メカ提督と夕張「とある提督の追憶」

かつて響、ヴェールヌイと呼ばれた艦娘はおのれの過去を思う。 理不尽な命令、そして…敬愛する司令の裏切りを。
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灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

『提督は反逆者だ。見ろ、東京を…我々が守るべき最後のコロニーを、核で焼き払った狂人だ!』『嘘だ! あの人は、あの人は……』『響、これは第一艦隊の総意だ。彼を殺せ。駆逐艦隊の無罪を証明しろ』――それは、最後の人類が死に絶え、われわれの歴史が始まるまでの物語 #メカ提督と夕張

2014-02-09 10:58:57
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

『もうすぐ雪が降るな。今年は無理だが、いずれ、降誕祭を祝おう。なに、キリスト者じゃなくても楽しんで良いのがうちの流儀だ』『司令官、それは楽しいのかい』『間違いなく。本当なら、こんな戦いを終わらせられるのが一番いいんだが』 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:01:55
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

「提督が核兵器を使った。これはいい、そう思うことにする。状況的にも、放射性降下物の拡散、レーダー網の観測痕跡からいって彼が発射したと見て間違いない。だが、水爆だ……どこから入手したんだ?」現存する人類は、最早、彼一人だ。響は彼の思考をトレースし、殺害するのが任務 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:05:43
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

すべての大陸で繰り返された焦土戦術の影響で、エアロゾルに満ちた空は濁り続けている。時期は真夏というのに、蝉は鳴かず、白雪がちらちらと舞うばかり。そこに、彼はいた。白い海軍風の制服。仲間の命を切り捨て続けることに慣れきった顔。「待っていたよ、響」死神は少女の姿。 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:12:23
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

問いかけは静かなものだった。「司令官、答えてくれ。あなたが使った水爆は、どこから入手したものですか」青年の瞳はないだ海のように穏やかだった。数百万の命を奪った狂人とは思えないほどに。それが、死を目前に控えた聖職者のようだと思い立ち、響は慄然としていた。 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:16:01
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

「いい質問だな。逆に訪ねようか、現在、人間の滅びが確定したこの星で、海上輸送が行える船がどれだけある?」「艦娘が、核を運んだと? …嘘をつかないでください」東京を焼き尽くしたメギドの炎は、水爆だ。その引き金を引いたのは、最後の人類である提督。だが、闇は深い #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:19:57
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

「そも、核を運び込むことに意味はないさ。あの核弾頭は、アメリカでもロシアでも中国でもない国のもの――この大八洲で生まれたものだ」目眩がするような闇が、口を開けていた。泣きたくなる気持ちを抑え、叫んだ「鎮守府が作った核というのか、あなた!?」 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:23:36
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

「あとのことは、雪風に聞け。あいつは鎮守府の運営に関わっているが、他の利害で動いてる。真相だって教えてくれるだろう」まだ三〇半ばのはずの、男の顔には後悔も悲哀もなかった。同胞を焼き殺し、人類の終わりを確定させたというのに。しかも――狂ってはいなかった。 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:28:02
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

ちらちらと雪が舞っている。真夏の雪。人の営みが死に絶えた、がらんどうの廃墟の真ん中で、響は、やりきれない思いで叫ぶ。「無理だ! 司令官…わたしは、あなたのためなら戦える。戦艦や空母と差し違えるのだって怖くない!」姉妹のため上官を殺すと決めたはずだった。 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:32:13
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

凍えるような寒さが躰に押し寄せる。平均体温四八度、体重八〇kgの人外。少女の形をもしたインターフェースは、悲嘆を感じていた。彼女は、これから家族のような、恋人のような、父兄のような誰かを失う。「…どうしてだ、どうして、わたしたちを蚊帳の外に置いたんだ!」 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:36:38
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

「それが、私の願いだからだ」告白にも似た慟哭は、ただ一言で切って捨てられた「とっくの昔に、あの街は…人間は終わっていたんだよ、響。せめて人間から何かを受け継いでくれるなら、それは、子供のような姿のお前たち駆逐艦にしたかった。馬鹿な話だよな」 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:41:24
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

艦船としての記憶など、何の役にも立たなかった。彼女たちは所詮、役割を演じる人でも兵器でもない何かだから、孤独な絶望を背負う男へかける言葉が見つからない。今ここにあるものは。数百万の同胞を焼き殺した罪人と、少女の形をした処刑人だけ。 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:46:59
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

泣き叫ぶことは出来なかった。砲弾は跡形もなく青年を消し飛ばし、肉片と赤い血が、衣服の成れの果てを染め上げている。痛みはない。ちらちらと雪が降り積もる。もう彼と過ごす降誕祭はやってこない。代わりの人間もいない。この星で最後の霊長類は、残酷な死を迎えた。 #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:53:18
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

「……ラルっ! アドミラル!」目を開く。長い夢を見ていた。身を起こしたのは、抜けるように肌の白い銀髪碧眼の美女。容姿を見る限り、妙齢といって差し支えあるまい。眠たげな目尻が開かれると、息を呑むように美しかった。化粧いらずの反則的美貌だ #メカ提督と夕張

2014-02-09 11:57:06
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

「起きているよ、どうしたんだい?」「アドミラル、涙、ながしてた」たどたどしい言葉で喋る秘書を見やる。青白い肌に、煌々ときらめく双眸。頭部の被り物には顎と触手が生えた少女の形――深海棲艦だった。見慣れた景色に頬をほころばせ、アドミラルは笑った。「いつものことさ」 #メカ提督と夕張

2014-02-09 12:02:39
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

人類は滅んだ。鎮守府は人類守護という最大のアイデンティティを失ったものの、何事もなく運営を続けられている。かつて駆逐艦だったアドミラルのように、艦隊司令官へ転じたものも珍しくない。その成果の一つが、この敵性兵器運用実験部隊…深海棲艦の裏切り者を指揮する部隊だった #メカ提督と夕張

2014-02-09 12:08:05
灰鉄蝸(かいてっか) @Kaigoat

ヲ級に付き添われ、執務室を出る。すると機会のような人型に出会った――互いに会釈する。かつて響と呼ばれた彼女とは別の系統、人間の脳組織をライブラリに持つ人造提督だった。「アドミラル?」「なんでもない、いこうか」滅んだ種族を道具にまで貶める、同胞への嫌悪があった #メカ提督と夕張

2014-02-09 12:15:27