帰還兵島風SS【完結済み】

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「……」「……」そして沈黙が流れる。聞こえるのは周囲の生活音だけだ。部屋の中なのに吹雪の真っ只中にいるようだった。ひどく寒い。 「あ、あの……」沈黙に耐えきれず、私から声をかける。ヴェールヌイは肩をびくん、と震わせて「な、なんだい？」と答えた #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「し、しし…仕事って……な、何を？」人と話すのなんて久しぶりすぎて、声が震える。耳の奥がガンガンなっている。「あ、ああ……ロシア語のね……駅前教室の講師をしてるんだよ……」尤もアルバイトだけど、ね。と彼女は付け足した。 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

アルバイトだけど？ アルバイトだけどなんだ？ アルバイトだから恥ずかしいとでも？ だったらそれにすら就けない私は何なんだ？ 年金と自給自足で細々と生きている私は？ 人間ではないとでも言いたいのか？ ああ、そうだね。特技のある人間はいいよね。 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

私は何だっていうんだ。足が速い？ だから？ 今更マラソン選手にでもなれっていうのか？ ハッ、元艦娘が公式大会に出られるとでも？ ああ、こんなことなら私も外国で改造されれば良かったよ。そうしたらこんな「……かぜ？……まかぜ？……島風？！」 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「島風？！」我に返る。ヴェールヌイが心配そうに見つめていた。ステンレス製の缶は私の手の形にベッコリとへこんでいる。「大丈夫か？気分が、悪いのか？」「う、ううん……大丈夫。大丈夫だから」そうだ、私は何を考えているんだ。こんな優しい彼女に……。 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

彼女は優しい。他の第六艦隊の妹や姉にもさりげない気遣いの出来る娘だ。そんな彼女が嫌味や皮肉なんていうはずがない……。だから、だからこれはただの私の嫉妬、妬み、やっかみだ……。ああ、なんて、なんて私は浅ましいんだろう……仲間の成功すら祝えないなんて #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「し、仕事は……どう？」すると彼女は小さな溜め息を吐いた。「芳しくはない、ね」心の中の私が喜声をあげる。黙れ。黙れ。「所詮アルバイトだしね……本場の外国人講師には敵わない。給料は微々たるものだし、生活費に全て消える。いつまで持つか……」 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

給料？ あるだけマシじゃないか！ こっちはそんなもの貰ったことすらない、そもそも仕事がないんだ。誰も雇ってくれないんだ！ 履歴書に元艦娘の文字があるだけで面接すら受けられない！ アルバイト？ あるだけマシじゃないか！ 何を……こいつは何を…… #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

手の中の缶がまた歪む。い、いや彼女に他意はないんだ。彼女に悪意はないんだ。それに彼女は私の現状を知らない。だからこの怒りはお門違いなんだ。話を、話を変えなければ……「ほ、他の第六水雷戦隊の娘は？」「第六水雷戦隊……か……」すると彼女は俯いた #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

コトリ、と立て掛けてあった写真を手に取る。そこには第六水雷戦隊の面々が笑顔を浮かべていた。「電とは……たまに連絡をとっているよ。緊急救命士の資格を取るんだって頑張ってるみたいだ……中々受からないようだけどね」私達は元艦娘だから……そう呟いた。 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「雷は一般の男性と結婚したそうだよ、ただここ数年連絡がとれないな……」再び胸の中をドス黒い何かが覆っていく。結婚？ 結婚だと？ そんなこと他人と話すのさえ苦痛な私からすれば雲の上の出来事だ。考えもつかない。きっと幸せなんだろうな…………。 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「暁は……」そこで言葉が止まる。「？暁がどうかしたの？」「行方不明なんだ……。どこにいるか見当もつかない……捜してはいるんだが……」……なーんだ……。違う！ そうじゃない！ そうじゃないだろ私！ そこは「心配だね」と言うところだろ。私は今、何を……考えて…… #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

私はやおら立ち上がった。「ど、どうしたんだい？」「ごめん……帰るよ……いきなり邪魔してごめん……」駄目だ。ここにいたらこの黒い何かに侵食されてしまう。ここから、ここから離れないと……。ヴェールヌイは「そう……」と呟くと特に引き留めもしなかった。 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「そうだ……」玄関で立ち止まり聞いてみる。「他に居場所がわかる艦娘って知ってる？」一応、聞いてみる。「それから、あの人も……」するとヴェールヌイは「確か天龍さんはまだ軍にいるはずだよ……あの人は……ごめん、終戦からどこに行ったかすら……」 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

ありがと、と呟いて私はドアを開ける。終戦……そうか、彼女にとってあの闘いはもう、終わったことなのか。「また来てくれ……その、恥ずかしい話だが、私に会いに来るような人なんていないんだ。…寂しいんだ！……今日は嬉しかっ」「悪いけど……」私は振り返って呟く #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「もう二度と、会うことはないと思うよ……」自分が惨めになるだけだから…… 「さよなら」 「島ッ……」何かいいかけたのを聞かないように、私は扉を閉めた。 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

帰還兵島風第二部了

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

帰還兵島風第三部始まります

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

軍に近づくに連れて懐かしい匂いが強くなる。潮風の匂い。土と垢と汗の匂い。火薬の匂い。戦場の匂い。ああ……なんだろう。あのログハウスはいくら住んでも「帰ってきた」という感じがしなかったというのに……軍施設を見た時の、この、胸を締め付けるような感覚は。 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「だからね、お嬢ちゃん。ここは軍の施設で一般人は……」若い門番役の憲兵が困ったような顔をする。一般人……そうか、私、一般人なのか……。フフ、とんだ一般人だ。さてどうしたものかと悩んでいると門番より幾分か歳をとった海兵が騒ぎを聞き付けてやってきた #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「どうした？何をやっている？」「あ、曹長殿。いや、変な子供がですね……」「子供？」曹長と呼ばれた男はちらりとこちらを見た途端サッと顔色を変え門番を殴りつけた。「し、しし失礼いたしましたァ！！！」背筋をびしりと伸ばして私に敬礼する。 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「痛～っ……な、何をするでありますか？！」「馬鹿野郎！貴様、教本を読んだことがないのか！？こちらにいらっしゃる方は先の戦争で我々を護るため戦って下さった艦娘、駆逐艦島風さんだ！！！」 門番は目を二、三度ぱちくりさせ、そして一気に青ざめる。「し、しし失礼しましたァ！」 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

なんだかそんな風に褒められたことなど、あれからなかったから気恥ずかしくなってしまう。いつまでも敬礼したままの門番役と曹長に「も、もういいですから」と宥める。門番は五分程申し訳ありませんでした！と連呼していたが……。「そ、それで島風さん。今日はどのようなご用件で？」 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「実は天龍さんに会いに来まして」「天龍教官でありますか？」そうか。天龍さんは今、教官をしてるんだ……。確かになんだかんだブツクサ言いつつも、年下の面倒見は良かったもんなあ。「天龍教官なら今は新兵どもの指導中かと思われますが……」「どこにいます？」 #帰還兵島風

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「恐らく今はグラウンドの方で基礎体力の訓練かと……」「会ってきてもいいですか？」「勿論ですとも！あ、いや……しかし……」「？」何やら言い淀む曹長に首を傾げる。「ああ、いえ。なんでもありません。おい、俺が許可する。お通しして差し上げろ！」「は、はい！」 #帰還兵島風