【第二部-参】誰かの帰りを待つ矢矧と大和 #見つめる時雨

矢矧×大和
8

矢矧視点

とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

3月。まだまだ肌寒い日が続くが、町の様相は春を帯び始めていた。この間行われた雛祭りも、それを後押ししたのだろう、イメージカラーはすっかり桜色だった。そういえば、雛祭りといえばひとつ解せないことがあった。何で雛壇の大和の隣が武蔵なのよ。私でもいいじゃない。ねぇ?

2014-03-12 22:15:24
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

部屋でコーヒーを飲みながら、図書室で借りてきた本を開く。表紙に『記憶障害』と書かれたその本を捲っていくと、あるページで目が止まった。「生活史健忘。自分に関する記憶の一部、或いは全てが思い出せない状態。一般的に記憶喪失と呼ばれる状態である。多くは心因性」。大和はこれだろうか。

2014-03-12 22:20:21
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「記憶は次第に戻ってくることが多い。治療には催眠療法などが行われ…」…催眠療法。5円玉を糸で吊るしたものが頭に浮かんだ。…いやいや、そういうんじゃないわよね…。えっと…記憶に関連あるものを見せ、記憶の回復を促す…か。…記憶に関連あるもの…私じゃダメだったのかな…。

2014-03-12 22:25:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

大和もあの戦争の結末について講義を受けたと思うけど、記憶が戻った様子はない。だって、今でも私を「矢矧さん」だなんて、他人行儀で話すんだもの。…今の大和にとって、私は他人も同然なのね…。私は…違うのに…。 「はぁ…」 思わず、溜息が出てきた…。

2014-03-12 22:30:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

話を聞くと、記憶が飛んでいる箇所は、天一号作戦の全てと、他にも部分的に失っている箇所があるみたい。…私と共に戦った記憶は、全てなくなっていた。私の名前さえも…。私は本を閉じた。そしてコーヒーに手を伸ばす。 「…?」 気づけばカップの中は空になっていた。

2014-03-12 22:35:20
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

ベッドに横になり、隣の空のベッドを見つめる。…大和は武蔵の部屋に行ってしまった。姉妹艦で部屋割りは組まれているから、しょうがないのだけど…。でも、もし大和がここに来れば、酒匂は武蔵と同室になってしまう。それはそれでよろしくない。…私、どんだけ武蔵のこと警戒してるのかしら

2014-03-12 22:40:24
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

その時、部屋をノックする音が聞こえてきた。…誰かしら。 「あの…こんな時間にすみません。大和です」 大和…!?私は本をベッドの下に隠し、扉へと向かう。そして扉を開けると、大和が手にサンドイッチが並んだお皿とポットを持って立っていた。 「矢矧さん、その…お茶でも如何ですか?」

2014-03-12 22:45:23
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

大和が持ってきたのはフルーツサンドだった。どうやら手作りらしい。お皿には、まるでお店みたいに綺麗にカットされたものが並んでいた。 「今、紅茶入れますね」 そう言って紙コップに紅茶を注ぎ始めた。湯気と、いい香りが部屋に満ちる。 「…どうしたの?突然…」

2014-03-12 22:50:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「あっ…すみません。もしかして矢矧さん、ダイエット中でしたか…?」 的を外した懸念に苦笑しそうになる。これでも鍛えてるつもりですし。阿賀野姉さんと違って。 「そうじゃなくて、どうして私とって思って」 「…私、矢矧さんともっとお話してみたいなって思って…いいですか?」

2014-03-12 22:55:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

大和が申し訳無さそうに、少し上目遣いで私を見てくる。…貴女にそんな顔されたら、誰だって断れないわよ。断るつもりなんて、初めからなかったけど。…むしろ嬉しい。 「…勿論。私が貴女を拒む理由なんてないわ」 「本当ですか!嬉しいです!」 大和が笑顔になる。私もつられて微笑んだ。

2014-03-12 23:01:09
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

大和が持ってきてくれたフルーツサンドに手を伸ばす。一口食べると、程よい甘さと、すっきりした酸味が口の中に広がった。 「…美味しい!」 「…良かったです。矢矧さんは甘いの苦手かもって思って、控え目にしてみたんですよ」 そうなんだ…。あれ、でも私、大和にそんなこと言ったっけ。

2014-03-12 23:05:21
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「矢矧さん、おやつの大福を阿賀野さんにあげてたじゃないですか。それで、そうなのかなって」 見られてたんだ…ちょっと恥ずかしいな…。でも、細かいところまで見てくれてたと思うと…あ、やっぱり恥ずかしい…。 「…矢矧さん、少し顔赤いですけど、大丈夫ですか?」

2014-03-12 23:10:25
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「え…!?あ…な、なんでもないわ!こ、紅茶も頂くわね!」 「あ、そんなに一気に飲んじゃ…」 「あつっ!!」 …紅茶をスカートにこぼしてしまった。ああ…私ったら何をして…。 「だ、大丈夫ですか!?すみません、これお借りします!」 大和が近くにあったタオルを手にとった。

2014-03-12 23:15:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

大和が私のスカートを拭き始めた。ちょっと…自分でやるってば…。 「あ…口も濡れてますよ」 そう言って私の口元を優しく拭ってくれた。…大和の顔が、すごい近い。…大和の方も、距離の近さに気づいたのか、急に顔が赤くなり、飛び退くように離れた。 「す、すみません!その…」

2014-03-12 23:20:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「あ…えっと…」 少し気まずい空気が流れる。…その空気を打破しようとしたのか、大和がお皿を両手で持ち、私の前に差し出した。 「あの!…もう一つ如何ですか…」 大和の顔は下を向いたまま。よく見たら耳まで真っ赤だ。 「…ふふ」 私はつい笑ってしまった。何だか可愛くて…

2014-03-12 23:25:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「や、矢矧さん…?」 大和が私が笑ったのを見て困惑する。私は思わず抱きしめたく衝動に駆られた。…でも、私はそれを必死に抑えた。きっと、ますます大和を困惑させてしまうから…。 「…うん、頂きます」 私はサンドイッチを一つ摘み、口に入れた。

2014-03-12 23:30:24
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

私が美味しいね、って言うと、大和に再び笑顔が戻った。…その後、私達は取り留めもない話題だったけれど、会話は弾んだ。その間、私は大和の笑顔や、サンドイッチを食べる綺麗な指や、唇に目を奪われていた。…世界一美しい艦、大和。彼女はやはり大和な んだと、改めて感じていた。

2014-03-12 23:36:19
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

…目の前にいる大和に、「矢矧」って呼んで欲しいなって、思った。敬語なんていらない。もっと気安くして欲しい。…気を許して欲しい。私達、一緒に戦ったじゃない。戦い抜いたじゃない…。私、貴女を守りきれなかったけれど、今度生まれ変わることができたら、絶対に、護り抜くって…。

2014-03-12 23:42:00
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

私、貴女のこと、好きで…また会うことが叶うのならば、この想いを受け取って欲しいって…そう思って…。でも、貴女は私の事を覚えていなかった。…私の想いはどうすればいいのだろう。こうして話している貴女は、紛れも無い大和。しかし、私の想いを受け取ってはくれないだろう。あの記憶がないから…

2014-03-12 23:49:16
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

今告白したとしても、それは一方的な押し付け。…大丈夫。大和の記憶は絶対に戻る。そう信じたい…。そして、戻った時は、その時は…。 「私、今日思い切って矢矧さんのとこに来て良かったです」 「どうして?」 「とても、楽しいです」 「…そう。私もよ、大和」 貴女に、想いを告げたい――

2014-03-12 23:54:33