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有坂 一夫 @kazuoarisaka
かなり昔の話です。 幼児の頃の私は、ディズニーのバンビが好きだったんです。バンビがどのようなお話だったかは、今となっては覚えていませんが、とにかく好きだったんです。物心つく前から大好きだったんです。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
母の話では「一夫はバンビのぬいぐるみとお風呂に入って、水を吸って重くなったバンビを抱きしめながら『バンビが病気になっちゃった! 助けて! 早く病院に行こう!』と泣き喚いたのよ」だそうです。そして、寝る時も常に、そのぬいぐるみを抱きしめていたそうです。いつも一緒だったんですね。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
正直、その記憶は残っていません。でも、そのくらい好きだったんですね。なんでそんなに愛していたのか、現在の私には皆目見当もつきません。ただ、むしょうにバンビが好きだった事だけは覚えています。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
小学校に入る前の私の写真を見ると、そのほとんどにバンビのぬいぐるみが一緒に写っています。幼い私は、バンビと共にいる時は常に満面の笑顔です。酷使していたのか、バンビは少し汚れて、くたびれています。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
『よつばと!』のよつばちゃんとジュラルミンの関係に近いのかもしれません。ひょっとして、それ以上かも。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
そんな私が幼稚園に通っていた頃の事です。なにぶん遠い過去なので、記憶がおぼろげです。年少か年長かも覚えていません。時間帯はおそらく、お昼休みだったと思います。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
当時の私は、おませさんだったのでしょう。同じ組に好きな女の子がいました。もちろん、幼児ですから恋愛感情があったとは思えません。ただ、なんとなく、好ましく思っていただけなのかもしれません。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
その好きだった女の子と私と、他に数人の園児がいたと思います。園内放送で、バンビの曲が流れたんです。バンビ大好きの私は、嬉しさのあまり飛び上がりました。だって、愛してやまないバンビのテーマソングが放送されているんです。文字通り狂喜乱舞していたのかもしれません。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
私は、好きな女の子に「ほら、バンビだよ! バンビがなってるよ!」と興奮気味に教えました。 その子は怪訝な顔で「だからなに?」と答えました。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
私は驚きました。 なんで僕の大好きなバンビの歌がなってるのに、好きな子は一緒に喜んでくれないんだ?  わけがわかりませんでした。そして、泣いたのです。あまりのショックに泣いたのです。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
恥ずかしかったんです。泣いた事はもちろん、それ以上に「なにか」がとてつもなく恥ずかしかったんです。で、逃げました。それ以降の記憶はありません。どこに逃げたかは覚えていません。とにかく、逃げたのです。まぁ幼児の事ですから、さほど遠くには行っていないと思います。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
当時の私はその「なにか」を言語化できませんでした。でも、それは異様に恥ずべき「なにか」であることはわかりました。長じて、言葉にできるようになりました。その「なにか」とは、 《自分が好きだからといって、他人も好きだとは限らない》 という当たり前のものでした。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
幼い私は甘ったれだったんですね。自分がバンビを好きなのだから、私の好きな子は当然好きだと思っていたんです。それどころか、みんなバンビが好きだと思い込んでいたんです。 それが、自分の勝手な妄想だという事実が恥ずかしかったんですね。言葉では理解していなくとも。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
以来、私は自分の好意を、他人に押し付けるのが少なくなっていきました。今でも「これはいいものだよ」と勧めはします。しかし「これはいいものだ。これをいいと思わないヤツはいない。もしそのようなヤカラがいるとしたら、そいつは馬鹿だ」とは考えなくなったんです。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
おそらく中高生の時だったと思います。ストーカーが社会問題になったんです。私はテレビでストーカーというものを知りました。そして「これは幼稚園児のオレだ」と思ったんです。 自分が好きだから、相手も自分と同じように好きなはずだ。 と考えてしまうのが、ストーカーだと私は理解したんです。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
私は慄然としました。危ない所だった、と思いました。あの幼稚園の時の経験が無ければ、ひょとしたらオレはストーカーになっていたかもしれないんだ。と、わかったんです。 《自分が好きだからといって、他人も好きだとは限らない》という当たり前の事実を、幼いうちに学べてよかった。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
『からくりサーカス』の黒い太陽編でフェイスレスは「僕は自分を信じているもん。自分を信じて夢を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う!」と言いました。『からくりサーカス』を読んだことのない方には、一見素晴らしい言葉のように思えるでしょう。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
しかし、真相は逆です。他者の都合を全く考慮しない、ストーカー気質のフェイスレスにぴったりのセリフなのです。フェイスレスは《自分が好きだからといって、他人も好きだとは限らない》というのが理解できないのですね。幼稚園時代の私のようです。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
そんなフェイスレスの異常な執着が『からくりサーカス』という物語を貫いています。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
そして、最近考えるんです。反原発派やレイシストしばき隊は《自分が好きだからといって、他人も好きだとは限らない》というのが理解できない人達なのではないか。彼らはフェイスレスなのではないか、と。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
自分が左翼的な正義を愛しているのだから、他の人もそう考えるだろう。もしそう考える事が出来ないヤツがいるのならば、そんなヤツは人ではない。だからヤツらの言論の自由など制限してしまえ。そんなヤツらに人権なんて贅沢だ。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
彼らは、知らず知らずのうちに、こう思考してしまっているのではないのかなと思うんです。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
《自分が好きだから、他人も好きだ》 は容易に、 《自分が正しいと思ったから、他人も正しいと思う》 と、なりうるのです。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
そして、正義感が強い真面目な人ほど、その《自分の正しい考え》に固執して、《自分の正しい考え》に賛成しない者を排撃するんじゃないでしょうか? ヘイトスピーチ規制法がその好例だと思います。
有坂 一夫 @kazuoarisaka
これはイデオロギーの左右を問わないと思います。戦中の国防婦人会などは善意の団体でした。 私の尊敬する山本七平先生は、戦前戦中の軍国主義者と戦後のサヨクに、共通する思考方法を見たようです。 『己の信じる正義のためならば、何をやってもよいと思っている人々』
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コメント

neologcutter @neologcuter 2013年5月4日
面倒なようでも好き嫌いだけで決めつけず、自分の信じる前提を確認して、良し悪しを具体的に判断していくしかないんでしょうね…
hipopotamasu219 @hipopotamasu219 2013年5月6日
常に今己が正気であるか疑いながら生きていこう
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