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元まとめ→ http://togetter.com/li/55895

アカウント確認できず。コピペ。

こないだ言ってた竹の子社員をモデルにした小説を書き始めたのですが、ここにさらしていいですか?
Toyo_ne 2010-10-02 22:50:50

タイトル――HAJIME44 読みは「はじめふぉーてぃーふぉー」です。
Toyo_ne 2010-10-02 22:52:53

Chapter1 かさのなかはどしゃ降り ~scene1 まち~
Toyo_ne 2010-10-02 22:53:39

このツイートは権利者によって削除されています。

「若いオトコのか・ら・だ」
となりの女が言った。と思ったら「ふひひひひひひひひ」、肩を揺すって笑いはじめた。
(ぶきみな奴……)
小説家、在川憂花(ありかわゆか)はそっと椅子を離した。
女は酔っていた。顔を赤く染め、汗で額に髪が張り付いている。誰もがそうだ。
返信 RT お気に入り
Toyo_ne 2010-10-02 22:55:20

このツイートは権利者によって削除されています。

在川だって、同じようなものだ。店は臭っていた。次の熱燗が出る頃までに、女の笑いはトーンダウンし、一度完全に消える直前にすすり泣きに変わった。辟易する在川をよそに号泣してカウンターに突っ伏した。
「どうしたって言うんだい」
Toyo_ne 2010-10-02 22:56:17

「どうしたって言うんだい」
 放っておいても静かになりそうにないので、一度離した椅子を仕方なくもとの位置に戻した。血走った眼に涙をためて彼女は在川を見た。まだ若く、酔っていなければ美人かもしれない。
「はが、はが、はが、はが……歯が痛い」
「そんなことで泣くんじゃない!」
Toyo_ne 2010-10-02 22:57:15

 在川の拳がカウンターを打った。熱燗のしぶきが飛び、その拳にかかった。
「歯医者にいけ! 子供じゃないんだから」
「歯医者にかかるお金がないよ」
「はたらけ」
「歯が痛くてもう働けないよぉ!」
 女は再び慟哭し、在川はため息をのむ。
Toyo_ne 2010-10-02 22:58:38

「分かったから泣くのはおやめ。いつから痛いの」
「二年前……」
「バカ! 二年も歯痛に耐えられる奴がいるか! もういい、あたしゃ帰るよ」
 立ち上がった在川の服の裾を、しかし女はつかんできた。
 面倒だ。
 本当に面倒だ。
 顔に刺さる眼差しには恨みがこもっている。
Toyo_ne 2010-10-02 22:59:40

「同業者につめたい……」
「なんですって?」
「あなた、在川憂花さんでしょ」
 仕方なく、在川は広げたコートを再び腕にかけ、カウンターに掛けた。
「……そうよ。それで、あんたは誰?」
しん」、と言いかけて洟をすすった。「新庄環(しんじょう たまき)」
Toyo_ne 2010-10-02 23:01:52

聞いた覚えがある。しかし、酔った頭では詳しいことを思い出せなかった。
「なんで飲んだくれてるか、聞いてよ」
「聞くわよ」
「企画を没にされたの」
「そう」在川は答えた。「残念だけど、珍しいことじゃないわ」
「そうじゃない、そうじゃないのよ! 企画を横取りされたのよ」
Toyo_ne 2010-10-02 23:04:11

「横取り?」
「私が」環の目に涙がたまる。「出したプロットを」その涙がこぼれた。「ちょこっと変えて、編集が新人に使いまわさせてるんだよぉ!」
彼女は自分が言った言葉が悲しくてたまらないと言うように、飽きずに泣き伏せるのだった。
「私が考えた新作のプロットをぉー!」
Toyo_ne 2010-10-02 23:05:06

「私が、私が考えた新作のプロットをぉー! 取り上げて、自分がデビューさせた新人に書かせるって言うんだよーッ!!」
「そっちの方が重大じゃねぇか、バカヤロウ! なにが『歯が痛い』だ!!」
 在川は酔った勢いで怒鳴りつけ、新庄環の胸倉をつかんだ。
Toyo_ne 2010-10-02 23:08:29

 新しい客が入ってきた。その客も作家だ。外は雨。あの客も、作家だし、そこにいるのも作家。ここは作家の町、竹和武(ちくわぶ)市。外は雨が降っている。何しろ半年前からずっと降っているのだ。
Toyo_ne 2010-10-02 23:11:14

~scene2~ へ続く。
Toyo_ne 2010-10-02 23:11:43

~scene2~ へ続く。
Toyo_ne 2010-10-02 23:11:43

HAJIME44〈第一章 かさのなかはどしゃ降り〉
Toyo_ne 2010-10-04 14:50:51

~scene2 しゃない~
Toyo_ne 2010-10-04 14:51:06

 酔っ払いなら、そのころ竹の子書房西棟十五階の一角、ラジオ課資料室にも一人いた。酔った青年がラジカセの再生ボタンを押すと、黄色い声がはじけ出た。
『園長先生とお~』
『コタロウきゅん☆のお~』
『わくわく』
『れぇ~いでぃおぉ~う!』
Toyo_ne 2010-10-04 14:51:40

うぅ……」
 青年が歯を食いしばると、代わりに目から涙が出てきた。
「あの頃はよかった」
 それからヒックヒックと洟をすすり、わぁと叫んで机を叩いた。『園長先生』だった青年の周りには、からのビール缶が散乱しており、そのうち幾つかが衝撃で床に転げ落ちた。
Toyo_ne 2010-10-04 14:51:58

ラジオ課資料室は、もともとは広い部屋だが、カセットの棚によって複雑な迷路と化している。その棚から彼の相棒がひょっこり顔を出した。それからさも呆れたという顔でカセットの再生を止めた。
「コタロウきゅん☆~」
 もと園長先生はティッシュを何枚も使って顔を拭いた。
返信 RT お気に入り
Toyo_ne 2010-10-04 14:52:21

「あの頃はよかったよなぁ。なぁ」
「おまえ……そりゃそうだけど、そういうことばっか言ってっと殺されるぞ」
 飛田呼太郎(ひだ こたろう)の慰めとも警告ともつかぬ言葉に園長先生は黙らざるを得ない。
 そう、どうしようもないのだ。
 殺されたくないのなら。
Toyo_ne 2010-10-04 14:52:41

 インターネット・放送・出版その他文化的活動に関する表記法、通称〈本名法〉が制定されたのはちょうど去年のこの時期だ。一年間の移行期間の後、今月あたまにいよいよそれは施行された。インターネット実名制に加え、記者や小説家、漫画家、アイドル、歌手、ラジオのDJその他もろもろまでもが
Toyo_ne 2010-10-04 14:53:01

本名でその活動を行わねばならない。
「本名ではやらない、やれないって、おまえ決めたんだろ? 諦めろよ」
 園長先生は本名を予井出不死(よいで ねばーだい)というのだ。
 笑っちゃーいけない。
「ふざけやがって畜生ぉー!」
Toyo_ne 2010-10-04 14:53:15

 呼太郎は相棒への慰めになることを願い、ラジオのスイッチを入れた。おりしも時刻の節目で、次の放送が始まったばかりだった。
『こんばんは、名倉茶太郎だよ。今回みなさんにお送りするのは――』
「ああ! いいよな、いいよな! 本名がまともな奴はよ! ホントいいよなチクショお!」
Toyo_ne 2010-10-04 14:54:04

 こりゃ駄目だ。呼太郎は諦めてラジオを切る。
 呼太郎だって気持ちは同じだ。またラジオをやりたい。だから『いい名前じゃないか』と言ってはじめ相棒を説得しようとしたのだ。『ご両親は可愛い息子のおまえの無病息災を願ってそういう名前にしたんだろ?』
Toyo_ne 2010-10-04 14:54:49

しかし予井出の本名へのコンプレックスは呼太郎が思う以上に大きかった。
「高校の先輩がさぁ」
「どうした?」
「娘にエミちゃんって名前つけたんだ。笑うって書いてエミちゃん」
「へえ。いい名前じゃないか」
 でも苗字がすげーよくある名前だから、と予井出は続ける。
Toyo_ne 2010-10-04 14:55:15

「その子名札とかに『山田(笑)』って書かれるんだよな!」
 予井出は絶望して笑った。
「親はよく考えて名前をつけろってんだくっそー!」
 夜はまだ長い。
Toyo_ne 2010-10-04 15:00:31

~scene3~ へ続く
Toyo_ne 2010-10-04 15:00:48

HAJIME44〈Chapter1 かさのなかはどしゃ降り〉~scene3 しゃない~
Toyo_ne 2010-10-05 04:02:34

 同じ社内を、寺川智比等(てらかわ ともひと)がエレベーターホール目指して走っていた。廊下より、どしゃ降りの屋外のほうが明るかった。窓からほの白い光が差して床に濃淡をつける。中庭の桜の木がライトアップされているのだ。
Toyo_ne 2010-10-05 04:02:56

桜の木。そんな場合じゃないのに寺川は甘酸っぱいキモチになってきた。
過ぎ去りし学生時代。寺川の高校にも立派な桜の木があった。その満開の桜の下で愛を告白すると、永遠の愛が成就するという。男子校だったが。
Toyo_ne 2010-10-05 04:03:21

 不夜城である出版社内も、今夜は静まり返っている。
《総員、退社せよ。》
 それが竹の子書房中枢指令機関、人工知性体『HAJIME44』が下した指令だった。現時点で社内にいるのは警備の者と、この俺と、仲間の森掛太郎(もりがけ たろう)だけだ。
Toyo_ne 2010-10-05 04:04:24

 寺川は西棟に予井出と呼太郎がいることを知らなかった。
 角を曲がると、エレベーターが開きっぱなしで寺川を待ってた。駆けこみ、鍵を抜いて一階へのボタンを押す。汗をかき、息を切らしている。エレベーターが下降し出すと、壁にもたれかかった。竹の子書房の廊下は長い。
Toyo_ne 2010-10-05 04:04:44

しかし凄いのは廊下の長さや社屋の規模だけではないようだ。
 竹の子書房。築二分、駅から十五年。公式ホームページに書いてあるから間違いない。なんてこった。
「森掛!」
 一階エレベーターホールで、もう森掛は待っていた。
「遅いじゃないか」
「すまん。てこずった」
Toyo_ne 2010-10-05 04:05:08

 寺川は森掛を顧みて、言う。「出よう」
 二人がエントランスまで走っていくと、受付前に小柄な人影がたたずんでいた。寺川は立ち止まり、腕を出して後ろの森掛を制したが、たたずむ者はすぐに二人に気がついた。
「誰だ?」
 少女か。はじめそう思った。
Toyo_ne 2010-10-05 04:05:37

びくりと怯えて振り向く姿は、それほど頼りなかった。近寄れば二十歳を過ぎていると分かる。みつあみに結った髪は雨水を吸って跳ね、彼女が慌てて足元の大荷物を拾い上げると、その重みで体がかしいだ。
「ごめんなさい、出て行きます」
「待って。どこから入ってきた?」
Toyo_ne 2010-10-05 04:06:00

 さも意外という顔が、正面玄関を指した。
「鍵が開いていたから……」
「鍵が?」
 寺川の鋭い視線を浴び、森掛は首を振った。知らぬと。改めて侵入者を見返せば、〈怪異聞きます〉の立て看板を脇に挟んでいた。
「君は誰だ?」
「はるかゆうと申します」
 侵入者が名刺を出した。
Toyo_ne 2010-10-05 04:06:31

『悠ゆう & よぴー』
「よぴーはこの子です」
 ナスカンで腰から提げた子猫の人形を、悠が手で撫でた。
「出よう」寺川は言った。「そのほうがいい」
 眼光の鋭さにたじろぐ悠を、森掛はそっと押した。その手に促され、悠は寺川に続いて走り出す。正面玄関を出て雨に目を細めた。
Toyo_ne 2010-10-05 04:06:54

。二人は焦ってる。悠はそう思った。
「どうして急いでるんですか?」
 前を行く寺川が答えた。
「雨だからさ」
 それが方便であることは、悠にも分かった。何も言えなかった。
返信 RT お気に入り
Toyo_ne 2010-10-05 04:07:15

~scene4~へ続く。
Toyo_ne 2010-10-05 04:07:46

HAJIME44〈Chapter1 かさのなかはどしゃ降り〉~scene4 とっきゅうれっしゃ~
Toyo_ne 2010-10-06 18:40:27

 雨宮司(あめみや つかさ)がトイレを出ると、たまたま、車内販売のカートがやって来たところだった。
(おっ)
 雨宮の後ろをカートがしずしずとついてくる形となる。
(おおおおおっ)
 雨宮は嬉しくなった。通路を大股で闊歩して、意気揚々と座席に戻った。
Toyo_ne 2010-10-06 18:41:04

ツレの男はちゃんと鞄を抱えて待っていた。日焼けした肌のその男に言った。
「車内販売を連れてきてやったぞ!」
「えっ、えええええ? はっ、はっ、そうですか。ありありありありがとうございますす」
 売り子の女は「ぶふっ」という笑いを残しカートを押していった。
Toyo_ne 2010-10-06 18:41:31

「何がおかしい。いけ好かん小娘だ」
「いや……まあその、はぁ」
 男はポロシャツの襟にかけたサングラスを弄びつつ、狭い座席の上でこっそり雨宮から体を離した。
 雨宮は怖い。
 まず常時眉間に皺を寄せていて怖い。そのくせエロいから怖い。でもって変な言い間違いとかするから怖い。
Toyo_ne 2010-10-06 18:41:57

いぜん酒の席で『どうせみんなホントは俺のこと嫌いなんだろ、なぁなぁ』と絡んできた男に『何を今更言い出すんだ』と返していた。本当は『何をいきなり言い出すんだ』と言うつもりだったらしい。やめてやれよ。
Toyo_ne 2010-10-06 18:42:21

「ち、竹和武市は今日も雨だそうっすねぇ」
 かといって黙っているのも怖いので話しかけた。
「なにせ半年前からだ。向こう一週間もやむ気配はないらしいな」
「憂鬱っす」
 雨宮は自分の鞄を男の膝から取った。往診用の仕事道具だ。話してみれば怖い人じゃないのだ。
Toyo_ne 2010-10-06 18:43:20

がんばれおれ。この人の助手なんだから。
「こないだ雨降った時にですねー、おれの飼ってる三毛猫ちゃんが庭に締め出し食らってたんですよ~」
「ほう」
「そんでニャーニャー鳴いてですねー、おれ昼寝してたから入れてやるの遅くなっちゃったんですよ。
Toyo_ne 2010-10-06 18:43:49

そしたら隣のババァが怒鳴りやがって、『うるさぁい!』って。でもさー、ババァの飼ってる犬のほうが普段キャンキャンキャンキャンうるさいんスよ」雨宮は鞄から新聞を出して読み始めていたが、急にバサリと新聞をおろすと、ものすごく悲しそうな顔をして彼をなじった。「だからって殺すなよ……!」
Toyo_ne 2010-10-06 18:45:22

「殺してねぇよ!」やっぱり怖かった。すると、後ろの車両が騒がしくなった。がやがやと人の声が大きくなり、振り向けば、車両を区切るガラスの向こうを人の背中が埋めていた。その背中を押しのけて、さっきの売り子が飛び出して叫んだ。「お客様のなかにお医者様のかたはいらっしゃいませんか!」
Toyo_ne 2010-10-06 18:46:31

雨宮が手を上げた。
「俺だ」売り子の女は顔を輝かせ、直後「うわさっきの変な奴だ」という顔をし、一瞬後には表情を引き締めて「こちらへ来てください」と言った。「何があった」「あの車両に妊婦の方がいらしたのですが、生まれそうなんです」「高田ァ!」
Toyo_ne 2010-10-06 18:47:29

 ここへきて初めて名を呼ばれた高田幸多(たかだ こうた)は、慌てて、雇い主について通路に飛び出した。
「ぼやぼやすんな、来い!」
 後ろの車両では、女が通路に横たわり、その周りを乗客が取り囲んでいた。歯を食いしばって汗を流す女の横で車掌が右往左往していた。
「医者だ。通してくれ」
Toyo_ne 2010-10-06 18:47:47

現れた雨宮を、救世主を見る顔で車掌が見上げた。「竹和武駅までは?」「あと十五分ほどです」「よし。きれいな布をあるだけ用意してください。あとはうぶ湯を」「お客様は産婦人科の先生ですか?」
雨宮は売り子を振り向いた。
「君、カートのポットの湯を薄めたもので構わない」
「は――はい!」
Toyo_ne 2010-10-06 18:48:47

「外科の先生ですか?」高田に人を払うよう命令し、女の腹に触れて様子を確かめると、雨宮はやっと車掌の顔を直視して、質問に答えた。「精神科だ」「え」 女も呻くのをやめて「え」と言った。それから、その驚きで吹っ飛んだ痛みが倍になって押し寄せてきた様子で身悶えすると、
Toyo_ne 2010-10-06 18:50:09

「え、え、駅まで我慢するぅ~!」
 と言った。
「我慢できるか! 大便じゃないんだぞ」
 女の絶望を乗せて特急列車はひた走る。
 やがて女の叫びはやみ、元気な赤ちゃんの産声が停まったままの列車から聞こえてきた。
「いい仕事をした……」雨の竹和武駅ホームに佇み、雨宮は空を見上げた。
Toyo_ne 2010-10-06 18:50:37

「いい仕事しましたねぇ」
後半はレスキュー隊の仕事だったが。しかし高田はそんなこと言わない。雨宮は煙草を吸おうと高田に掌を出し、高田は鞄のポケットから煙草を出そうとしたが、自分が鞄を持っていないことにようやっと気付いた。「あれっ?」「お前……俺の鞄はどうした」
Toyo_ne 2010-10-06 18:51:33

 高田は真っ青になって車両に駆け戻った。鞄は二人の座席に置いてあった。
「あります! 先生、財布も携帯も盗られてないっす!」
「寄越せ!」
 しかし雨宮は乱暴に高田から鞄をもぎとると、中からぶ厚いファイルを取り出し、そのページをめくり出した。
 ない。
Toyo_ne 2010-10-06 18:52:08

 ある人物の、しかも、最も重要な人物のカルテだけがごっそり抜かれていた。
 やられた。
 竹の子書房嘱託社員カウンセラー雨宮司は、怒りに燃える眼差しを車外の人の群れに射向けた。
Toyo_ne 2010-10-06 18:52:34

~scene5~へ続く
Toyo_ne 2010-10-06 18:53:03

HAJIME44〈Chapter1 かさのなかはどしゃ降り〉~scene5 まち(ないかく)~ 前編
Toyo_ne 2010-10-09 23:17:39

「ああ、それにしてもそれにしても夢みるだけの男になろうとは思わなかった!」詩の朗読が突き刺さり、開天澄吉(かいてん すみよし)はウェッジウッドを一枚割った。「なん、なん、な」厨房の隅のほうで、いつぞや貸した本を堀野健作(ほりの けんさく)が読んでいた。「なにを言いだすんだ……」
Toyo_ne 2010-10-09 23:18:38

「えっ、なに? こないだ開天さんが貸してくれた本だよ! 中原中也! あーっ、開天さんってばお皿を一枚割っちゃった! いけないんだ~」おまえのせいだ。いやしかし、なにゆえこうも動揺してしまったのだろう。分かっている。原因は。オレはまだ立ち直れていないと言うのか。
Toyo_ne 2010-10-09 23:19:43

、しかし、あれから何年経っただろう。今も目を閉じれば鮮やかに往時へとかえれるのに。花薫る南仏の陽光、エーゲ海から吹く風のきらめき、そしてあれほど愛した女の横顔……。
 ちなみに南仏はエーゲ海に面していない。
Toyo_ne 2010-10-09 23:20:01

開天が甘酸っぱくなっている近くで堀野は「わーいわーいいけないんだー」大はしゃぎを続けていた。彼は決して馬鹿なのではない。ちょっと子供なのだ。「堀野ォ!」 堀野が丸椅子から飛び上がると、中也の詩集がくるくる宙を舞い、ロイヤルコペンハーゲンのティーカップへと弧を描いて飛んでいった。
Toyo_ne 2010-10-09 23:21:01

割ってはならぬと腕を突き出した堀野は、しかし掌に当たった瞬間それをバレーボールのように打ち上げてしまった。
「わーっ!」
 いけないぞ。こんな事をしてたら開天さんにふざけてると思われちゃうぞ。詩集は天井にぶちあたり、そのまま直角に落下して堀野のデコを直撃した。
「わーっ!」
Toyo_ne 2010-10-09 23:21:48

 デコに本の角を打ちつけた堀野は、混乱して、まだ本が空中のどこかにあるものかと思い、そのまままっすぐ走っていって業務用冷蔵庫に激突した。冷蔵庫に怪我はなかった。
「片付けておきなさい」
Toyo_ne 2010-10-09 23:22:04

(~scene5~後編に続く)
Toyo_ne 2010-10-09 23:22:29

HAJIME44〈Chapter1 かさのなかはどしゃ降り〉~scene5 まち(ないかく)~後編
Toyo_ne 2010-10-10 16:04:24

 新庄環は困惑のさなかにいた。
 気がつけば小洒落た洋菓子店にいた。あたたかな明かりが点るが他に客が居ない。店員も全て引き払ったあとで、閉店後だと分かる。小さな店だが卓の配置に工夫があり、狭いとは思わない。窓の外、地面では、ますます強い雨足がアスファルトを穿っていた。
Toyo_ne 2010-10-10 16:07:46

そして眼前には何でか知らんが酔っ払いが居座っている。だから困惑しているのだ。「あんちくしょおぉ~、アイツもう死んでればいいのにぃ~」一文字ずつに濁点がついていそうな調子で酔っ払いは言うのだ。「その編集ぅ、借金があるなんてこと一っ言も言いやがらながやならがらなかっぶるぶる」噛んだ。
Toyo_ne 2010-10-10 16:09:15

環は怖い。
 酔っ払いの顔は知っていた。自分と同じジャンルの作家、在川憂花だ。この道の先輩だ。先輩なのだが知り合った覚えはない。
 なのに何故、シリーズ物の最終巻が出る直前で担当編集者に失踪された作ときの話などを自分にしているのだろう。
Toyo_ne 2010-10-10 16:09:47

そもそも自分は、もともと小汚い場末の酒場で飲んでいたじゃないか。多分、飲んでるうちに自分からこの人に絡んでしまったのだろう。覚えてないが。
 やっちまった。
 またやっちまったのね、わたし。
 どうしよう。怖いし、置いて帰っちゃおうか……。
Toyo_ne 2010-10-10 16:10:14

すると奥の通路から、ウェイターが紅茶を運んできた。細身の体にぴたりと制服を着こなした、上品なたたずまいの男だった。「カップをお取替えいたします」ウェイター、店長の開天は、適温に温めたカップを二人の前に置く。それに早摘みのアッサムを注ぎ、もの言いたげな環のほうへ柔和な笑顔を向けた。
Toyo_ne 2010-10-10 16:14:09

環は尋ねた。
「あのう。ここは何処ですか?」
「洋菓子店『スケルツォ』でございます、お客様。お加減はよろしいですか?」
「あっ、はあ」
 やっぱりわたし、泥酔状態で連れてこられたんだわ。で、
(その時までこの人はまともだったんだ……)「でも、きっともう閉店時間ですよね」
Toyo_ne 2010-10-10 16:14:53

「こちらの在川さんには、いつもお越しいただいているのですよ。個人的に長い付き合いがありまして」
「はあ」
「閉店時間は過ぎております。ですから、好きなだけゆっくりなさって下さい。窓のカーテンをお閉めいたしますか」
「いえ、そんな。悪いです」
Toyo_ne 2010-10-10 16:15:20

古いジーンズと革ジャン。水を吸い四方に撥ねた髪。手入れなど生まれてこの方一度もしたことなさそうな肌の顔、ふてぶてしい立ちかた。洋菓子店に似合いもしなければ、およそ外観で好かれるという事がなかろう風貌だった。だがどこか、目を離せない気持ちにさせられる。開天がゆっくり男を振り向いた。
Toyo_ne 2010-10-10 16:15:55

革ジャンの後ろにもう一人いた。こちらは幾分大人しそうな男であるが、やはりどこか油断ならない。
「本日は閉店しました」
 開天が言った。
 ウィンドウに映る開天の横顔を見、環はそのまま息を止めた。
 とてもただのウェイターの目つきではなかった。
 敵意がある。しかも、お互いに。
Toyo_ne 2010-10-10 16:18:29

そして酔いどれているはずの在川までもが、唇をまっすぐに結び、目を光らせて二人の男へと顎を上げていることに気付いた。事情など環には分からない。早く帰ればよかったと、彼女は後悔した。「その閉店後の店内に酔っ払いの女連れこんでるってか。スケルツォも堕ちたもんだ。酒でも出せよ。仕事後だ」
Toyo_ne 2010-10-10 16:19:35

「残念ですが、今晩の招待客は二名様までしか承っておりません。お引取り願えませんか?」
「ケチくせぇこと言うな」
 男は肩で、開天をせせら笑った。
「おめえさんも、一人でやってる商売じゃねえんだからよ」
Toyo_ne 2010-10-10 16:20:39

 環には男が言う意味はわからなかった。だが開天の背中に、一瞬の動揺を見た気がした。再び彼が発した声は毅然としていたから、気のせいかもしれない。
「お引取りください、寺川さん」
「あんたはじきに、そうも言ってられなくなるぜ」
「お引取りいただけませんか?」
Toyo_ne 2010-10-10 16:22:03

何だか暴力的で、剣呑な空気が満ち始めた。ひとり身を固くする環を包み、しかし彼らは気配の暴力を実行に移すことはなかった。
「何をしてきた」開天の声が、一人の男の声になる。寺川は肩を竦め、森掛に「出よう」と合図した。「すぐに分かる」柱時計が十二回鳴った。日付が変わる。
Toyo_ne 2010-10-10 16:24:36

~scene6~へ続く。
Toyo_ne 2010-10-10 16:25:18

因みに10シーン1チャプターです。
Toyo_ne 2010-10-10 16:25:39

HAJIME44〈Chapter1 かさのなかはどしゃ降り〉~scene6 しゃない~
Toyo_ne 2010-10-21 01:19:08

「そんでさぁ。そんでさぁ」
 一時間経ったが、何とまだ予井出は泣き続けているのである。
「その先輩がな、息子に『無双』くんって名前つけたんだよ。無双くん! ザ・佐藤無双!」
 それから「ぶわはははははは」。それを呼太郎は
「うん、うん」
 おかあさんのように聞いてやっていた。
Toyo_ne 2010-10-21 01:19:56

 そうだな、ひどいよな、世の中の佐藤さんと戦ってぶった斬りまくってそうな名前だもんな。誰がどうして自分の子供を人殺しにしたいか。
「まあ、アレだよ。強い子になって欲しかったんだろな」
 呼太郎は慰めながら、ラジオ課資料室に鍵をかけた。廊下は暗く、緑の非常灯が遠くで光っている。
Toyo_ne 2010-10-21 01:20:36

零時をまわっていた。手には缶ビールのビニール袋を提げ、酔いの抜けてきた予井出と、非常灯のほうへ歩きだす。「薄気味わるいなぁ」静まりかえった社内を見るのは初めてだった。大体いつも、社内のどこかの部署が修羅場だった。今夜はそれがない。遅くとも午前零時までに総員退社せよと指令が出た。
Toyo_ne 2010-10-21 01:21:35

 零時を過ぎてしまった。廊下には予井出が洟をすする音と、ビニール袋の鳴る音が響く。
 階段から、やがて別の足音が聞こえてきた。
「警備員さんかな」
 呼太郎は言った。
「うーん、おれら怒られるかな」
 足音は着実に階段を上がってきていた。こちらに気付いたのか、足音が固まる。
Toyo_ne 2010-10-21 01:22:14

呼太郎は立ち止まった。予井出も立ち止まった。
 見えるはずの姿が見えないから、不吉に思えてくる。
「そこにいるのは誰だぁ?」
 いやな、低く不気味なしゃがれ声が聞こえてきた。
 たじろぐ呼太郎に、声はかさねて問いかける。
「そこに」二人は揃って後ずさった。
「居るのは誰だぁ!」
Toyo_ne 2010-10-21 01:22:38

 声の主が姿を現した。
天井まで届く身の丈の持ち主であった。おりよく雷が落ちた。廊下の果ての窓の光を、黒い巨体が背負う。
巨人が咆哮した。
「そこにいるのは誰だァ!!」
 そして二人は、悲鳴をあげて駆け戻る。巨人が後を追って走り、その振動が床越しに伝わっていた。
Toyo_ne 2010-10-21 01:23:11

「呼太郎! おいっ、呼太郎! はやくしろよ!」
呼太郎は震える手で必死に、ラジオ課資料室の鍵を開けているところだった。「うるさいっ、わかってる!」鍵が開いた。二人が身を滑らせて戸を閉め、素早く内鍵をかけると、外から巨人がぶつかってきて、扉が震わされた。衝撃で二人は床に倒れこんだ。
Toyo_ne 2010-10-21 01:23:57

「巨人兵だ」
 先に起き上がった予井出が呼太郎を助け起こしながら言った。
「巨人兵だ! 遺伝子操作で生まれた巨人兵だ! うわぁあ、実装されてたんだ!!」
「そんなワケがあるか!」
「ホントだよ、おれ見たことあるもん」予井出は酒臭い息を吐きながら訴えた。「映画でみたんだもん!」
Toyo_ne 2010-10-21 01:24:32

「おまえは酔ってるんだ。大丈夫、社内の鍵は特別製のだから――」
 するともう一度衝撃が来て、ドアがたわむのがはっきりと見えた。呼太郎も言葉をやめて青ざめた。鍵が頑丈でもちょうつがい側が壊れる。
「け、警備員」「バカ、呼太郎! あれが警備員なんだよ!!」
Toyo_ne 2010-10-21 01:25:28

そしたら数秒前に想像したとおり、蝶番側から扉が開け放たれた。
立ち竦む二人は、真っ暗な部屋の中で、襲撃者が頭をくぐらせて入室するのを見た。
「あの」呼太郎は会話を試みた。「俺たち、社員の者なんですけど」
 するとそれがさも意外というように、襲撃者が足を止める。
「ラジオ課の……」
Toyo_ne 2010-10-21 01:26:23

「社員は全員」
 地鳴りのような声だった。
「とっくに退社しておるわい!!」
 腰から特殊警棒を抜いた。警棒が青い電気をまとう。
 あれは痛いぞ。当たったら痛い。ぜぇーったいに、絶対、絶対、死ぬほど痛いに違いないぞ。
 襲撃者が大股で歩み寄る。
Toyo_ne 2010-10-21 01:27:08

二人は二歩、三歩と後ずさり、警備員が突進するのと同時に、大きなテーブルをぐるりと周って廊下に飛び出した。
「こっちに来んな!」遅れて廊下に出てきた襲撃者へ、呼太郎が空き缶を投げる。「来んな、来んな!」
 だがあまり意味がなかった。
 電気がつかない社屋西棟を三人が駆け回る。
Toyo_ne 2010-10-21 01:27:37

~scene7~ へ続く。
Toyo_ne 2010-10-21 01:27:57

HAJIME44~scene7 まち(ないかく)~前編
Toyo_ne 2010-10-21 02:09:59

「本当にいいんですか?」いよいよ店じまいのスケルツォ店内で、環は開天の目を見て尋ねた。開天はニコリと柔和な笑みで、問いを肯定した。「閉店後の招待客からは頂かないようにしておりますので」「でも、結構いただいちゃったし」環は言いかけたが、しかし、ここは素直に好意を受け取ることにした。
Toyo_ne 2010-10-21 02:11:20

有難うございます。また来ます、今度は昼に」
「お待ちいたしております。ところで、お越しは外郭からですか?」
 幾多の出版社、放送局が密集する竹和武市中心部は、陸から放射状に伸びる橋で結ばれた人工島だ。関門で厚く取り囲まれた島内部を内郭、橋と陸地を外郭と、市民は呼んでいる。「ええ」
Toyo_ne 2010-10-21 02:11:44

「駅の場所は分かりますか?」「はい。終電にも、どうにか間に合いそうです」「そうですか。雨ですので、どうぞ足もとにお気をつけて」 あ、そうだ、と開天はいい、「堀野君」、奥に声をかけた。すると従業員が待ち構えていた様子で出てきた。開天は堀野が持ってきた紙包みを、環に手渡した。
Toyo_ne 2010-10-21 02:13:03

「ブールドネージュです。お手土産に」
 環は重ねて礼を言い、スケルツォを辞した。
 傘をさし、ゆるい坂道をのんびり上っていると、後ろから自動車が迫ってきて、環の横についた。白地に青いライン。内郭青年警備隊の車両だ。「失礼します」青年が丁寧に頭を下げるのを、環は戸惑って見つめた。
Toyo_ne 2010-10-21 02:14:22

 内郭の警備隊は年寄りの会合に毛が生えたようなものとは違い、警察とも連携を取って警邏に当たっていると聞く。
「どう、したんですか?」
「実は、人を探しておりまして」
 青年が二枚の写真を差し出した。「あっ」、と環は言った。スケルツォに来た二人連れだ。
「心当たりがあるんですか?」
Toyo_ne 2010-10-21 02:14:58

「はい、さっき」
 スケルツォに来た。開天となにやら剣呑なやり取りをして――。
「どこで」
 打たれたように背筋を伸ばし、環は唇を結んだ。言ってはいけない。紅茶を持ってきた開天の笑顔。革ジャンの男と対峙した背中。何事もなかったような、その後の応対が、一瞬で脳を駆け抜けていった。
Toyo_ne 2010-10-21 02:15:22

「どこで見たんですか?」青年が語気を強めた。これはきっと、凄いことだ。「下の道で」環は言った。「すれ違ったんです」「この下で? そうですか。有難うございます」「何かあったのですか?」青年が写真を内ポケットにしまいながら、声を落とした。「実は、駅で重大な窃盗案件が発生しまして――」
Toyo_ne 2010-10-21 02:16:15

「おい」
 年配の、態度のでかい男が助手席から声をかけた。青年は口をつぐみ、
「物騒ですので、お気をつけて」
 車に戻った。車はターンして、坂を下りていった。
Toyo_ne 2010-10-21 02:16:33

~scene7 まち(ないかく)~後編 へ続く。
Toyo_ne 2010-10-21 02:16:55

HAJIME44 〈Chapter1 かさのなかはどしゃ降り〉 ~scene7 まち(ないかく)~ 後編
Toyo_ne 2010-11-12 00:00:35

 環が去った店内では、在川がラクダのように水を飲んでいた。
「情けない。月曜日からこうも酔いつぶれる奴があるか」
「ほっといてよ!」
 在川は酔いが後から来るたちだった。開天を睨み返して口を拭う。飲んでいる最中は酔わないから、つい「まだ大丈夫、まだ大丈夫」と飲みすぎてしまうのだ。
Toyo_ne 2010-11-12 00:01:26

 警邏車両の赤いランプが窓を染めた。間もなくスケルツォのドアが開き、ベルが来客を告げた。
 雨に濡れた警備帽をかぶる、民間警邏隊の青年が、戸口に立っていた。
「なんのご用件でしょう?」
 開天と在川、そして堀野はすばやく目配せしあい、青年を迎え入れた。
Toyo_ne 2010-11-12 00:02:05

「夜分遅くに失礼します。恐れ入りますが、この辺りで不審な二人組みをみかけませんでしたか」
 青年が内ポケットから写真を出すので、開天は歩み寄った。
 写真には寺川と森川が写っていた。
「いや、見ておりませんね」
「そうですか。失礼しました、ここらで見かけたと通報がありましたので」
Toyo_ne 2010-11-12 00:02:39

「今の二人は?」
「窃盗の容疑者です。現在内郭をあげて捜索中です」
 開天はごく平常な顔をして、そうですかと応じた。
「お力になれず、申し訳ありませんね」
 青年は首を振り、店の奥の在川と一度目を合わせた。
「……失礼ですが、こちらの営業時間はいつまでとなっておりますか?」
Toyo_ne 2010-11-12 00:03:05

「店自体はとっくに閉めておりますよ。彼女は個人的な知り合いです」「そうですか」
 何かあったら連絡をください、と言って、青年は名刺を差し出した。
 彼は名を、桜井豹治(さくらい ひょうじ)というらしかった。
 警邏車両が遠ざかるのを見届け、開天は窓という窓に厚いカーテンを引いた。
Toyo_ne 2010-11-12 00:03:43

あいつら?」
「ああ」在川の問いに重い調子で答えると、腕を組み、ため息をついた。
「どうするの? 開天さん。あいつら捕まっちゃうよ」「放っておけと言いたいところだが、そういうわけにも行かん」「助けに行けばいいじゃないの」在川は立ち上がって言った。「ここで恩を売っておけばいいわ」
Toyo_ne 2010-11-12 00:05:42

「お前、そんな状態でぶっ放せるのか」
「甘く見ないで」
「何かあっても、助けんからな」
 開天は念を押すと、ベルトから鍵を外した。
 店舗地下の弾薬庫へいたる鍵を。
返信 RT お気に入り
Toyo_ne 2010-11-12 00:07:12

~scene8~へ続く。息抜きの投下でした。
Toyo_ne 2010-11-12 00:07:46

投下いきまーす。HAJIME44〈Chapter1 かさのなかはどしゃ降り〉~scene8 しゃない~
Toyo_ne 2010-11-14 03:12:14

 散々なやんで、悠はけっきょく商売道具を抱えて戻ってきた。〈怪異聞きます〉のけったいな看板を抱え、くぐった裏口は西棟。外周だけでかなり広いこの建物、本棟に入るつもりだったのだが、もうその場所を思い出せなかった。ちなみに悠は、ここが西棟だということも知らない。
Toyo_ne 2010-11-14 03:12:39

(どうしよう……)
 悠は時計を見る。約束の時間、23時50分はとっくに過ぎていた。
 怒られちゃうかな、約束を守らなかったから。
 外郭へいたる橋のたもと、そこが悠の島場だ。あの男性客さえ来なければ、今もそこにいて、そろそろ店じまいを始めるところだった。
「寒っ……」
Toyo_ne 2010-11-14 03:12:54

とにかく、約束の場所に行ってみよう。上の階に行こう。きっと誰かがいる。
 それにしても、なんて今夜は静まり返っている。
 休み休み階段を上っても、明かりが点る階はなかった。不気味に思え、もう帰ろうかと思った頃、上のほうから人の声が聞こえてきた。
Toyo_ne 2010-11-14 03:13:21

 ほっと安堵した悠だが、何かおかしいと気付く。尋常な声じゃない。
「はなせ! コタローきゅん☆を放せ、こんチクショウ!」
 おそるおそる階段から首を伸ばすと、異様な光景が広がっていた。
 廊下に電気は点いていない。明るいのは、そばの部屋の扉が破れて明かりがこぼれているからだ。
Toyo_ne 2010-11-14 03:13:37

「このヤロウって言ってんだ! ゴリラ! カボチャ! ボケナス! 痴愚魯鈍! 宿酔のゲロ! バカ貝! アスナロの木!」若い男が、廊下を埋める小山を必死で殴っていた。小山はよく見れば、信じられないが、大きな人間らしい。小山が廊下に膝をついて、もう一人誰かを組み敷いているのだ。
Toyo_ne 2010-11-14 03:14:22

 立っているほうは、それを解放させようとしているらしい。
「ネコ! お米! 奥歯!」
 もはや言っている本人も意味が分からないのだろう。
「右翼!!」
 たぶん何の根拠もない。
「このピアニストめがっ!!」
 絶対にちがう。
Toyo_ne 2010-11-14 03:14:46

とんでもない事が起きているのだと、驚きで麻痺したアタマでも分かってくる。ああ、暴漢に人がひとり捕まっちゃったんだなあ。それで悠がどうしたかというと。 ふらりと廊下に出た。 別に自分に何かできると思ったわけじゃなく、何となく「もっとよく見てみたいなぁ」と思って前に出てしまったのだ。
Toyo_ne 2010-11-14 03:15:41

よくテレビとかで事件の犯人の顔をついじっと見てしまうとか、まあそんな心理である。あんな悪いことをしてる男はどんな顔なんだろう?で、そうしてから悠は、自分が危険かつ間抜けなことをしていると気付いた。これはまずい、目の前に暴漢がいて、なんの関わりもない自分が現場でぼさっと立っている。
Toyo_ne 2010-11-14 03:16:33

なので悠は声をかけた。
「あの、大丈夫ですか!」
なので、じゃない。関わりがないなら逃げればいいのに、関わりがないなら関わればいいと咄嗟に思ってしまったのだ。小山が顔を上げた。その体の下にいる人間も、もがくのを止める。後ろの男も悠を見た。「こ、困ってるんなら警察呼びましょうか!」
Toyo_ne 2010-11-14 03:17:09

 悠は絶望した。逃げるならまだ間に合うと思いつつもこんな事を言ってる自分に絶望した。
「誰じゃ」
 ゴリラがしゃべった!
「ゴリラがしゃべった!」
 するとゴリラが立ち上がり、悠に向かって突進をかます。
 悠はそれをまだ呆然としながらただ見ていた。
Toyo_ne 2010-11-14 03:17:30

 立っていたほう、予井出が、若い女性に突進するゴリラの腹に腕を回し、食い止めた。
 すると呼太郎が立ち上がり、落ちていた特殊警棒を拾って、背後からゴリラを殴った。
 そのとき悠に、
「それ言わなくていいから!」
 と、叫んだ。
Toyo_ne 2010-11-14 03:17:44

~scene9~へ続く。
Toyo_ne 2010-11-14 03:18:11

HAJIME44〈Chapter1 かさのなかはどしゃ降り〉~scene9 まち(がいかく)~前編(1)
Toyo_ne 2010-11-17 00:07:57

 終電が過ぎても、竹和武市内郭へいたる駅の喧騒がやむことはなかった。それは乗降客がもたらすものではなく、警備員、警官、内郭から派遣された有志の民間警邏隊員たちによるものだった。鬼道杜火(きどう もりか)は傘を畳むと、券売機の隅でマッチを擦った。招き猫模様の、仕事用のマッチだった。
Toyo_ne 2010-11-17 00:08:21

ライターは嫌いだ。この方が、火を使っている実感がある。「構内禁煙ですよ」歩いてきた年上の部下が、杜火の上背を見上げてたしなめた。「ほら、まだ髪が濡れたままじゃないですか」ポニーテールの先から雨水が垂れ落ち、肩にしみを作っている。杜火はタバコを深々と吸いながら、部下の目を見返した。
Toyo_ne 2010-11-17 00:08:57

こいつは結婚して子を産んでからというものの、妙に自分を子ども扱いする。落ち着いたというか、悪い言い方をすれば老けた。自分もそうは言っていられない。吐き出す煙でため息をごまかした。あと三年で三十路なんだから。「そううるさく言うなよ、玄枝。客の前でもないんだから」
Toyo_ne 2010-11-17 00:09:53

「お客様ならいらっしゃいますよ」
 玄枝水草(くろえ みずくさ)の言葉に、杜火は二口目を吸おうとしてやめる。苛立ちを眉間にあらわして、携帯灰皿にタバコをねじ込んだ。
「まったく、休む間もなしだ。あいつか?」
「ええ」
 高く靴音を響かせながら、二人は開きっぱなしの改札を抜ける。
Toyo_ne 2010-11-17 00:10:18

「……鬼道さん。内郭駅周辺の戒厳令がとかれました」
 長い階段の途中で、杜火は玄枝を振り向いた。
「たしかか」
「ええ。まもなく外郭側にも警戒レベルを落とすよう正式な通達が出るはずです」
「わからんな。被害者は『天下の』竹の子書房だろう。こうも早々に諦めるとは思えん」
Toyo_ne 2010-11-17 00:10:50

「正式な情報ではありませんが」声を落とし、玄枝が耳に顔を寄せてきた。「HAJIME44が――」
「静かにっ」
 階段の下から静かな会話が聞こえてくる。
 ホームには回送電車が停まり、その赤い車体の横に雨宮司が立っていた。
Toyo_ne 2010-11-17 00:11:40

 三十を過ぎたばかりのその色白の男は、痩せていて、前髪が片方の目に掛かるがままになっている。いつだって目が鋭い。べつに怒っていたり睨んでいるわけではなく、そういう人なのだ。杜火と雨宮は、それぞれ背後に玄枝と高田を従えて向き合った。
「……久しぶり」
Toyo_ne 2010-11-17 00:29:10

 杜火が口火を切った。
「あんたが高校出て以来だね」
「ああ」
「この町にいるのは噂に聞いてたよ。こんな再開で残念だ」
 踵を返し、階段を上がるよう雨宮とその助手を促した。
「しかし、そんな格好で寒くないのか」
 雨宮はたいてい、年中タンクトップか白い肌着を着ているだけだ。
Toyo_ne 2010-11-17 00:29:49

診療中にはそれに白衣を羽織る。冬の外出には薄いジャンパーを羽織る。
「大丈夫だ、ツラの皮が厚いからな……」
「……ああ、そう。そんなこったろうと思った」
「口が悪くなったな」
「誰のせいだと思う?」
 改札へと上りきったところで、「もりかちゃん!」一般人の呼び声が響いた。
Toyo_ne 2010-11-17 00:30:09

杜火が硬直し、同じ種類の緊張を、雨宮もまた抱く。
「あれは――」雨宮に真顔で頷き、杜火は改札の外へ走りぬけた。キオスクの前に女が立っていた。ひどい雨のせいで傘を持っていてもコートがずぶ濡れだ。「実! どうしてここにいるの」石黒実(いしぐろ みのり)が蒼白な顔で杜火に歩み寄った。
Toyo_ne 2010-11-17 00:31:24

「コトリちゃんを見なかった? 内郭に行ったはずなの」
「コトリちゃんって、あんたの隣の部屋の?」
 アパートの隣人のことだ。
「帰ってきてないの」
 仲がいいとは聞いていたが、そんな赤の他人を心配して駅に来たらしい。
「終電とっくに終わってるのに、電話にも出なくて……」
Toyo_ne 2010-11-17 00:33:00

 幼馴染の人のよさに感動しつつ呆れつつ、杜火は制帽に手を当てて「知らないなあ」と言うしかなかった。
「実、ごめん。ホンットに申し訳ないんだけど、いま立て込んでるんだわ」
 杜火が視線を、自分の背後に送る。実もつられてそちらを見た。
Toyo_ne 2010-11-17 00:33:28

 雨宮と目があった。
 教えられずともそれが誰か、実には分かった。信じられず、距離を隔てて二人は見つめあった。
「……司兄さん?」
Toyo_ne 2010-11-17 00:33:52

まちがいた、~scene9~後編 へ続く。
Toyo_ne 2010-11-17 00:37:47

しずかなうちに……。HAJIME44〈Chapter1 かさのなかはどしゃ降り〉~scene9 後編~
返信 RT お気に入り
Toyo_ne 2010-11-21 22:39:00

それより前、豊根コトリは外郭のショッピングセンターにいた。作家たちが集まる町とあり、その空気を慕い多くの作家志望者達が竹和武市には集まる。アマチュア小説書きのコトリもまた、そんな珍しくない若者の一人だった。朝は竹の子書房の社員食堂でバイトをし、昼にこのショッピングセンターに来る。
Toyo_ne 2010-11-21 22:41:11

アエヲショッピングセンターという施設内のレストランがかけもちのバイト先でだ。ここでは、『お客様の声』なる意見用紙が従業員通路に張り出されている。それを毎日チェックするのが仕事の楽しみだった。世の中にはこういう事を本気で言う人がたくさんいるのかと思うと、それが楽しいのだ。
Toyo_ne 2010-11-21 22:42:22

 閉店後の人気の無い従業員通路で足を止め、コトリはほくそ笑んだ。件の紙が張り出された掲示板の前だ。
 更新されてる、されてる。
 白いフリルのエプロンから、メモとペンを取り出した。何か小説のネタになるようなものはないかしら?
Toyo_ne 2010-11-21 22:42:53

〈お客様の声:アエヲラウンジの従業員の対応がムカつきました!!! ラウンジ入場時間をたった三十分すぎただけなのに入場を拒否されました! 竹和武東店の従業員は入れてくれたんですよ? 南店のは理不尽すぎです!! ゴールドカード会員なのに~!!! もうアエヲでは買わない!!!!
Toyo_ne 2010-11-21 23:07:02

担当者からの回答:この度は従業員の対応のせいでお客様に不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございません。従業員の教育を徹底するとともに、お客様にはアエヲラウンジの入場時間が20:00までとなっていることについてのご理解とご協力をなにとぞお願い申し上げます。〉(わがまま言うなよ……)
Toyo_ne 2010-11-21 22:43:35

〈お客様の声:生鮮食品売り場でサバを売らないでください。私は妊娠中にサバでひどい蕁麻疹にかかり、以来サバを見るとその時の苦しみと流産するかもしれないという恐怖を思い出してしまうのです。レトルトパックや缶詰などのサバの加工品なら平気ですので、生のサバを売らないでください。〉
Toyo_ne 2010-11-21 22:43:59

そんな理不尽な話があるか。〈お客様の声:ウフフ〉〈担当者からの回答:平素より当ショッピングセンターをご利用いただきまことにありがとうございます。更なる笑顔をお届けできるよう従業員一同尽力して参りますので、今後とも宜しくお願い致します。〉〈お客様の声:ハゲ!!〉どうしろと言うのだ。
Toyo_ne 2010-11-21 22:45:32

〈担当者の回答:ハゲとは頭髪が少ない者のことでしょうか? 当ショッピングセンター内の頭髪が少ない従業員がお客様にご迷惑をお掛けしたようでしたら、どのようなことでもお申し付けください。何卒よろしくお願いします。〉
(これ書く人大変だなぁ……)
 真後ろに人が立った。
Toyo_ne 2010-11-21 22:46:01

 メモ帳を閉じて振り向くと、ニコニコと笑みを浮かべてショッピングセンターの店長が立っていた。「あっ」コトリはメモ帳をポケットにねじ込み、頭を下げた。「こんばんは」「こんばんは。いつも大変だね」「はいっ?」「君いつも、この掲示板を真剣に見てメモを取ってくれているでしょう」
Toyo_ne 2010-11-21 22:46:52

「あっ、はい、ええ、まあ、その、はい、ええ」
「嬉しいよ、君は真面目だ。大抵の人は素通りするか、見ただけで行ってしまうからね。君みたいな人は少ない」「あのっ、はい、あの」コトリはぎこちない笑みを返した。「有難うございます、これからも頑張ります!」店長はニコニコしながら立ち去った。
Toyo_ne 2010-11-21 22:49:07

どっと額に汗をかき、コトリは胸をなでおろす。
(すげー罪悪感だわ……)ロッカールームには誰の姿も無かった。ロッカーから鞄を取り出し、小さなビニールケースにペンとメモ帳を入れた。小説を書くためのメモ帳とUSBを、失くさず入れておくケースだ。
ケースを開けたコトリの心臓が高鳴る。
Toyo_ne 2010-11-21 22:50:04

書き溜めた小説を記録した、USBが入っていなかった。
Toyo_ne 2010-11-21 22:50:42

「……それで、コトリちゃん私に電話くれたの。竹の子書房の社員食堂に落としたかもしれないから、確かめに行くって」雨宮とその助手は、今電車内の防犯カメラの映像を検証している。それを玄枝に付き添わせ、杜火は人が来ない通路で実の話を聞いていた。「で、内郭まで行っちゃったのか?」
Toyo_ne 2010-11-21 22:51:34

「終電に間に合わないなら電話してって言ったのよ。そんなの明日探しなさいって言ったのに、あの子聞かなくて……」
「そっか」
 杜火は青ざめる実から目をそらした。
「それは心配だな」
「心配といえばあの子、朝から様子がおかしかったのよ! 朝早くから私の部屋のほうの壁をどんどん蹴って」
Toyo_ne 2010-11-21 22:52:14

 何事かと様子を見に行ったら、件の隣人は布団にくるまったまま寝ぼけて喚きながら壁を蹴っていたのだという。
『どうしたの!』
 と実は訊いた。
『ゆ、夢に出た! 夢に出た!』
『誰がさ』
『み~にゃたん』
 誰だよ。
Toyo_ne 2010-11-21 22:52:41

~scene10~に続く。
Toyo_ne 2010-11-21 22:53:09

和沙 @7yoduki
@ts_p 【HAJIME44】の表紙を描いてみました。http://t.co/SgM5DaM
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