飼育彼女

なぜ僕が書く女の子は大体死ぬのか
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豆崎豆太 @qwerty_misp

その日ふらりと屋上に出たのは、天気があまりにも良く、仕事をしているのが馬鹿らしくなったからだった。目をやった柵の向こうに、その女が立っていた。「何、死ぬの?」俺が声を掛けると、女は「うん」と頷いた。 #飼育彼女

2013-01-13 22:44:53
豆崎豆太 @qwerty_misp

「なんで?」「…なんでそんなこと聞くの?」「暇だからだ。大した興味は無い」「平日の昼なのに?」「忙しいことと暇であることは、別に矛盾することじゃない」「ふうん」 女は、女というより少女と言った方が正しいような風体だった。女が23歳だと知るのはもっとあとの話だ。 #飼育彼女

2013-01-13 22:49:06
豆崎豆太 @qwerty_misp

「わたし、もうすぐ死ぬの。もって半年、もしかしたらあと三ヶ月もたないかもって」「へえ。なのにわざわざ死ぬのか」「病気に散々振り回されて生きて、死ぬ時まで決められるのが嫌になったの。ほっといて」女の口にした病名は、聞いたこともない。今や覚えてもいない。重病らしかった。 #飼育彼女

2013-01-13 22:54:30
豆崎豆太 @qwerty_misp

「気に食わないな」「え?」平素立ち入れない屋上の柵は低い。力任せに腕を引くと、女は簡単に手すりを超えてこちら側に落ちた。地面に組み敷いて見下ろす。女は表情を変えない。「なに?」「いや、別に。勝手に死なせんのも癪だなあと」 #飼育彼女

2013-01-13 23:42:11
豆崎豆太 @qwerty_misp

「癪って、なんですかそれ。私が私の人生を自由にして何がいけないんですか」「いや? 悪かねーよ。ただ、俺はそうできなかった。自由になれなかったのさ。だから、単純にその嫉妬」「私だって今までずっと不自由でしたよ」「奇遇だな、俺もだ」 #飼育彼女

2013-01-14 09:50:05
豆崎豆太 @qwerty_misp

こんなとんちんかんなやりとりの末、ある時、女を飼い始めた。 #飼育彼女

2013-01-14 09:51:44
豆崎豆太 @qwerty_misp

基本的に手はかからない。外に出るなと言えば言いつけは守るし、食事も排泄も手をかけてやる必要は無いからだ。ただ、名前をやって首輪をはめた。「あんたは俺のもんだ」と言うと、女は興味もなさそうに頷いた。もうすぐ死ぬ女に飯を食わせ、寝床をやった。それだけだった。 #飼育彼女

2013-01-14 09:54:57
豆崎豆太 @qwerty_misp

「おかえり」「ただいま」女は無愛想だが、挨拶は欠かさなかった。中でも"おかえり"はお気に入りらしかった。嬉しそうだと指摘すればムキになって否定するのに違いないので、指摘したことはなかったが。「ご飯あるけど」「ああ、食う」「ペットの残飯。惨めだね」「まあな」 #飼育彼女

2013-01-14 10:26:08
豆崎豆太 @qwerty_misp

「マイ」「何?」「サラダにみかんが入ってる」「そういうものだよ。酢豚にもパイナップル入ってるでしょ?」「俺は反対派だ」「そう」マイ、というのは俺が付けた名だ。病人、病、マイ。余命のメイと悩んで、サジ投げた。女が自ら名乗ったことはなかった。 #飼育彼女

2013-01-14 10:30:34
豆崎豆太 @qwerty_misp

マイが生活に組み込まれて何が変わったかと言うと、まず生活費が上がった。余命三ヶ月の女に働けと言う気にもなれず、放置している。次に、寝床が狭くなった。これは猫を飼っていると思えばいい。随分でかい猫だ。あとはまあ、人の飯というのはうまいとわかった。 #飼育彼女

2013-01-14 10:42:05
豆崎豆太 @qwerty_misp

「何してんだ」「部屋の片づけ」マイはそう言うが、俺には部屋が散らかったようにしか見えない。本棚を整理しようと思ったのか、本が全て引き出されて平積みにされている。「人のアルバムを勝手に見るのが片付けか?」「この子可愛いね。彼女?」「人の話しを聞け愛玩動物」 #飼育彼女

2013-01-14 12:11:05
豆崎豆太 @qwerty_misp

「なあ」「なに?」「ほんとに死ぬの?」「あー、うん。多分。あと、これも多分だけど、今私行方不明だよね」「ああ、俺も立派な誘拐犯だろうな」「もしかしたら3ヶ月後には殺人犯かもね」「どうしたもんかなあ」 #飼育彼女

2013-01-15 07:14:52
豆崎豆太 @qwerty_misp

「ねえ、何読んでるの」「シンデレラ」「え? シンデレラってあのシンデレラ? なんで?」「別に。懐かしくなったんだ」「童話が?」「平たく言えば、そうなる。正確にはこれを読んでいた頃がだ」「ふうん。変なの」「ああ」 #飼育彼女

2013-01-16 23:38:36
豆崎豆太 @qwerty_misp

――「ねえ、何読んでるの?」「シンデレラ」「英語?」「英語。読む?」「読まない」「だろうね」 #飼育彼女

2013-01-16 23:43:18
豆崎豆太 @qwerty_misp

マイは料理がうまいようだった。俺に監禁される日々に慣れると、退屈を持て余してはしょっちゅう料理をし、一口しかないコンロに文句を言った。「オムライス作ってるうちにスープが冷めちゃうんだよ」「レンジするしかないんだ」「うーん」 #飼育彼女

2013-01-16 23:47:50
豆崎豆太 @qwerty_misp

「なあ」「んー?」「ペット葬儀っていくらかかるのかな」「あー、場合によりけりなんじゃない? ハムスターと、大型犬とか」「そっか」「うん」 #飼育彼女

2013-01-21 07:37:43
豆崎豆太 @qwerty_misp

「そういえばさ」「うん?」「私、お兄さんの名前知らないんだけど」「そのお兄さんってのやめてくれ。そんな歳でもない」「じゃあ、名前教えてよ」「…遊佐。森尾、遊佐」「変な名前。どっちも苗字みたい」「名付けの親もそう言ってたよ」「遊佐、お腹すいた」「おう」 #飼育彼女

2013-01-21 07:40:53
豆崎豆太 @qwerty_misp

あれから随分長い時間が流れた。21歳だった僕は大学を卒業し、学科と関係の無い企業に就職し、繁忙な退屈をどうにかしのぎながら、どうにか生きている。黄色い空を紫の鯨が泳ぐ、へんてこな絵を飾って。 #飼育彼女

2013-01-21 08:32:12
豆崎豆太 @qwerty_misp

「遊佐? どうしたの、変な顔してるけど。ご飯まずい?」「え? ああいや、美味しい。すごく、久しぶりに食べた」「オムライスなんて珍しくもないじゃない。呆けるほどのもの?」「いや、ここ数年彼女がいなかったから」「はあ?」 #飼育彼女

2013-01-21 08:35:10
豆崎豆太 @qwerty_misp

「ねえXXXXX」「ん、なに?」「オムライス食べたい」「また?月曜食べたじゃんか。それに、明日までの課題は?」「オムライスー!」「あーはいはい。じゃあ、出掛けようか」「うん!」 #飼育彼女

2013-01-21 08:39:57
豆崎豆太 @qwerty_misp

ある時家に帰ると、マイがうずくまって意識を失っていた。呼吸は浅く、脈は早く、冷や汗を書いていた。「マイ」声を掛けても反応が無いので、少しのあいだ悩んでみた後、救急車を呼ぶことにした。病名も知らない僕は疑われたし、身分証明のない彼女もまた疑われた。 #飼育彼女

2013-01-22 07:51:36
豆崎豆太 @qwerty_misp

実のところ、マイは別段重篤な状態ではなかったらしい。救急車の中で目を覚まし、おはよ、と言った。「ごめん、よくわかんなかったから救急車呼んだ」「ん、ありがと。死んじゃうかと思った」「いいならいいんだ」 #飼育彼女

2013-01-22 08:26:33
豆崎豆太 @qwerty_misp

さて。物語も終盤だ。ここから先は――出来れば、あんまり書きたくはなかった。物語というものは、結末を迎えたとたんに死んでしまうものだから。僕たちの物語が、陳腐でつまらない一塊として、その辺に転がる安い物語の仲間入りをして死ぬと思うと、やはり筆が重い。 #飼育彼女

2013-01-27 20:51:05
豆崎豆太 @qwerty_misp

結論から言うと、あれ以降僕は彼女に会っていない。マイの本当の名前も知らないまま、僕は彼女と永遠に別れることになった。暴行の痕跡も無く初犯であったことから、僕は十数日の拘留で刑罰を終えた。だが、彼女の消息は知れなかった。当然だ。僕は誘拐犯で、彼女はその被害者なのだから。 #飼育彼女

2013-01-27 20:55:11