年も明けて、でもまだまだ寒い、ある日、突然おれの部屋の窓辺に、一つの植木鉢が現れた。別に怪奇現象でもなんでもなく、単に母親が貰ってきた植木鉢を、一番日当たりのいいおれの部屋に置いた、というだけであった。何が植わっているかは知らないらしい。今はなにも見えない。
2013-08-07 09:30:53ひとつき以上経ち、空の、いや、空に見える植木鉢にも見慣れた頃、ちょこんと、芽が出てきた。おれはそのとき丁度期末テストの真っ只中で、全く気づかなかったのだけれども。後から聞くに、その時期だったらしい。世間で言う、バレンタインデー、ってやつ。
2013-08-07 09:33:08期末テストの結果が出て、上がいなくなってから、漸くその姿を視認した。暖かくなって、ああ、桜の時季か、と、窓の外に目をやったとき、見てしまったのだ。鮮やかな緑色の、それを。
2013-08-07 09:34:48最初は幻覚だと思って、完全無視を決め込んだ。手のひらサイズの人間。鮮やかな緑色、丸い後頭部、小さいながら白く細長い手足。どこかで見たことがあるような気がした。春休み中、束の間の休息中に見た雑誌に、そいつはいた。「緑間、真太郎」
2013-08-07 10:29:24「今まで散々無視してきたくせに、いきなり名前を呼ぶとはな」見た目とは裏腹に、かわいくない口をききながら、初めてこちらを向いた顔は、眼鏡こそないももの、先ほど紙面で見た、緑間と、瓜二つだった。
2013-08-07 10:30:38「みやじさん、喉が渇きました、お水をください」「みやじさん、ここじゃ影になります、移動してください」「みやじさん、最近成長が滞っています、肥料をください、おしるこがいいです」みどりまは人間のような形だけれども、本体はあくまで鉢の中の植物のようで、幾度となくわがままを聞かせられた。
2013-08-07 12:31:464月になり、新入生が入学、その中に、鮮やかな緑色を見つけたときは、自分の目を疑った。家に帰って、窓際を見て、そこにまだいつもの"みどりま"が興味なさげに座っていたものだから、一瞬わけがわからなくなってしまった自分に眩暈がした。当たり前だ。この小さな妖精があの緑間と同じわけがない。
2013-08-07 12:35:55緑間も、"みどりま"と同じように、わがまま放題で、しかし"みどりま"には小さいぶんかわいげがあるものの、緑間は悔しいがおれよりでかい人間だ。かわいくもなんともない、正直いって不愉快な、後輩だ。緑間にイラつかされた分は"みどりま"に癒してもらった。植物だからか、なんとなく癒される。
2013-08-07 12:41:13夏も過ぎるという頃に、初めて緑間のことをかわいい奴だ、と思ったときは、末期かと思った。しかしおれの中では緑間よりも先に"みどりま"が根付いていたから、徐々に緑間もかわいく見えるようになってきてしまったんだなあと、それはそれでどうかとも思うが、まあよしとした。せざるを得なかった。
2013-08-07 13:40:05寒くなり、自販機におしるこが並び始めると、それを見るたびに二つの顔が浮かぶようになった。その二つの違いは、まあ、眼鏡の有無くらいなものだったけれども。この頃にはもう緑間はうちに馴染んでいたし、"みどりま"もだいぶ成長し、そろそろ鉢を換えなければいけないと思いながらも放置していた。
2013-08-07 14:05:35部活の練習に、受験勉強に、毎日追われ、家は寝るだけの場所となりつつあったが、それも終わった。悔しい結果だったけれども、しかし、そこではっきりと、緑間に対する想いが見えたのだ。様々な気持ちを胸に帰宅すると、久々に顔をあわせた"みどりま"は、きれいな、オレンジ色の花を咲かせていた。
2013-08-07 14:12:47花を咲かせた"みどりま"は、どうやら自由に動けるようになったらしい。なぜだか知らないが、秀徳の、先日までおれが毎日のように着ていたジャージを身に纏い、部屋中をうろつくようになった。相変わらずかわいくない口をきいてくるが、一年近く育てた者としては、かわいいと思わずなんと思うのか。
2013-08-07 14:28:11たまに体育館に顔を出すこともあったが、殆ど受験のラストスパート、必死こいて勉強して、つってもおれは元から成績はよかったから、そこまで苦労もしなかったけれども、志望した大学に受かることができた。卒業式まで、出席日数を埋めるためだけに登校する。家で"みどりま"と共にいることが増えた。
2013-08-07 14:38:132月、最後の日、明日は卒業式で、最後の登校日。窓から見えた桜に、初めて"みどりま"と出会ったときを思い出した。もう、一年も一緒にいるんだな。来年もまた、冬にオレンジ色の花を咲かせるのだろうか。言葉には出さず、小さな頭を撫でた。「すきだ、」なんて言葉を発してしまったのは、春のせい。
2013-08-07 14:43:31「みやじさん、それはおれに言うことですか、違いますよね、明日で、最後なのでしょう、言ってください、言わないと後悔しますよ、嫌ですよ、言わなかったから後悔する貴方を見るのは、なんなら潔く振られてきてください、慰めてあげますから、大丈夫です、ずっと、人事を尽くしてきたじゃないですか」
2013-08-07 14:50:22別に従ったわけでも、絆されたわけでもねえし、言われなくても、しようと、考えたことはあったさ、本当にする気はなかったけれども。こっぴどく振られるものと覚悟していったが、なぜか、おれは、振られなかった。礼ではないが久々におしるこを買って帰ると、"みどりま"は、植木鉢ごと消えていた。
2013-08-07 14:55:13宮地さんに飼われる夢をみた。おれは動物ではなく植物だったが、人型で、世話をしてもらっていたのだから飼われていたのだろう。たくさんわがままを言ったけれど、愛情を籠めて育ててもらって、最後に、すきだとまで言ってもらえた。不思議な夢だった。気がついたらおれは宮地さんをすきになっていた。
2013-08-07 15:01:22