スノウクレイドル

願いを重ね、誓う者。あるいはその心に守られる者。あるかも知れぬ行く末と、その先に望むもの
1
犬子 @27000hz

そこには白銀の静止。絶対零度に守られる命、あるいは魂の資料と、凍りついた記憶の墓標。スノウクレイドル、と彼等はここを呼ぶ @スノウクレイドル

2013-03-30 11:27:21
犬子 @27000hz

銀の筒のようなカプセルがアームに運ばれていく。割り振られた棚は研究員すら見落としがちになりそうな最下段の中途半端な位置にある。晃輝はゆっくりと移動していくカプセルが所定に収まる様子を眺めながら「ミサキの場所はそれでもにぎやかでいいかな」と口にする @スノウクレイドル

2013-03-30 11:32:31
犬子 @27000hz

晃輝が殺せなかった彼女は比較的上段の、カプセルが充溢した区画に眠っている。いつか、彼女が狂わずとも生きられる術を晃輝は探している。呪いを解く日を夢見ている。いつかお互いに名を呼び合える日が来ると信じている。たとえ愚直であろうと、それが彼の健やかさでもあった @スノウクレイドル

2013-03-30 11:36:26
犬子 @27000hz

また、ミサキの眠る区画は「可能性がそれなりに考慮できる」という見解や希望を示す場所であった。だが最下段の、カプセルがいままさにそっと置かれたその区画の示すものはひどく絶望的な意味であると晃輝は知っている。ここへ通いはじめて10年。知るには充分過ぎた @スノウクレイドル

2013-03-30 11:39:50
犬子 @27000hz

「『あのひと』はどうして?」と、いつの間にか、ひそやかに背後に立っていた丈高い男に聞く。その男は黒猫という。黒猫が何故ここに出入りできるかは知らない。だが晃輝自身のそれと大した差のない理由だろう。黒猫は、ふ、と鼻だけで笑うと「さあてね」と銀縁の眼鏡をはずす @スノウクレイドル

2013-03-30 11:43:06
犬子 @27000hz

黒猫はスーツの胸元からチーフをすうっと抜き取って「ここは冷えてたまんねえな」と眼鏡のレンズを拭く。その冷たい印象の横顔は晃輝がここに通い始めた頃と全く変わらない。彼は一般的にはレネゲイドビーイングと呼ばれるが、本人は『非神(アラズガミ)』と呼ぶことを好んでいた @スノウクレイドル

2013-03-30 14:56:43
犬子 @27000hz

「お前が『ミサキ』以外に気をとめるなんて、めっずらしいの。まあ浮気したって責められないくれぇの美人だけどよ」眼鏡をかけ直すと、レンズの奥から猫が誰かの肩越しに遠くを見るような目をして、黒猫は言う。「なんで『誰も愛してくれない』んだろうな、あれで」@スノウクレイドル

2013-03-30 15:07:53
犬子 @27000hz

「俺は一度だけ『上』で会った事があんだよ。しおしおとやつれてて、全く『甘露の』って感じじゃあなかった。でもこれが水吸ったらさぞかしって思ってたんだけどよ」と言葉を切ると、珍しく溜め息をついた。「あそこ、なら大丈夫だろうって綾倉も言ってたんだがよ」@スノウクレイドル

2013-03-30 15:12:49
犬子 @27000hz

事件があったんだ、と黒猫は言う。「俺も詳しいことなんざ知らねえ。ひとんちのいらねえことなんざ面倒なばかりだからよ、首もつっこもうとは思っちゃいねえ。それにどうせ『だれも悪くない』って結語しかおけないんだろしよ。だけど、『それから』あいつは目を覚まさなくなった」@スノウクレイドル

2013-03-30 15:16:10
犬子 @27000hz

「『アラズガミ』であることからも踏み越えたわけじゃねえし、身体数値も正常。だけど『目覚める』ことを拒否してる。それだけだったらいいんだけどよ、死ぬに死ねず、生き切れないのに心残りがあるんだろうさ、生き続けようとだけはすんのさ。『デーヴァダッタ』としてな」@スノウクレイドル

2013-03-30 15:21:56
犬子 @27000hz

無意識のうちに生きる糧を求め、区別も差別もなく、周囲を命を吸い取り干からびさせる、危険な「眠り姫」になったのだと黒猫は言う。「とはいえあそこの連中も別に感傷に浸るってこともなかったんだろうが」『踏み越えて(ジャーム化)』ねえだけにアレでなと続け @スノウクレイドル

2013-03-30 15:28:45
犬子 @27000hz

「ここに来るにはそんだけで充分」と、ふうっと長くつく息が冷気で白くなるのを目で追う。だが、その程度ならミサキと変わらない区分に晃輝には思えた。そのけげんな視線を感じたのか黒猫は晃輝に向き直る。「王子様が来ねえんだよ、この姫には。だけどせめてもの親心ってやつだろ」@スノウクレイドル

2013-03-30 15:35:36
犬子 @27000hz

綾倉のな、と黒猫は切れ長の目を眇めて言う。「テメェの唯芳(子)でもねえのにご苦労なことだぜ…あいつもバカだし」口の悪い、知識としての他人以外にあまり興味を持たない彼にしては珍しい色を感じて晃輝は目を瞬かせた。「今日も来る気なんかなかったんだぜ」@スノウクレイドル

2013-03-30 15:44:17
犬子 @27000hz

「最近めぼしい『話』持ってる奴来ねえし、ここ寒ぃから俺は嫌いでよ」ぼやくように言葉を落とした。その言によれば晃輝との遭遇率は奇跡に近いのだろう。「だけど今日になって綾倉から呼び出しがあってよ」一応神ってついてんだから便利に使うなよあのバカとののしりながら @スノウクレイドル

2013-03-30 15:52:20
犬子 @27000hz

「共鳴しすぎて唯芳までもってかれそうだって泣きつきやがった。結構かかったんだぜ。お前降りてくるちょっと前くらいにやっと『抑えた』くらいだから、あそこが居場所で妥当じゃね」という顔が僅かに苛立ちの色があるのは気のせいだろうか @スノウクレイドル

2013-03-30 15:56:41
犬子 @27000hz

「哀はない。合も、相も、ない。だから愛もなく、それを感じる私もいない」不意打ちに黒猫の声が常のそっけない乾いたものから、しっとりとやさしげな哀しいそれに変わった。「魂の重さは21グラムといわれてる。そんな軽いものすら私にはないのだと。入れ物で、偽者だから」@スノウクレイドル

2013-03-30 16:48:16
犬子 @27000hz

「本物じゃないから。だから全てははじまらない。いつだってはじまったためしはなかった。 誰も私がすきじゃないのは魂がないからなんだろう。じゃあなんでそのことが哀しくて、つなぐ手を交わして魂でつながる彼等がうらやましいんだろう」@スノウクレイドル

2013-03-30 16:50:27
犬子 @27000hz

「それでも私は」ぷつっと録音した旧式のテープが切れるように言葉は止まる。「『本人』も親すら聞きたがらねえから、俺くらいは聞いてやろうと思ったんだよ。すれ違うしかできなかった後悔のツケにな…くそっお前にまで押し付けるつもりじゃあなかった」と眉間を寄せて黒猫は言う @スノウクレイドル

2013-03-30 16:55:26
犬子 @27000hz

「愛したかった、のかな。それとも、愛して欲しかった、なのかな」と晃輝がつぶやけば「首突っ込むなバカ。『ミサキ』すらどうにもできてねえ間抜けのくせに、さらに面倒抱えんじゃねえよ」と毒めいた思いやりが返って来る。「あいつは『セラフとザンベジ川』みたいなもんだぜ」@スノウクレイドル

2013-03-30 16:58:21
犬子 @27000hz

「そんなめぐり合わせの奴はいくらでもいる。ただ力も持たず、言葉を持たず、同じような奴はそこかしこに沈んでんだ。そんなのに足とられんな。でなきゃ本当に掴むべき手を離しちまう」静かに言うと顔を背ける。彼も自分もその痛みを、過ちを知る同士と知る @スノウクレイドル

2013-03-30 17:01:29
犬子 @27000hz

「でも」やりきれない、と思う。何も本当にしてあげられることはないのだろうか。あるいは本当の運命の人は現れないと言えるのか。「ははん、余計なこと考えてるだろ。此処で眠らせとく以外の思いやりなんてもうねえんだよ」呆れたような、でも少し潤むような @スノウクレイドル

2013-03-30 18:16:03
犬子 @27000hz

「此処の完全な静止下以外では、たとえ王子本人だろうが、こいつは食い尽くすだろうぜ。草花が無心に水を吸うようにな。それをもしこいつが知ったらって考えろよ。それともお前が吸われてみるか?『ミサキ』捨てるならな」@スノウクレイドル

2013-03-30 18:19:52
犬子 @27000hz

「まあ、純潔とは思えねえくらい『イイ』目も見たけどよ、ありゃあ玄人でも結構クるぜ」と黒猫は不穏なことも口にする。「お前くらいだと完全入滅じゃね」と鼻を鳴らし、それによ、と続ける。「半端な優しさも嘘もありあわせもいらねえってよ。お前の些少な優しさじゃ足りねえだろ」@スノウクレイドル

2013-03-30 18:25:11
犬子 @27000hz

「…ああでも」言い切った後に僅かに沈黙を置き、黒猫はさらに言葉をおこうとした。これも彼にしてはとても珍しいことだが、「…うう。やっぱいい。忘れろ。どうせお前じゃ喰われちまうし、やめやめ」と切り捨てるように言い、しっしっと晃輝を追い払うしぐさをする @スノウクレイドル

2013-03-30 22:24:59
犬子 @27000hz

「わあ」と、いつもの自分勝手に憤慨はしたが、それも黒猫の優しさなのだろう。それに「でもさ、俺も『知ってしまったから』もういなかったことにも出来ないよ。俺を王子様の替わりにあげることも出来ないけどね」もうその人が存在していることを知っている。過去形じゃない @スノウクレイドル

2013-03-30 22:28:44