_sep

壁に取り付けられた装置に智樹の鍵を差し、傍らの溝にカードキーを通すと、格納庫のシャッターが耳障りに軋んで上がる。入口の二重ロックで十分という判断なのか、駐機してあるヘリはどれも鍵が差してあった。あれでいい、と椿が選んだ機体を皆で運び出す。雪は勢いを増している。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

椿はまず機体をざっと点検し、俺にも教えて、とケリーが傍らに座り込んだ。…あれに乗れば、外に出られるのか。不安がないと言ったら嘘になる。ゾンビのいない世界で、はたして僕は生きていけるのか。蓮見と一緒に行くと決めたが、自分が自分でなくなるという恐怖は拭い去れない。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

…蓮見。うん？ 僕は、何日もゾンビを捕食しないでいるとおかしくなる。食糧を食べ続けてしまうんだ。そしたらお前、もっと肥えて可愛くなるんじゃねえの。…真面目に聞いてくれないか。真面目だけど。蓮見は僕の頬をつねって笑う。お前がどうなっても、俺はずっと一緒にいるよ。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

あと、俺の友達に薬学の研究者がいるから紹介する。…君の友達に、僕が会っていいのか？ 当たり前だろ、だからお前は何も心配するな。点検を終えたらしい椿が、一人で操縦席に乗り込んだ。どうした？ こちらに戻ってきたケリーに訊ねる。いや、熊さんが一回肩慣らししたいって。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

エンジンを始動させると機体が震え、ローターが徐々に回転数を上げる。施設内に人がいるかもと警戒したが誰も出てこない。この街にはいくらでもある、直前まで使われていたような廃墟。ヘリは浮上して右に左に旋回し、ぴたりと宙に静止した。おお、飛んでる飛んでる。…すごいな。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

あれって相当難しいんじゃねえの？ なんだ、椿さん全然問題ないじゃん。上空を見上げている二人の横で、僕はツナギの太腿のジッパーを開ける。館の外で拾った覆面をそこに入れたまま、一度も見ていなかった。僕はあいつの素顔を知らない。次に会ったら返さなければと思っていた。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

だが、僕はあいつを置いていってしまう。ヘリは高度を下げ始め、白い雪を散らす風の中でポケットから覆面を引き出すと、青い刺繍と金の装飾が入っていた筈のそれは何年も経ったように色褪せていた。どうして？ 広げて確認しようとすると縫い目がぼろぼろとほつれ、風に拐われた。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

ヨギ！ 叫んで追いかけようとするが、背後から腕を掴まれ果たせない。僕の手を離れた覆面は地面に当たって破片になり、まるで雪と戯れるように混ざりあって飛んでいく。ヨギ、嫌だ、いかないで！ 肩が外れてもいい位に暴れたのに 、強い腕はびくともせず僕を羽交い締めにする。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

…お前はあいつを忘れない、俺もあいつを覚えてる。だから大丈夫だ、俺たちが生きてる限り、あいつは消えたりしない。泣きじゃくる僕の耳元で繰り返される言葉もまた、嗚咽を含んで揺れていた。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

叫び声に慌てて振り向く。ベンが駆け出そうとして、蓮見がその腕を掴んで引き止めていた。俺の知らない誰かを呼びながら、ばねみたいな全身をのた打たせるベンを強引に抱き寄せ、蓮見は耳元で何事か言い聞かせる。ベンは暴れるのをやめた代わりに、喉を絞るような声で泣き出した。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

ベンの体を引きずるようにしてヘリに乗せた。蓮見とベンで後部座席が塞がったので、俺は操縦席の隣に座る。出発するにしても何処に向かう？ とりあえず西へ、俺のばあちゃんがいるんだ。了解、と熊さんが蓮見に返事をして操縦桿を握る。一瞬の浮遊感の後、ぐんぐん上昇していく。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

ローター音の振動とベンの啜り泣きだけが聞こえている。眼下に見る街は立体感が失せ、まるで箱庭のようだ。ゾンビと人間が、時には生存者同士が争いを繰り広げる街ごと塗り潰すかのように、雪は降り続ける。…強い者も弱者も、金持ちも貧乏人も等しく。歌の切れ端をふと口ずさむ。 #ゾンビサバイバル

長月笹良 @sasa_sep

そして、君に新しい時を願う。親父さんを亡くし友達を失ったベンは、代わりにこの街で蓮見を見つけた。新しい明日は必ず来る。ちらりと後部座席を窺うと、ベンは蓮見の胸から顔を上げ、涙に濡れた瞳で雪に烟る街を見つめていた。ヘリは速度を増し、見る間に白く掻き消された。/終 #ゾンビサバイバル

ゆき。 @Yukilinus

@itsumonoTL 元歌手のハミングに狙撃手の口笛。吹雪とも言える雪の中ヘリは飛ぶ。傍らのベンジャミンはまだ少し涙の残る瞳を窓の外に向けていた。ごめんな。俺の呟きにベンジャミンは静かに首を横に振る。俺がこいつをどこまでも受け入れる様に、こいつもどこまでも俺から逃げないらしい。

ゆき。 @Yukilinus

@itsumonoTL 俺はお前の唯一の友達から引き離した男だと言うのに。我ながらつくづく酷い人間だ。それでも手放してなんかやらないとやはり思う。気圧の関係だろう、少し吐き気と眩暈がする。思わず、手で目を覆った。ねえ視界、大丈夫？俺の言葉に狙撃手は誰に向かって言っていると笑う。

ゆき。 @Yukilinus

@itsumonoTL 失礼しました。お前こそ大丈夫か。何でもお見通しの椿。後ろにも鷹の目が付いてるんだろうか。んー大丈夫。傍らのケリーも振り向きざま睨んできた。先生、こんな狭いとこで吐かないでよ。うるせえな、酔ったわけじゃねえよ。いいから歌ってろよ、声だけはいいんだから。

ゆき。 @Yukilinus

@itsumonoTL あの街で散々化物の相手をしてきた。楽しかったとは言わない。けれど学んだことも知ったことも沢山ある。胸元の２枚のタグは静かに揺れる。あの街に行ったことが無駄だったとは思わない。何よりたった一人の存在を手に入れられたのだ。大事な愛しい、俺だけの獣。

ゆき。 @Yukilinus

@itsumonoTL 俺も、操縦している狙撃手もこのヘリを降りてから平穏な日々を手に入れられるのか正直分からない。ベンジャミンは己の食欲について恐れを抱いている様に、俺も椿も一度逃げたことに立ち向かわねばならない。胸元のタグに視線を落とす。ケリをつけに行こう。

ゆき。 @Yukilinus

@itsumonoTL 胸元のタグ二枚に語りかける。 俺もあんた達も、一度きちんと会っておくべき人がいる。逃げてたって、気持ちは伝わらない。俺もあんた達も、祖母が嫌いなわけでも憎いわけでもないのだから。少なくともそれだけは伝えなければならない。あんた達には無理だから、せめて俺が。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 蓮見が少し気だるげに、手で目を覆う。それが眩暈が出た時の彼の癖だと気付いたのは先日の病院の時だ。僕の視線に気付き、蓮見は大丈夫だと笑う。ヘリポートは使わない方がいいな。椿の言葉に蓮見は頷き口を開く。海の近くに人工島がある、どうせあの辺り空き地だらけだよ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 空港もある位だから、ヘリが一機紛れても大丈夫じゃねえかな。そこからは？電車も通ってる。空き地が多いって言っても単に島自体が広いだけなんだ。街としての機能は揃ってるよ。昨日までいた街では聞かなかった単語の数々。あの街以外では当たり前の日常が変わらず続いている。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 世界に異変があるにもかかわらず。自分に災厄が降りかからなければ、人は営みを変えない。詳しいな。そりゃあ生まれた時からこの街にいるからな。蓮見は肩を竦める。山も海も、港も空港もある。良い街だよ。言葉とは反対に、蓮見の顔がどこか強張って見える。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 今から降りるであろう街から逃げ出したからだろう。見えない亡霊の相手より見えている化物の相手の方がマシだった。いつか聞いたあの言葉は、今も変わっていない気がする。ヘリは徐々に高度を落とす。もう一度、蓮見は目を手で覆う。大丈夫だから、そんな顔で見ないでよ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 囁く笑顔はいつものそれだ。気圧の関係なんだ、大したことじゃない。そう言う彼の手をそっと握る。僕が一人じゃない様に、君だって一人じゃない。それを見て少し驚いた顔をしてから蓮見は笑った。サンキュ。

ゆき。 @Yukilinus

@itsumonoTL 燃料がギリギリだったと椿は不思議そうに言う。仕組まれた何かを感じるが、この際いらぬ詮索はしないでおこう。大人の狙撃手の意見に俺達3人は頷く。触らぬ神に何とやらだ。椿さん。俺が狙撃手に声をかけるとベンジャミンもケリーに声をかける。狙撃手は顔をほころばせた。