【例の提督が鎮守府に着任しました】 #1

例のアレ。
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里村邦彦 @SaTMRa

妖精と怪物の戦争だと、口さがないものはいう。人類は、妖精の駒になっているのだと。艦娘「技術」のーーそれを技術と呼ぶことすら烏滸がましいと、人類的なプライドの高い彼らは言うのだがーー中枢を妖精たちに抑えられており、それが今を以てブラックボックスであるからには、それもやむをえない事か

2014-05-25 19:16:53
里村邦彦 @SaTMRa

もしれない。ただ、戦争の必然性については、誰もが認めるところである。座して待つままなら、人類は死ぬ。海からくるもの、無尽蔵とも思える深海棲艦の群れに蹂躙されるに任せれば、結果は火を見るよりも明らかだ。圧倒的な物量。それを思えば、怪物のパートナーとなった、あるいは駒となったモノたち

2014-05-25 19:19:49
里村邦彦 @SaTMRa

が、生産者として随分と優秀なのだ。妖精と怪物の戦争、しかり。妖精が人を選んだように、怪物、姿すらしれない怪物もまた、戦うための手足を得ていたのである。金属を採掘し、艤装を精製し、生体パーツを構成するものたちを。まさに人類のようにだ。艦娘のようにだ。彼らはよく働き、そして、人類への

2014-05-25 19:22:59
里村邦彦 @SaTMRa

旺盛な敵意を持っていた。対話により得られた事実である。対話。そうだ。彼らは知性を持っていた、少なくとも、知性を持つものが含まれてはいたのだ。Deep-Ones、定訳は深人。人と呼ぶことに、ones(もの)の呼称を掲げた国から抗議はあったものの、結論を見るより先に、平和の海は怪物の

2014-05-25 19:26:28
里村邦彦 @SaTMRa

艦隊により封鎖された。以降、その種類の長閑な交渉は行われていない。空気を読んで貰えたのだ。国土の広さと比較して、異様なほど多くの妖精が「沸いた」国を警戒してのことだったのかもしれない。いずれにせよ戦争は始まり、だいぶんの時間が、流れ去った。

2014-05-25 19:29:29
里村邦彦 @SaTMRa

南洋、マイクロネシアの西に大環礁と、その内に抱かれたトラック諸島がある。凪の海と十分な水深に恵まれ、すなわち泊地建設のために誂えたような環境を備えたこのサンゴの楽園は、対深海戦争における南方攻略作戦の発動に向け、帝国海軍による急ピッチの要塞化が進められていた。トラック泊地である。

2014-05-29 19:07:03
里村邦彦 @SaTMRa

春島の岸辺を見渡せば、金属とコンクリートの軍施設どころか、木造の掘っ立て小屋、あまつさえ着底した老朽輸送艦に、桟橋やはしけが括りつけられ、南国風の屋根が取り付けられたような曰く言い難い建造物までもが、ところ狭しと立ち並んでいた。いうなれば、軍施設らしからぬ活気に満ちた港であった。

2014-05-29 19:11:08
里村邦彦 @SaTMRa

行き交う人の中には、南国の暑さに負けて軍服を着崩した学兵提督や、それをどやしつけんと背後から迫る熟練の提督、海兵、日に焼けた肌を晒し独特の衣装や化粧を施し遠慮無く闊歩する現地住民、華僑などといったもろもろの姿に混じって、どこか似た雰囲気の少女たちが、たしかにいた。艤装を身につける

2014-05-29 19:14:08
里村邦彦 @SaTMRa

もの、重い砲塔や魚雷は身につけずにやはり着崩した制服(のような艤装の一部)を羽織っては熟練提督にどやしつけられているもの、熟練提督に冷たいアイスキャンデーを買い与えられているもの、学兵提督とふたりで昼日中から歩き回っているもの、様子は様々だが、少女たちだ。彼女らこそが、この戦争の

2014-05-29 19:15:39
里村邦彦 @SaTMRa

主役。艦娘だ。かつてあった兵器の名を帯びて、たたかうための艤装を帯びて、深海種との戦争において矢面に立つものたち。深海棲艦と、現実的な勝ち負けを争えるほぼ唯一の兵科だ。艤装の表記から所属鎮守府をみれば、遠く帝国本土の所属であるものも数多い。南方作戦発動に向け、まさにこの泊地に集う

2014-05-29 19:20:09
里村邦彦 @SaTMRa

決戦戦力というわけだ。南西諸島戦線を闘いぬいた本土艦隊は、どのような経緯であろうとも精強であり、剽悍ですらある。翻ってトラック泊地そのものに所属する艦隊は、いまだ新兵を中心とし、強力な打撃戦力などを欠いていた。有力艦隊にほぼ欠かさず配備される艦娘「赤城」の姿すらも、今はまばらだ。

2014-05-29 19:24:29
里村邦彦 @SaTMRa

さて。春島から夏島の方向に向け、南北に巨大な桟橋が伸びている。妖精技術の助けもあり非常識なまでに巨大となった桟橋には、いかにも無国籍なボートハウス的司令部が多数立ち並んで=停泊していた。艦娘という戦力が、敷地面積をあまり要しないがために可能な、無茶苦茶な運用である。桟橋長屋の夏島

2014-05-29 19:27:28
里村邦彦 @SaTMRa

側の橋、青々と茂る椰子の葉に飾られたボートハウス司令部の甲板で、ちょっとした騒ぎが起きていた。「離しなさい。二度は言わないわ」「えー。離したら大井サン行っちゃうじゃないですか」緑の制服の軽巡娘が、二つくくりに赤髪に、セーラーの駆逐艦娘から、グラップルを受けているのであった。

2014-05-29 19:34:21
里村邦彦 @SaTMRa

「だいたいあなた、ええと」「漣です。こう書いて漣、と読みます」「そうじゃないわ。あなた正気なの」「マジキチって漣がですかあ」大井は苛々とした様子で頭を振った。「当たり前でしょう。あんな……」「だって大井さん。辞令見て来たんじゃないですか」漣が見上げる。大井の目に、暗い帳が落ちる。

2014-05-29 19:36:37
里村邦彦 @SaTMRa

「何かの間違いよ」「間違いじゃないですよ。ご主人様は――」「ご主人様!?あれが、あなた」軽巡娘、大井は息を吸い込んだ。ゆっくりと吐く。駆逐艦「漣」の一般的メンタリティだ。確かそう、少し奇矯だが粘り腰は強い。「あれがなんだか、漣さん、わかっているの」「えー。どういう意味かkwsk」

2014-05-29 19:40:17
里村邦彦 @SaTMRa

「詳しくも何も、一目瞭然でしょう! あれは」「あ、ご主人様ー! 新入り捕まえときましたよー!」大井の目にまた一際暗い帳が落ちる。視界の隅に椰子の木より暗くしなやかな緑色を認めたからだ。「おう。苦労させるな、漣。いや、俺がやってもいいが、どうも手荒になっちまうから……そう睨むなよ」

2014-05-29 19:42:05
里村邦彦 @SaTMRa

「ご自分の身体をよくよく鏡で見てから出なおしたら如何ですか……提督」嫌気をたっぷりと込めて吐出された提督、の呼び名に、そう呼ばれた相手は、帽子を目深にかぶり直した。「まあ、このご面相だ。だが五族協和と自由平等が国是じゃなかったか、最近のこの国は?」一つきりの目をぎょろりと動かす。

2014-05-29 19:44:51
里村邦彦 @SaTMRa

「そうですよ。ご主人様マジいい人ですよ。漣、トラック泊地が始まってからの付き合いですけど」「人ですらないでしょう!」「まあそうだな」ぎょろり、ぎょろりと一つ目の、緑の細くて長い無数の手、行ってしまえば触手で軟体。まさにそうだ。大井が睨みつける相手は人間ではなかった。

2014-05-29 19:47:15
里村邦彦 @SaTMRa

「だが残念だが、俺はお前さんの上官になる、大井。言いたいことはわからんでもないが、まずは執務室まで来いよ。な?」斯様な常識はずれの生き物は他にない。深人。深海棲艦の駒、人類の敵。それがなぜ最前線でのうのうと。しかも提督を。大井は天を仰いだ。それから、ひとしきり内心で運命を呪った。

2014-05-29 19:48:45
里村邦彦 @SaTMRa

コンテナの中に畳敷き、書類の入ったダンボールを積み上げただけの簡素な執務室で、床に置いた盆から直接湯のみをとり(どこから飲んでいるのかと大井は訝しんだ)、俺はテストケースなのだ、と、提督は言った。「テストケース?」「そうだ。つまり、亡命者が実際に使えるかどうかの算段さ」亡命者。

2014-05-29 22:09:49
里村邦彦 @SaTMRa

「まあ飲めよ」「話を誤魔化さないでください」「ごまかす気はない」音もなく茶をすすり提督は大井を見た。「一蓮托生だからな。俺たちは」ひどく嫌な予感がした、と、のちに大井は述懐する。絶対に、自分のためにならない話だと直感したと。逃げ場がないことも悟ったと。「深人も、一枚岩じゃあない」

2014-05-29 22:12:24
里村邦彦 @SaTMRa

提督は帽子をくるくると、触手の先で弄んだ。「それどころか、なんで戦争をしているのか、よくわかっていないやつが大半さ。深い……ああ、偉いさんだが、そいつらはずいぶん熱心にやっているし、融合して"なった"やつらもまるで悩んでないようだがな」「なった?」「深海棲艦にだ。まあそれはいい」

2014-05-29 22:15:18
里村邦彦 @SaTMRa

「ともかく、俺は幸いコトバも喋れたから、建造中の泊地に亡命を希望してな」大井は一気にぬるい麦茶を飲み干す。「提督。あなた馬鹿ですか」「非武装だぜ。この通り顔立ちも愛らしい」「与太話はいりません」「傷つくな。まあ、俺は手土産の情報も持っていなかった」「……よく受け入れられましたね」

2014-05-29 22:19:48
里村邦彦 @SaTMRa

「ああ。俺そのものが貴重品だからな。つまり、亡命した深人が、艤装の運用にどんな効果を及ぼすか」提督の一つ目が、大井の魚雷管を這うように見た。「……撃ちますよ」「勘弁してくれ。艤装に深人の一部が使われてるのは、知ってるか」「……ええ」それは公然の秘密だ。妖精の窯にくべる最後の材料。

2014-05-29 22:21:56
里村邦彦 @SaTMRa

「そこに、どんな影響を及ぼすか。効率が上がるか下がるか、それを知りたいらしい。だから戦場までついていくぞ。安心だな大井」「……二点。質問させてください」「なんだ」大井は一つ目を見た。「一蓮托生とはどういう意味ですか」「提督が実験体なんだぞ。お前らだってそうだ」大井の目に暗い帳。

2014-05-29 22:23:23