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《英都物産》番外編N 1 『すみません…まだランチ、いいですか?』 「いらっしゃいませ 大丈夫ですよ。どうぞ。」 『良かった〜。ランチ難民になるとこでした。』 「そろそろそんな時間ですもんね。あ、でも、Aは終わっちゃったんで、Bランチになりますけどいいですか?」
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2 カウンター席を勧められて、少し高い椅子に座る。 カウンター越しに調理する姿が見えるのが好きだ。 手際良く作り上げられていく様子を眺めていた。 その合間に、店の外へ出たシェフ。 すぐに戻ってきた。 「CLOSED」の札を出してきたらしい。 ほんとにギリギリだったんだ…
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3 『ごめんなさい、ほんとはお終いだったんじゃないんですか?』 「いやいや、そんなん全然いいんすよ。ちょうどコレでラストやったんで。助かりました。」 『それならいいんですけど…』 「お待たせしました」 サラダと、小さな前菜の盛り合わせが乗ったプレートがやってきた。
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4 『うわぁ、飲みたくなっちゃう!』 前菜は、軽くつまむのにぴったりなメニューばかりだったから、思わずこぼしてしまった。 「何か飲まれますか?グラスワインやビールもありますよ?」 『え…』 「お仕事中ですか?」 『いえ。さっき終わったんですけど…』 「じゃあ、いっちゃいます?」
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5 いたずらっ子みたいな笑顔につられてしまう 『いっちゃってもいいですかねぇ?』 「いいでしょ。たまには。ねぇ?」 『じゃあ、一杯だけ…』 と言う前に、ワイングラスが置かれた。 「赤でいいですか?」 『あんまり詳しくないんですけど…』 「甘めの方がいいですかね?」
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6 グラスに注がれたワインと前菜を楽しみながら、パスタが作られていくのを見ていた。 どうぞ、と出されたそれは、ワインにもよく合う味付けになっていた。 「ごめんなさい、俺も食っていいっすか?もう、腹減ってて。」 シェフは、私のと一緒に作ったらしいパスタを持って隣に座った。
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7 「何度か、来られてますよね?ウチ。」 『あ、はい。ランチばっかりですけど…』 「今度、良かったら夜も来てくださいよ。彼氏とでも」 『いや、彼氏とか、いないんで…』 「ウソやん!こんなかわいいのに?」 急に大きな声で、びっくりした。 「あ、ごめんなさい。失礼でした?」
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8 『(笑)いえ。ありがとうございます。かわいいなんて、言われたことないから、びっくりしちゃった』 「え?言われるでしょぉ。」 『言われませんよー。』 「で、ほんまに彼氏おらんの?」 え?急にタメ口…? ちょっとドキっとしちゃう。 『春に転勤で大阪に来て…。その後すぐに…』
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9 「遠距離は難しいって言うもんなー!」 『やっぱり、そうなんですかね。』 「え?向こうから?…って、こんなん聞いてええんかな?(笑)」 『(笑)私は遠距離でも大丈夫かと思ってたんですけどね。なんか、他に好きな人が出来たみたい。』 「浮気されたってこと?!」 『まぁ…。』
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10 「なんやねん、そいつ。最悪やな。別れて正解やで。」 『そうですよね。そう思うことにします!でも、おかげでさみしい誕生日になっちゃった。』 グラスワインで酔ったのかな。 余計なことまで話してしまった… 「え?誕生日って…」 『今日。私、誕生日なんです』 「そうなん?!」
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11 「そんなん、早よ言うてぇや!」 いや、そんなこと言わないでしょ(笑) 彼は立ち上がると厨房に入っていく。 「知ってたら最初から…」 「もっとちゃんと…」 なんだかブツブツ言いながら、何かしていた。 と、不意にお店の照明が落ちた。 歌と共に、お皿が運ばれてくる。
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12 “Happy Birthday” プレートにチョコレートソースで書かれたメッセージ。 ケーキには、小さな蝋燭が2本。 歌い終えると顎をしゃくって、蝋燭を消すように目で合図される。 吹き消すと、拍手。 「お誕生日、おめでとう!」 『あ、りがとう ございます』
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13 照明をつけて戻って来たシェフにもう一度お礼を言う。 「ごめんな、蝋燭、コレしかなくて。」 『いえ、そんな。こんなことしてもらえただけで充分です』 「コレはサービスやから。気にせんと食べて!」 『そんな…』 「ええから。ささやかなプレゼントです」 好意はありがたく頂こう。
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14 「そのかわり。」 『え?』 「今度、夜に遊びに来てぇや。ひとりで。」 『ひとり、で?』 「まぁ、友達とでもええけど、できたらひとりがええなぁ!」 『なんで?』 あ。思わずタメ口になっちゃった… 「友達と来たら、俺、喋られへんやん。」 え、…と。それはどういう意味…?
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15 「だから。ひとりで来てや?」 『…はい』 頬が熱い気がする。 ワインのせい、かな。 「あれ?赤いで?」 その頬を、シェフの両手が覆った。 俯く私の顔を強引に上げて… 戸惑う私の唇を塞いだ。 私は抵抗できたはずだった。きっと。 でも。 ほんとはもうずっと前から…
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16 私はこのシェフに会いたくてここに来ていた。 だから、この状況に驚きはしたけど、抵抗はしなかった。 そんな私の反応を確認したように、長いキスは深いものに変わっていく。 もう、熱は頬だけじゃなくなった。 ワインのせいだけじゃないことも、わかってた。 けれど、それは突然に。
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17 離れた唇が動く。 「続きは、今度来た時な?」 やだ。そう言いそうになる。 「そんな顔したら、ほんまに襲うで?」 いいよ。襲ってよ。 そう、言いたかった。 ううん、ほんとは言いかけてた。 けれど、その声は別の声に掻き消された。 「ちぃーーーっす!」 台車の音が響いた。
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18 「どうもー。英都物産ですぅ。あ、ごめん、お客さんいてはったんか。」 シェフにそう話しかけた男性は、私に頭を下げた。 「すんません。食事中に、失礼しました」 『いえ…』 いたたまれなくなった私は伝票を手に取った。 シェフが、レジに立つ。 何事もなかったように。
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19 いつもと変わらない様子で。 けれど、お釣りと共に囁かれた言葉が、後々まで私の頭の中で周り続ける。 「続き、楽しみにしてんで?」 「今度は夜に来てくださいね!お待ちしてます〜」 業者さんにも聞こえる大きな声でそう言うと、営業スマイルで送り出された。 今度は夜に…
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20 遊びなのか、本気なのか。 彼の真意はわからない。 あの人は、いつもこんな風に誘っているのかもしれない。 だけど、私はきっと来てしまう。 あの言葉に誘われて。 遊びでもいい、とさえ思ってしまう自分に少し驚いた。 まぁいいや。 忘れられない誕生日になったから。
2014-06-06 18:35:17