アンダー・ザ・ブラック・サン #1

日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

エーリアスは、元来、彼女ではない。この痩せた茨眉の女では。エーリアスを見るアンバサダーの表情は複雑である。彼はエーリアスとなる以前の彼女を知っているからだ。かつて彼女の名はイグナイトであった。そこへ、止むに止まれぬ事情によって、別の自我が入り込んだ。互いに望まぬ同居だ。 25

2014-06-06 15:29:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼女の中で、時折かつての自我が蘇り、ごく短時間のあいだ、表にあらわれる。今のところはまだ、そうして保たれている。だが、それがいつまで続くだろう。いずれ彼女本来の自我はエーリアスに溶けてしまうのではないか。他者のニューロンを侵略し、自我を破壊し、肉体を奪取するニンジャの中に。 26

2014-06-06 15:38:04
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

エーリアス自身、そんな結末は絶対に避けたかった。彼には彼の肉体があり、彼女には彼女の肉体がある。もとのありようを取り戻さねばならない。その鍵がこの旅の果てに在るのではないか。雲を掴むような話かも知れないが、確信めいた手応えもある。エーリアスは窓の向こう、キョート方角を見る。27

2014-06-06 15:43:30
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼らが後にしてきたキョートの上空には、今も変わらず、黒い渦が在り続ける。誰もそれを気に留めはしない。エーリアス以外の誰一人として。エーリアスだけが、その黒い渦を……禍々しいネガティヴ・サンを一個の対象として捉えている。だが、それ以上考えようとすると、思考は乱れ、滑ってしまう。28

2014-06-06 15:47:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ユカノはフジキドとの旅から帰ると、キョート港から国外へ出、世界を放浪した。彼女は様々なものを見聞きし、様々な遺跡を訪れた。旅の中で彼女の懸念は徐々にはっきりした形をとっていった。だが、フジキドにそれを伝えるには、まだ早い。漠然としすぎている。今の彼には、今のイクサがある……。29

2014-06-06 15:53:07
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「おう見ろよ」「おう!おう!おう!」彼らのふとした物思いを破ったのは、屈強な二人連れのトレーラー・ドライバーの入店であった。「さっきは楽しいことしてくれやがったじゃねえか、オイ!」「飯なんか食ってやがる!」「ヒヒッ、仲良くダブル・デート重点してやがる!」「うらなり野郎!」30

2014-06-06 15:57:33
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ナムサン!先程、一行のビークルにシュリンプ・ソーダ缶を投げつけ挑発したドライバーではないか!またこうして居合わせてしまうとは!「スッゾオラー!」「ソマシャッテコラー!」屈強な肉体、まくり上げたTシャツ、肩に「生意気にも悪魔」の漢字タトゥー、拳には盛んな拳闘経験を示すタコ!31

2014-06-06 16:04:42
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエ!」近いテーブルの旅行者が恐れた。ドライバーは彼の頭をむんずと掴み、皿のソバに叩きつけた。「アイエエエ!」「ヒューッ!」「奴らジングモ兄弟だ!しょうがねえ奴らだぜ!」「やってやがる!」他のテーブルの同業者が囃し立てた。兄弟は一同を睨んだ。「立てや、ボーイフレンズ」32

2014-06-06 16:09:20
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ンだとォ……」エーリアスが応じて立ち上がろうとするのを、ユカノは留めた。かぶりを振って、ウインクしてみせた。エーリアスはユカノとジングモ兄弟を、それから双子を見た。エーリアスはユカノに複雑な表情で頷き返した。そして隣に座るディプロマットの腕を揺さぶった。「コワイ」33

2014-06-06 16:13:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「何を……これはどういう」「男を見せてください」ユカノはサングラスを外し、請い願うように双子を見た。「助けて」双子は互いを見合った。アンバサダーが今回も早かった。彼がまず椅子を蹴って立ち上がった。「やるのか、うらなり野郎?」ジングモ兄弟の一人が凄んだ。「俺はカラテ12段……」34

2014-06-06 16:21:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

30分後!一同は再び走行するビークルの中にいた。「やめちまえやめちまえやめちまえ……」テープが一巡し、再び同じコーラス部分が戻ってきた。「県境を越えた」助手席のエーリアスが運転席のユカノに言った。アンバサダーとディプロマットは後部座席の端と端に離れて座り、窓の外を睨んでいた。35

2014-06-06 16:28:08
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

周囲には徐々に岩と緑が増え始めた。ビークルは自然の中へ……岡山県の領域へ入っていった。「本当だ!いたぞ」エーリアスがガラスにかじりついた。「さっきのバイオミーアキャットだ」「おそらく違う動物でしょうね」ユカノは微笑んだ。「多分、栗鼠の類です」「とにかく動物だよ。すげえな」 36

2014-06-06 22:50:34
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ガイオン市街には神聖な動物として鹿が離されている。牛車の文化もある。だが、自然の中の動物となると、やはり物珍しいのだ。「ちょっと岡山まで入ればゴロゴロ動物がいるもんだな」「ラマもいますよ」とユカノ。「車で到達できるのは町までです。そこからは動物の助けが要ります」 37

2014-06-06 22:57:12
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「俺、乗ったこと無いぜ。あたりまえだけど」エーリアスが言った。「アンタらも無いよな?」後部座席の双子を見る。「無いさ」とディプロマット。「私に任せて下さい」ユカノが言った。「我々はいわばドラゴン・ドージョーの領域に向かっています。私は慣れています。記憶は断片的ですが」 38

2014-06-06 23:04:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

アンバサダーは目を閉じている。エーリアスは嘆息した。先程のドライブインでの乱闘だ。要は、アンバサダーがちと張り切りすぎて、ディプロマットの不興を買ったかたちである。ふざけてけしかけたのはユカノとエーリアスだが、それで兄弟が険悪になるとは、困惑だ。重傷者も無く済んだ。 39

2014-06-06 23:14:45
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ユカノに目配せすると、彼女は無言で小さくかぶりを振り、運転に集中した。エーリアスは地図に目を戻した。あの双子には歳よりずっと思慮深いところ、歳より思いがけず幼いところが同居しているな、とエーリアスは感じた。ともあれ、エーリアスにはそれ以上踏み込んで考えるつもりはない。40

2014-06-06 23:30:46
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

やがてビークルは険しい山岳部へ分け入った。岩肌はカーボンナノチューブのネットで落石から護られ、時折「凶悪な野獣が現れる」と書かれた菱型の道路標識が旅人を威圧した。大胆なスピードと的確な車体コントロールを伴うユカノの運転技術によって、一行は日が暮れるより早く宿に到着した。41

2014-06-06 23:41:51
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

車を降りると、驚くほど気温が低い。ユカノはサングラスを外し、ストールを巻いた。暮色がオンセン由来の白煙と溶け合い、大駐車場の空気の色彩にシンピテキを与えていた。大型のオンセンハウス「マサシの悟り」を、一同は眺めた。「強烈な煙の臭いだ」アンバサダーが言った。「本場のオンセンか」42

2014-06-06 23:59:03
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「本場のオンセンは効能も確かなの」ユカノが言った。「疲れを癒してくれる。予定より早く着きましたが、無理は禁物です。今日はこれで休みましょう」「まるで観光に来たようで、どうも気後れするな」ディプロマットが呟いた。ユカノは微笑した。「日々、楽しみを見出す事は、罪ではありません」43

2014-06-07 00:08:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

あの時もこの場所で同様の会話をした。ユカノは思い起こした。弟弟子は遠く東のネオサイタマに在る。現在と繋がりのある記憶というのは、心地良いものだ。とりとめのない物思いにふけりながら、先に立って歩き出したエーリアスの後を追う。前回は大変な出来事の連続だった。今回も同様だろう。44

2014-06-07 00:19:39
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ドラゴン・ドージョーは、マサシの遺跡の更に奥、ラマですら到達できぬ切り立った崖を越えた先にある。超自然めいた稲妻が頭上の暗雲の中で渦巻き、青銅のドラゴン像が天地を睥睨する地において、チャドーの庵は朽ちること無く残されていた。ユカノとフジキドは庵を掃除し、シュラインを清めた。45

2014-06-07 00:29:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

庵のタタミは永い年月を経てなお瑞々しさを内に秘めており、掃き清められると、すぐさま往年の緑を取り戻した。平安時代の何らかのニンジャ・エンチャントメントの産物と思われた。そこで二人は向い合って正座し、チャをかわした。ユカノは語った。兄弟子としてではなく、ドージョーの開祖として。46

2014-06-07 00:37:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ニンジャとは、インストラクションと修行を経、クランの教えを内に宿して運ぶ者。肉親が子へ遺伝子を渡すがごとく、アーチ・ニンジャは人にインストラクションを施し、ニンジャたらしめる。人は過酷な鍛錬と思索を通し、カラテとセイシンテキを鍛える。本来カラテはセイシンテキと不可分なものだ。47

2014-06-07 00:45:10