クロニアクロス

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日本という国にスラム街が出来てから、50年程が経つ。何を以て此処を『スラム街』と定義するかは定かではないが、少なくとも戸籍すら持たないどうしようもない人間が都市部周辺の旧開発地区に集まり始めたのは、そのくらいの年代だ。そんな事、一般的な大人なら誰でも知っている。 #クロニアクロス

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切っ掛けは、些細な事件だった。旧名古屋市にあった研究所で、歴史に名前すら残って無いような学者が、偶然に『時空の連結』に成功した。これが発見されたのが、平和極まる当時の日本だったというのが尚悪い。軍事利用されるよりも早く、世界の『距離』は技術開発によって消滅した。 #クロニアクロス

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手始めに、運送業が壊滅した。あっという間に浸透した技術は『距離に付けられた値段』を一瞬で駆逐した。物価が崩壊する。土地の値段が均一化される。何億という人間が、二段飛ばしで革新した技術に振い落され職を失った。国が彼らを保護するには、そのシステムは余りに脆弱過ぎた。 #クロニアクロス

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人民の流出は赤子の手を捻るよりも簡単になった。難民という概念が無くなった。あるのは『国籍の無い人間』だけだ。戦国からの亡命者は留まる事を知らず、一番初めに、日本が『国民の管理』に匙を投げた。昨日まで空家だった隣家に言葉の通じない人間が住んでるなんて、ザラな話だ。 #クロニアクロス

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国という概念が崩壊するよりも早く、各国は臭いものに蓋をした。戸籍は役に立たない。資本を基準とする。即ち、『金を持ってない人間は死ぬ社会』の完成だ。発展し尽くした都市があるのは、この街の『外側』。向こう側じゃ金が世界の全てだ。金があれば地球の裏側だって一瞬で行ける。#クロニアクロス

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『この街』は四方を高層ビルに囲まれた鉄筋製の谷底にある。巧妙に建設された都市部からは、どんな馬鹿だってこんな所に迷いこ込めない。やってくるのは、産業廃棄物か行く宛の無い人間だけ。あとは野良犬や野良猫だ。日本に人を食う文化が無かった事だけは、俺は神に感謝している。 #クロニアクロス

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何故こんな事を俺が詳しく説明出来るかと言えば、俺は大人だからだ。大人は自分が住んでいる場所の歴史を知っているものだ。大人は仕事をするものだ。だから俺は、こんな掃溜めみたいな街の中で、事務所を構える。通称、『何でも屋』、『シルバーバレット』。大人は仕事を選ばない。#クロニアクロス

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「……だからよぉ、アージェ？　俺ぁ無い金叩いてお前に荒事を頼んだんだ。だってのに、『金は要らないから仕事もしない』は無ぇだろ？」「……相手は子供だった。俺は子供は殺さない」「大人は仕事を選ばないんじゃなかったのかよ」「大人は子供を守るもんだ」「出た！　これだよ！」#クロニアクロス

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真昼間から額を抑えて俺の事務所の天井を見上げた男は、うんざりだとばかりに片手を水平に広げる。ややあって俺の目の前のテーブルに片手を乗せて、頬骨の張った顔を近付ける。こう言う時、こいつは嫌に小さな声で俺に話し掛ける。「……なぁ、頼むよ。金なら倍まで出したっていい」 #クロニアクロス

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「……アラン」俺はゆっくりと煙草の煙を吐き出しながら、膝の上に乗せていた肘をテーブルの上に置く。大人は煙草を吸うものだ。俺は奴の名前を短く呼んでから言葉を続ける。「お前は賢い奴だ。お前の縄張りの『ゴミ山』に子供が集ったくらいで、困るような商売はしてないだろう？」 #クロニアクロス

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「……『集られてる』と思われたら、『ゴミ屋』の商売上がったりなんだよ」「大人が細かい事を気にするな」「大人はメンツに拘るんだよ」「女と子供以外なら殺してやる」「お前、影しか見てないんだろ？　背の小さいオッサンかもしれねぇだろうが」「もし子供だったら割に合わない」 #クロニアクロス

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顔を突き合わせたまま、アランは暫く俺の眼を睨みつけてきた。こういう時に先に眼を逸らしたり話を切りだしたりするのは損だ。「……解った。解ったよ。1.5倍出す。『捕まえて来い』。俺は子供を殺さない。話をする。それでどうだ？」「1.7」「1.6！」「決まりだ」「糞が！」#クロニアクロス

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†　ChroniaXrossclone　† #クロニアクロス

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この街じゃ、夜に出歩く人間は少ない。街灯なんて当然通っていないし、治安が維持されていない。スラム街の『外側』ならいざ知らず、夜に出歩く奴なんて、狂人か自殺志願者くらいなものだ。ある意味、需要と供給は成り立っている。殺したい奴と、殺されたい奴。俺は夜に仕事をする。 #クロニアクロス

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まともな人間は夜に出歩かないから、この街で、夜に『何が起きているか』知っている人間は少ない。この街じゃ、誰でも持ってる財産なんて、命くらいしかない。取引に使われる金だって、聳え立つビルの向こう側じゃ使えない。命は大事だ。俺は歪な円に切り取られた暗い空を見上げる。 #クロニアクロス

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足音を発てない。無駄口を叩かない。銃のセーフティは外しておく。これがスラム街で夜を歩く時のマナーだ。野良犬か何かの唸り声が聞こえた。空に吐き出した煙は、月を薄らと覆い隠してすぐに消えた。夜に出歩くような命知らずは直ぐに死ぬから、夜に『何が出るか』、誰も知らない。 #クロニアクロス

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堆く積み上げられた瓦礫。スクラップの山。通称『ゴミ山』。文字通り『外側』から捨てられた産業廃棄物の山。この街じゃ、こういう場所は畑や鉱山と同じくらいの価値がある。俺は煙草を揉み消すと、ゴミ山に吸殻を追加した。気配は、一つ。瓦礫の上に、じっとこっちを窺う瞳が、一対。#クロニアクロス

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アランには悪いが、『あれ』は子供じゃない。大人は嘘を吐くもんだ。もっとおぞましい何かだ。端的に言えば、もうあれは『人ではない』。世に広まった『時空の連結』技術は、表沙汰には出来ない弊害を一つ生みだした。「……『バグる』んだよな。こうやって」月明かりが、差し込む。 #クロニアクロス

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「……なぁ、お前、言葉は解るか？」歪な円に切り取られた空に照らし出されたのは、異形の姿だった。だらりと伸びた両腕。大きく裂けた顎。背丈は成人男性程度。『そいつ』は俺の声に首を向けると、虎鋏に内蔵を挟まれた犬のような唸り声を上げた。「……解らない、だろうな。当然」 #クロニアクロス

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瓦礫が、鳴る。次の瞬間には俺の眼前に異形の姿は無い。俺は銃を水平に振り上げる。猿と人間が正面衝突した拍子に腐って結合したような外見の化物は、俺を円で囲むような軌道で駆け出していた。ガチャガチャと瓦礫の山が崩れる音が、それを追う。『何が出るか』。答えは、『これ』だ。#クロニアクロス

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今日は『一匹だけだから』運が良い。余りに流通し過ぎた『時空の連結』技術は、たまに『バグる』。多分何千人に一人、居るか居ないか程度の確率で『行方不明者』が出る。凡そ全ての人間が『それ』を通る。そんなもの、誰も把握出来ないから、この街の『外側』だって誰も気づかない。 #クロニアクロス

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牙。爪。あの勢いで走り回れるだけの脚と腕の筋肉。俺は取り囲むように距離を詰めてくる化物に照準を合わせながら、奴の武器になりそうなものをざっと判断する。多分、来る。そう思った時には、俺は瓦礫の山を盾にするように飛び退いていた。がん、と。俺の後ろ側の鉄屑が、砕ける。 #クロニアクロス

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振り返る。銃口。トリガーを引く。空気の抜ける音。瓦礫を銃弾が削る音。火花が散った先には、奴は居ない。上。転げる。俺の今まで居た場所に、何かが落ちてきた。言うまでも無く『奴』だ。誰が呼び出したか、この、空間の連結を潜る際に『バグった』人間を、俺達は『不死者』と呼ぶ。#クロニアクロス

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立ち上がりながら、トリガーを引く。都合５発。『着弾(ヒット)』。肩、頭、瓦礫、心臓、瓦礫。都合３発。『不死者』は本来人間が『死ぬ為にある部分』が『バグって』繋がっている。人間なら死ぬ所に銃弾を受けても死なない。俺は数を数えながら体勢を整える。３、２、１、ここだ。 #クロニアクロス

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仰け反るように振り上げた俺の脚が、『不死者』の顎を捉える。タイミングを外すと死ぬので、大人はこれを子供の前でやらない方が良い。クソ重い。人間なら顎が砕けて吹き飛ぶような蹴りを喰らっても、目の前の『不死者』は小さく仰け反っただけだ。倒れる様な姿勢のまま、照準。今だ。#クロニアクロス