王子が髪を切った理由・アナザーストーリー
『幸せだーーーーーーーーー!!!!』 という叫び声がして、美麗な男は目が覚めた。どうやら外にその声の主がいるらしい。あー、だの、おー、だの叫び声は続く。いつものうつ伏せの姿勢のまま目をぱちぱちさせて、男は体を起こした。古くて遮光性が低くなったカーテンを少しだけ開ける。
2013-11-25 12:08:27外にはたくさん干された洗濯物。王子と彼女の姿があった。王子は彼女を後ろから抱きしめて、二人して笑ってる。朝からなんともお熱いこと、と美麗な男は呆れた。それから、国王の馬鹿野郎!!執事の馬鹿野郎!!…と声が枯れるんじゃないかというくらいの罵詈雑言を叫び倒して、王子は肩で息をした。
2013-11-25 12:13:27王子が彼女の正面に向き直ったときに見えた表情は雲がなくなったように晴れ晴れとしていた。王子は笑うと頬にシワが寄るんだな、と美麗な男は窓辺に頬杖をつきながら気づく。王子はそのまま両手で彼女の頬を包んで、キスをした。朝から少女漫画見ちゃったな、二度寝しよ、とカーテンを閉じようとした。
2013-11-25 12:14:28そのとき、美麗な男の隣の部屋から、王子ーーーー!!!おはよーーーー!!!!とさっきの王子の叫びよりも何倍もでかい声が響いた。美麗な男は2人を哀れんだ。でも2人はおはよう、と金髪に返事をして笑う。なんていうか、人徳?があるのかね、とぼんやり美麗な男は思う。
2013-11-25 12:15:13その人徳だって執事や教育係によって厳しく育まれたものだろうし、剣術などの肉体的鍛錬もある。それは全て、いずれ国王になる者としてしなければならなかったもの。でもきっと、国王なんかになればそんなことなんてどうでもよくて、きっと遊んで過ごすことだってできる。
2013-11-25 12:15:44王子はそれを捨てた。人徳や肉体を鍛えることより何倍も辛い方の道にやって来た。金、権力やプライドなんかより大事な彼女のため、かぁ。盗賊の俺らにはそんなことできないな、と美麗な男は鏡を見て、髪型を整えてから部屋を出た。
2013-11-25 12:16:36手伝おうか?ー食器を片付ける彼女にそう声をかけたのは、小柄な男だった。6人で住み始めて数日、彼女に声をかけにくい空気は確かにあった。金髪と青年は持ち前の明るさでいままでのことを質問したりする姿をたまに見かけた。しかし美麗な男と小柄は必要最低限の話くらいしかしていなかった。
2013-11-30 23:14:57ありがとうございます、彼女は控え目に言う。盗賊たちがいまいち彼女にうまく話しかけられないのはこれだ。どうもあまり男が得意じゃないらしい。しかもここに来た時から男付きで、その王子が彼女にベタ惚れで近付く隙すら与えられなかった。その王子は今日金髪と青年と共に盗みの訓練をするらしい。
2013-11-30 23:21:10少し古みがかった食器を冷たい水で洗い流す。あの、今日の朝ごはんはどなたが作ってくれたんですか、と彼女は少し顔を小柄に向けて尋ねた。俺が適当に作ったよ、と昨日の晩の食器を片付けながら言う。寝坊するなんて珍しいね、何かあった?と尋ね返すと彼女は、食器を洗う手を止めて口をつぐんだ。
2013-11-30 23:27:14いや、真面目に答えなくていいから、と小柄な男は乾いたように笑いながら言う。王子と夜更かししてたんだよね?と。なんかこの人怖いなあ、と彼女は俯く。いや、まああの…えと…と彼女が次の言葉に困っていると、王子と出会ったきっかけはどういうのだったの?と小柄が尋ねた。
2013-11-30 23:31:31わたしは掃除婦で、彼は王子で…と全てを整理するように彼女は話を始めた。この人は言葉を選びたい人なんだな、と小柄は少しずつ紡がれる言葉を待つ。隣を伺うと食器を洗うほうの意識が薄れているようだ。わたしは、王様とか、王子とかを、恨んでました、ずっと昔の話ですけど、と、ゆっくり言った。
2013-11-30 23:42:12…わたしは昔、少し離れた国に暮らしていて、というのも…父が無実の罪で投獄されていたんです。それでわたしと母が父の無実を証明できて、父のそばで励ましてあげられるなら、そうしたかったのです。でも周りから、国からのバッシングは厳しくて、逃げるように二人で国を出ました。
2013-11-30 23:46:31わたし、なんだか逃げてばかりですね。それでほぼ亡命のような形でこの国に来て、王様はそのとき私達の事情を汲んで母を掃除婦として雇いました。わたしもなんとか学校に通えるくらいのお給料をいただいてなんとか生活していました。…ごめんなさい、話長いですよね?食器洗いはもう済んでいた。
2013-11-30 23:52:57じゃあ紅茶でも淹れよう、と小柄な男が提案する。紅茶の準備をしながら彼女が続ける。彼女の口ぶりはどこまでも優しく、おとぎ話を読んでいるかのようだった。…それから母は3年ほど、普通に働きました。ある日、急にこちらの警察が向こうの国の牢屋に住む父に逮捕状を出したのです。
2013-11-30 23:57:41その当時、国王の暗殺計画を水面下で練っていた秘密結社があり、彼らは一斉検挙されました。暗殺手段、凶器の入手、亡命ルートなどを綿密に計画し、あとは実行だけという段階だったそうです。亡命先は父のいる国とされていたそうです。父はその亡命ルートの計画の手助けをしたと、これもまた冤罪でした
2013-12-01 00:04:18その冤罪は、父を死刑にするために向こうの国王が仕組んだものでした。こちらの国王もそれが真実だとして、…父を死刑に、しました…母は、もちろん、そんな国王のもとで働けるわけもなくって、死にました、自分で。…小柄な男は嫌な話を聞いてしまった、と正直に思った。彼女は少しづつ言葉を続けた。
2013-12-01 00:12:46わたしもしんでしまえばよかった、と思いました、けど、何ででしょうかね、しねなかったです。悪いのは父だけと判断されてもし母が自殺していなければそのまま働くことを国王は許していました。なのでわたしが代わりに働いて自分で生活することになりました。当時は国王や王子、全ての人が怖かった。
2013-12-01 00:22:20それからは、なにも考えずにただ掃除だけしました。何か考えを起こしたら国王のお飲み物に洗剤を混ぜてたかもしれませんからね。そしてある日、彼がわたしに声をかけたんです。中庭の草取りをしてほしいって。でも外に出たら、草取りなんてしなくていいよ、僕の話相手になって、って笑ったんです。
2013-12-01 00:35:06僕はうんざりなんだ、籠の鳥みたいだよ、はじめからこんなところに閉じ込められて、こっそり買い物に行ったら怒られるしさ、って言うんです。贅沢なこと言いやがって、権力もお金もいっぱいあるのに!って思いました。愚痴かと思ったら、それはあくまで前置きでした。王子は頭がいいので…
2013-12-01 00:39:24国王様と僕は、君のこと全て知ってる。僕は、君はここにはいてはいけないと思うよ。お母さんのことや、お父さんのこと、嫌でも思い出すだろう?何かに縛りつけられるような感覚なのかもしれないけれど、君はここの籠の鳥になってはいけないよ。
2013-12-01 00:43:42あぁ、思い出したらなんか涙が出てきちゃいました、と彼女はくいっと紅茶を飲んだ。彼女は、朝ごはん作っていただいたから紅茶くらい、と淹れてくれた。王子が城から持ってきたものだという。…わたしは彼に対して、掃除しかできないからここに置かせていただけないでしょうか?と聞いたのです。
2013-12-01 00:48:01わかった、出るにしろ出ないにしろ、僕は君に協力する。……一つだけお願いしてもいいかな。もう、一人で閉じこもらないで。僕が協力する代わりに、君の心の中にある、籠の鍵を開けてくれないか?
2013-12-01 00:52:59気障といったらそれまでですけど、彼の言葉ってすごく不思議で、わたしの頭でぐるぐる響きっぱなしっていう、そんな感じがしました。それが、全ての終わりで、全ての始まりですね。彼女はそういうと、小柄な男の顔をまっすぐ見て、笑った。小柄な男は王子って性格まで王子なんだな、と紅茶をすすった。
2013-12-01 00:58:34はー、なんか全部言ったらなんかすっきりしました。だから何か言いたいことがあったらぜひ言ってください!と、彼女は言った。もう、彼女の心の中にある籠は姿かたちもなかった。えー?なんでも言っていいの?と小柄な男はニヒルな笑みを浮かべる。
2013-12-01 01:03:45