緋色の珈琲#1

旅人のイスルは、緋色の珈琲という不思議な飲み物を探してはるばる旅をしてきました。しかし見つけた店は少し変わっていて……。小説アカウント @decay_world で公開したファンタジー小説です。この話は#4まで続きます
減衰世界
rikumo 729view 1コメント
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  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 17:27:19
     灰土地域の東方辺境に存在する古代都市ミス市。ここはかつての科学文明のもと栄えた都市であったが、文明の崩壊と共に衰退し今では過去の栄光を思わせる雄大な旧市街地を抱える寂れた遺産都市となっていた。街のほとんどを占める旧市街地には、巨大な四角い塔が乱立している。 1
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 17:31:56
     いまや旧市街地に人影は無く完全に放棄されていた。たまに物好きな観光客が近くに寄るだけで、住むものは無法者か魔法使いくらいだ。遺産の知識は完全に断絶し、栄光も遠く過去になった今、街を支えるのは紅茶の栽培だ。気候も暖かく、茶の木は郊外の畑で元気に育っていた。 2
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 17:35:52
     ミス市は紅茶の消費地としても有名だが、それ以上に安く品質の安定した茶葉を量産していることでも有名だ。観光ガイドブックには様々な紅茶の銘柄や味の違い、香りの格付けなどが書かれているのがこの街の常だ。遥か北西の果てにある帝都にまでミスの茶は輸出されている。 3
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 17:40:39
     イスルはこの街に興味があってはるばる遠方からやってきた観光客だ。ある日、帝都の古本屋で買った一冊のガイドブック。カバーがよれよれでページは所々しみがついている。そのガイドブックの中でミス市の知られざる名物の存在を見つけたのだ。ただし、紅茶ではない。 4
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 17:45:20
     このミス市の旧市街地に、素晴らしい珈琲を出す店があるという。ミス市は紅茶で有名で珈琲がうまいなんて聞いたこともない。しかし、確かにそのガイドブックには名物の珈琲が書いてあった。しかもただの珈琲ではない。緋色の珈琲だというのだ。珈琲は普通黒だ。砂糖やクリームを入れたりする。 5
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 17:55:26
     緋色の珈琲は、その名の通り真っ赤な珈琲で苦みがまろやかで信じられないほど甘いという。砂糖もクリームも入れずにだ。そんなものこの灰土地域では聞いたこともなかった。イスルはこの緋色の珈琲に惹かれた。どんな珈琲なんだろう。一度飲んでみなければ気が済まない。 6
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 17:59:10
     ガイドブックを片手にイスルは旧市街地を歩く。元は高級住宅街だったであろう、大きな建物を横目に道を進む。コンクリートやセラミックでできた建物は帝都を思わせた。遠くには灰色の墓標のような高層建築が見える。倒壊するほど脆くは無いが、誰も住んでいない虚無の楼閣だ。 7
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 18:01:53
     イスルは好奇心旺盛な若者であった。旧市街地は無法者や魔法使いがたむろしており、非常に危険だ。だが、彼はそれに恐れることなく堂々と街を歩く。護身用に戦闘訓練を積んでおり、いままで危険な観光に何度も挑んでは素晴らしい物をその目に焼きつけてきたのだ。 8
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 18:07:30
     しかしイスルは大丈夫でも店の方はどうだか分からない。無事営業しているのだろうか。そもそも何故旧市街地に店を構えているのだろうか。繁華街に店を出せばもっと客が来るだろう。ひょっとしたらかなりこだわりのある店主なのかもしれない。うまい店とはそういうものだ。 9
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 18:16:03
     ミス市は紅茶の街だ。そんな街で普通に珈琲を掲げて店をやっても儲からない。だからこそ、知る人ぞ知る店という感じで隠れ家的に商売することで、好事家を集めようとする戦略なのかもしれない。 10
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-19 18:19:14
     そう色々考え事をしているうちに、地図に書いてあった店の場所へと辿りついた。しかしそこで見たのは、残念な光景だった。 11
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-20 17:17:47
     旧市街地にあるはずのその店は影も形もなかった。ガイドブックにある写真は、煉瓦造りの古びた建物だ。商店街の中にあるひっそりとした喫茶店のはずである。だが、そのシャッターが閉まった商店街の目的の場所には派手なネオンサインの光る別な店が立っているのだ。 12
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-20 17:21:09
     緑や青のネオンがチカチカと点滅し店の名前――『月面跳梁』の文字を示している。ガイドブックに記されている名とは違う。やはり違う店だ。セラミックプレートの近代的な造りで店のチラシが壁一面にべたべたと貼ってある。 13
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-20 17:24:33
     窓は大きく中の様子がよく見えた。眩しいくらいに照明をつけて、清潔なイメージを保っている。客はいないようだ。イスルはもしかしたら同じメニューがあるかもしれないと店の中に入ってみることにした。そもそも他に開いている店は見当たらなかった。 14
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-20 17:28:11
     店の扉を開くと、透明な鈴の音が鳴った。「いらっしゃいませー♪」 よく通る可愛い声が出迎えてくれた。ウェイトレスさんだろうか。イスルはその声を聞くだけでこの店に入ってよかったと思った。 15
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-20 17:36:05
     その娘はコック服と白い帽子を被った菓子職人の姿をしてカウンターの向こうに立っていた。どうやら店員は彼女一人らしい。店の中は清潔で電気の照明がまばゆく店内を照らしている。机は白く輝き椅子はクッションが赤くかわいらしい雰囲気だ。 16
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-20 17:40:39
    「あの……すみません、この店をご存知ですか?」 メニューを聞く前にガイドブックを確かめることにした。確かにこの場所のはずだ。ガイドブックを見た娘は笑って快く答えてくれた。「ああ、この店は昔の店ですね。大分古いガイドブックをお持ちですね」 17
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-20 17:46:27
    「いまは店の名前も変わって新装開店しているのですよ。もちろん伝統のメニュー、そのままの味を継承しています! 申し遅れました、わたし、店長のレミウェと申します。こう見えてもしっかり店を切り盛りしているので安心してくださいませ」 18
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-20 17:52:30
     聞くところによると、昔の店のオーナーがいまの店長、レミウェに店を引き継いだらしい。その際、せっかくなので店をリニューアルし、大幅な改装を行ったというのだ。それにしては雰囲気が変わりすぎだとイスルは思った。 19
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-20 17:58:45
     ともかく、この店はガイドブックに載っていた店とほぼ同じであるとわかりイスルは安心した。「そう、それなら安心だ。レミウェさん、この店で緋色の珈琲が飲めるって聞いたんだけど、いまあるかな?」 20
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-20 18:05:33
     それを聞いたレミウェは、三日月のように口角を上げてミステリアスに微笑んだのだった。 21
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-21 17:02:19
    「緋色の珈琲! もちろんございますよ。緋色の珈琲はこの店の看板メニューですから。ご注文なさいますか?」 それを聞いてイスルは心底嬉しがった。あの珈琲がとうとう飲めるのだ! 22
  • 減衰世界 @decay_world 2014-05-21 17:08:52
     ただ、レミウェはその後に気になることを言った。「ただ、すみません。用意するのに、かなりのお時間がかかってしまうのです。それでもよろしいですか?」 時間? 時間とは一体? 23

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