ホラゲー風モブサイbot ~死神タクシーと僕~ 【後編】
【死神タクシーのエピソード】 その日の俺は、大雨の中を走っていた。病気がちだった母が、危篤状態になったと連絡を受けて、会社を早退した。母の病院まで、電車でも20分はかかる。俺は駅へ走っていたが、間に合う気がしなかった。頼む母さん俺がつくまでがんばってくれ、と心の中で祈っていた。
2013-08-26 17:00:06ふと、後ろから軽いクラクションが聞こえた。なんだろう、と振り返ると、黒いタクシーが後ろに停車していた。有難い。車なら、もう少し早く病院に着くかもしれない。運転席の窓を叩いて、俺は叫んだ。 「○○総合病院までお願いします! 母が危篤なんです!」
2013-08-26 17:05:03タクシーのドアはすぐ開いた。俺は滑り込むように車内に入る。シートを雨水で汚してしまうのが申し訳なかった。「お客さん、雨の中大変だったでしょう? お母さん、間に合うといいね」危うく、涙するところだった。運転手さんの親切な言葉に、涙腺がゆるみかけた。
2013-08-26 17:10:06「どうします、急ぎますか?」 「お願いします! 急いでください!」 「了解しました。ちょっと疲れると思うけど、ここは我慢だ」 直後、俺は不思議な感覚を覚えた。遊園地のアトラクションに乗ったときのような、浮遊感が全身を襲う。加えて、視界が眩む。一体何が起きているんだ。
2013-08-26 17:15:02脳を直に掴まれて、上下に振られたような気持ち悪さに耐えていれば、運転手の声。 「着いたよ、お客さん」 「え、もう? だって、車に乗ってから数分も……」 「急いでって言ったのは、お客さんでしょ? ほら、行った行った」 「あ、ありがとうございます。お代は……」 「いい、もうもらった」
2013-08-26 17:20:03俺の混乱はやまないまま、タクシーの外へ出る羽目になった。さっきの親切な素振りはどこへやら、一瞬で素っ気ない態度に変わってしまい、困惑していた。でも、そんな暇はないと走ろうとした。が、足に力が入らない。ものすごい疲労感に襲われて、壁に手を付きながら、俺は母の病室へ向かった。
2013-08-26 17:25:06間一髪、母が息を引き取る直前に、俺は病室にたどりついた。枯木色した母の手をとり、「遅くなってごめん、俺だよ。母さん」と囁けば、母は薄目を開いた。唇を動かしていたが、声にはならず、わずかに笑みを浮かべた。俺は、それだけで十分だった。母は、安堵の息を吐いて、亡くなった。
2013-08-26 17:30:03まだ暖かい母の手をとり、俺は泣いた。医師が何事かを囁いていたが、聞く余裕がなかった。ところが、俺の耳に、車のクランクションが届く。俺は窓の外を見た。眼下には、先ほど俺が乗った、真っ黒のタクシーが。そしてその後部座席には、 今俺が手を握ってるはずの、母の姿があった――。(終)
2013-08-26 17:35:04