リクエストTwitter小説「オルガの夢」

フォロワーであるスズメ虫さんから「野生少女とエリートの少年の話が読みたい」というツイートを受けて即興で書いた小説です。
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緒々乃レオナ @WriteForce

腰の剣に目を付けられた、それが僕とオルガの、今や語る事もない記憶の出会いだ。霧雨に煙る路地裏で、彼女の眼は僕の剣のガードに埋め込まれた宝石を見つけ、「それをよこせ」と脅してきた。錆びたナイフは、ボロ衣を纏う彼女によく似合っていると悠長にも思えた。 #オルガの夢

2014-05-16 20:27:11
緒々乃レオナ @WriteForce

刃傷沙汰は避けられぬかと思えた時、雨音ばかりが耳に響く路地裏でオルガの腹の虫が鳴いたのだから、僕はその一瞬だけは未だに思い出し笑いしてしまう。彼女が食うに困り、奪わねばならぬほどに貧しいのだと知った僕はオルガを留め、近くの露店で焼き肉のサンドを買った。 #オルガの夢

2014-05-16 20:35:20
緒々乃レオナ @WriteForce

喜んでくれると思った。でもオルガは僕にナイフを向けたまま、「お前、食べない。毒、死ぬ」と。単語を並べるだけのそれは異邦人かと思った。いや、ある意味、そうかもしれない。僕が食べて見せ、命ぜられるまま横の木箱に置いた。小汚い食卓から二メートル離れると、彼女は食べ始めた。 #オルガの夢

2014-05-16 20:44:08
緒々乃レオナ @WriteForce

右手のナイフをこちらに向けたまま、睨みながら、ぐちぐちと噛んでいた。汚いったらないが、「あ、骨は」と言いかけると、オルガはぶっ!と吐いた。そうして食べ終わるまで、何故だか僕はそこにいた。濡れたボサボサの茶髪から覗く黒い瞳に惹かれた、と言えば綺麗だが、たぶん好奇心だ。#オルガの夢

2014-05-16 20:54:22
緒々乃レオナ @WriteForce

好奇心、猫を殺す。それって何の本で読んだっけ。僕は食うに困った事なんて無いし、家庭教師に「お前は頭が良いが、それゆえにバカだ」と言われる事の方が困っている。でもその解に僕は出会ってしまったんだ。オルガは脂ぎった唇を拭い、「お前、食べ物くれた。来い」と歩き出した。#オルガの夢

2014-05-16 21:02:36
緒々乃レオナ @WriteForce

えらい事になった。そう思いながら付いていった僕は、バカだ。この霧雨では無能な傘を差し出し、「いらない」と言われて辿り着いたのが、三年ほど前に老朽化を理由に捨て置かれた教会だった。中の神像はすでに移されている。以前、僕は親戚の葬儀で来た事があった。#オルガの夢

2014-05-16 21:14:08
緒々乃レオナ @WriteForce

教会に入ると、オルガはボロ布を僕の前ではだけ、急にしおらしい顔つきになって猫なで声で「花一輪いりませんか?」と、それまでのカタコトが演技だったのかと思うほど流ちょうに言った。逆だ、と思い至るまで早かったのは僕の知識による。「濁世の真実」という本の内容のまんまだった。#オルガの夢

2014-05-16 21:24:22
緒々乃レオナ @WriteForce

この時の僕は冴えていた。いつもの倍は考えていて、それが良かった。オルガのややキツい体臭に混じる色香を物ともせず、「変だ。娼婦で稼げるなら、要らないはずだ」と剣を見せた。オルガは顔を真っ赤にして、「お前、わたしを喰わせた。白い家の奴に、わたしを教える。だから」 #オルガの夢

2014-05-16 21:33:52
緒々乃レオナ @WriteForce

オルガは「お前、わたしを抱くから、お前、わたしを白い家に教えない。これ、トリヒキだ」と言った。ははあ、と僕は分かった。身の上も知らせない男から食べ物をもらったら不都合な相手を連想する。白い家……きっと孤児院だ。僕が身の上を明かすと、しかしオルガは「嘘だ!」とわめいた。#オルガの夢

2014-05-16 21:42:48
緒々乃レオナ @WriteForce

嘘だと繰り返す彼女に「本当だ!」と身分証を見せた。どんな学の無い奴でも、この国の旗が描かれた身分証の真贋は一発で分かる。そうしたらオルガは大人しくなって、天井際のステンドグラスを見上げて言った。「これは夢か?」と。極彩色の女神は答えなかったが。#オルガの夢

2014-05-16 21:56:17
緒々乃レオナ @WriteForce

それから僕とオルガは友達になった。僕は名目上、家族には社会勉強の為の外出と言った。オルガは地頭は良いらしく、話すほどに言葉が滑らかになった。オルガは普段、物乞いとパン屋巡りで食いつなぐ日々らしい。教会の裏手には井戸があるから水には不自由しない。#オルガの夢

2014-05-16 22:15:39
緒々乃レオナ @WriteForce

僕は下手な援助はしなかったが、孤児院がダメなら教会で学び、二年か三年か、どこか富裕層の、あるいは僕の家政婦でもやらないかと勧めた。すると彼女は恐い顔で「黙れ」と言った。それでもゴミ捨て場から古着を拾い、せっせと洗って着るようになるんだから希望はあると思ったんだ。#オルガの夢

2014-05-16 22:26:49
緒々乃レオナ @WriteForce

でも僕も野良生活の実情を知る内に、自分の掲げる希望の不自然さが見えてきた。僕には姉がいて、これが飽きっぽく、石けんを使い切った試しが無いからいくつかオルガにやったら目を輝かせ、「もったいなくて使えない」と言い出した。オルガの幸せって、夢って何だろう。僕は尋ねた。#オルガの夢

2014-05-16 22:37:50
緒々乃レオナ @WriteForce

「あたしはね、お前とこうして話してるだけで楽しいんだ。で、楽しむだけ楽しんで、時期が来たら死ぬの」衝撃だった。言葉が無かった。そんな捨て鉢な人生観、どの本も教えてくれなかった。でも成すべき事も無いなら義務や規則に縛られず、ただ今を楽しむ。僕は笑うしかなかったのだ。#オルガの夢

2014-05-16 22:48:05
緒々乃レオナ @WriteForce

「オルガ、人生は道楽なのか」「知らない」僕は少しクラクラしてきた。彼女の体臭には慣れていたから、あまりに違う価値観に頭が追いつかないんだと思う。これ以降、僕はオルガに会う回数を減らしていった。それでも会えば変わらず、「よう」と言ってくれた。それが嫌になった。#オルガの夢

2014-05-16 22:56:34
緒々乃レオナ @WriteForce

オルガに対する好意か興味か、それが上澄みみたいに薄くなって彼女といる時間が無駄に思えて、僕は自分でも驚くほど冷酷に無言のままに彼女と関わるのをやめた。部屋の窓の向こうがすっかり銀世界になった日、僕は我に返ったか取り憑かれたか、オルガの住む教会へ向かった。#オルガの夢

2014-05-16 23:02:53
緒々乃レオナ @WriteForce

教会にはいくつも長椅子があって、オルガはそれをベッドにしている。もうここに来るまでにこの光景を覚悟していたんだ。オルガはもうとっくに凍死していた。その死を悔やむ涙が出るまでややあったが、僕は大声で泣き、オルガを罵った。「バカタレ」は彼女の言葉だ。楽しめたか。夢見たか。#オルガの夢

2014-05-16 23:13:03
緒々乃レオナ @WriteForce

もはやオルガのすべては推測するしか無いが、少なくとも死に顔は笑ってるように見えた。僕は彼女の亡骸を教会の裏手に埋め、自分なりに祈った。それでも、なんて呆気ない。僕は教会に戻り、ステンドグラスの女神を見つめた。「これは現か?」と。これが本なら破り捨てたい。<END> #オルガの夢

2014-05-16 23:24:40