【第二部-拾陸】自分の気持ちに蓋をして #見つめる時雨

由良×夕張
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由良視点

とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「随分綺麗になったわね」 整頓された夕張の部屋を見渡して言う。ホントにまぁ、あんなに散らかってたのに…お疲れさま。 「えっとね…じ、実は五月雨ちゃんに手伝ってもらったのよ…あはは」 うん、知ってる。夕張が自分でこんなに綺麗に整頓できるはずないもの。私が一番良く知ってるわ。

2014-06-19 22:10:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

私は部屋の角に置かれた本棚の前に移動する。そしてそれを覆うカーテンをめくり、並べられた本を眺めた。整頓されたとはいえ物で溢れる夕張の部屋。その中でこの本棚は、知っていなければ中々気づかない位置にある。五月雨ちゃんはこれには気づいたのだろうか。…いや、埃があるわね。

2014-06-19 22:15:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

夕張に目をやると、相変わらず作業机に向かって何かをしている。全く飽きもせずによくやるわね。この時間くらいゆっくり休めばいいのにと、夕張と同じ部屋になった時から何回思ったことだろう。今も私がいるというのに。私のことなどどうでもいいと言われているようで、イラッとした。

2014-06-19 22:20:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

…何を、私は。こんなやつ、もうどうでもいいはずなのに。ああ、イライラする。 「……」 私は本を一冊手に取り、そして夕張のベッドに腰を下ろした。パラパラと捲られていくページを眺める。…うわぁ。 「…あれ?由良、何読んでるの?」 作業が一段落ついたらしい夕張が私の方を向いた。

2014-06-19 22:25:20
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「『女同士でする気持ちのいいセックス』」 私は本のタイトルをそのまま読み上げた。それを聞いた夕張が固まる。…もしかして、あの時はこれを参考にしてたのかしら。 「ちょ…ちょっと返してぇ!!」 夕張が顔を真っ赤にして慌てふためきながら、私から本を奪おうと手を伸ばしてくる。

2014-06-19 22:30:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

私は片手で夕張の顔を抑えながら、付箋の付いているページを見た。…何これ、縛りプレイ? 夕張は私に何をするつもりだったのかしら。 「ちょ、そのページは!?やめてぇ!!そんなにまじまじ見ないでよぉ!!」 「あ、ちょっと…」

2014-06-19 22:35:21
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

本を取り上げようとする夕張の力が更に増し、本の内容に気を取られていた私は夕張を抑えきれず、背中から倒れこんでしまった。本がベッドに投げ出される。 「はぁ、はぁ…か、返し…あ、あれ…?」 「……」 私は、夕張に組み伏せられていた。

2014-06-19 22:40:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

さっきより顔が赤くなっている夕張を見上げる。私の両腕は投げ出され、ひどく無防備な恰好となっていた。まるで夕張に襲われてるみたい。…何でこんなことになってるのかしら。 「あ…え、えっと…」 夕張は固まったまま。…ホント、何なの。

2014-06-19 22:45:23
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

普段気にも留めない時計の針の音が部屋に響く。私を押し倒したまま動く気配のない…いや、動けない、か。そんな夕張の表情からは、驚きと、困惑と、それ以外の何かを感じた。 「……」 夕張の瞳が、揺れている。不覚にも私はそれを綺麗だなって、一瞬思ってしまった。

2014-06-19 22:50:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「ゆ…由良…」 …夕張が切なげな声を漏らす。夕張ってまだ私の事、好きなんだ。なんてわかりやすいのかしらね。…はぁ。そんな気持ちがあって、しかもこんな状況になってるのに、私に手のひとつも出せないのね。…ヘタレ。

2014-06-19 22:55:20
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

私は夕張の瞳を見つめ続けた。夕張の涙腺から少しずつ滲み出る涙が彼女の瞳を包み、ゆらゆらと揺れている。そして、そこに映る私もまた…揺れていた。 「…ねぇ、由良…。どうして…じっとしてるの…。どうして、いつもみたいに蹴飛ばさないの…」 夕張が、震える声で言った。

2014-06-19 23:00:24
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「…蹴飛ばして欲しいの?」 夕張め、まるで私が暴力女みたいじゃない。貴女以外に、そんなことしたことないわよ。でも…夕張から見れば暴力女かしら。 「…違うわよ。私そんなドMじゃない」 「…そうだったかしら」 「そ、そうよ」 「そう…」

2014-06-19 23:05:21
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「…って、そうじゃなくって!」 …夕張が、茶化したことを怒る。いつになく真剣な夕張が、いた。…いえ、このコはいつも…そうよね…。そうだわ。 「…夕張のしたいように、すれば」 私はそう言って視線を横に向け、夕張から目を逸らせた。 「…え?」 …夕張の困惑する声が聞こえる。

2014-06-19 23:10:21
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「由良…」 夕張の不安そうな声が耳に届く。しかし、私は何も答えなかった。…私は、何を。 「……」 夕張もまた、黙りこむ。僅かに視線を向けると、目を閉じ、涙を滲ませた夕張が見えた。 「…わかんない。由良が何考えてるのか、全然わかんない…」

2014-06-19 23:15:21
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夕張がゆっくりと体を起こす。夕張は怒ったような、寂しそうな、そんな顔で…少し、泣いていた。 「…やっぱり、私の事…キライ…?」 「……」 キライ。夕張には何回言ったかわからない。でも…今はその言葉は出てこなかった。…どうして。

2014-06-19 23:20:21
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「…ごめん、私…どうかしてたみたい。…部屋に戻るわ」 「…由良…!」 「…ごめん。ごめんなさい」 口からは、謝罪の言葉しか出てこない。私はそのまま夕張の制止を無視し、部屋の出口へと足早に向かう。 「待って、待ってよ…由良!」

2014-06-19 23:25:22
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その時、突然私は後ろ髪を引かれた。言葉通りの意味で。 「え…!? 何…きゃあ!?」 そして、盛大に尻もちをついてしまった。 「痛ったぁ…」 「あ…ご、ごめん、由良…」 一緒に転んだらしい夕張が謝ってくる。 「貴女ねぇ…普通髪掴む!?」 「掴みやすかったから…その…」

2014-06-19 23:30:23
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「はぁ…」 私は溜息をついて、頭を抱えた。もう頭の中がぐちゃぐちゃ過ぎて。何でこんな状態になってるのかしら、私…。 「由良、大丈夫…? 気分悪いの…?」 …そうね、悪い…わね…。頭の中が、まるですっきりしないの。何でよ…ホント、全然わかんない…。

2014-06-19 23:35:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「…大丈夫よ。私の方こそ変な態度とってごめんなさい。今日のことは忘れて。明日からまた、いつも通りでいきましょう」 …私も、忘れたい。今は、何も考えたくない…。夕張は私の言葉を聞いて、顔を少し俯かせた。 「…由良がそう言うなら…わかったわ…」 「…ありがと、夕張」

2014-06-19 23:40:23
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「でも由良…何か悩んでることがあったら、遠慮なく私に言ってね。私は由良の事…ううん、力になりたいから」 夕張が私の手を両手で包むように握る。…夕張って相変わらず、温かいのね…。 「……っ」 どうして…私…何で泣きそうになってるのよ…。意味分かんない…。

2014-06-19 23:45:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「…気が向いたら、ね…。でも大丈夫だから。おやすみなさい」 手を引き抜き、私は部屋の扉を開けた。 「…おやすみなさい、由良…。また、明日ね」 「……うん」 私は、扉を閉めた。

2014-06-19 23:50:22
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

…二人分の広さの部屋の角で、膝を抱いて座る。…このモヤモヤは一体何。何なの。原因が…わからない。…本当に? 実は、わかってるのに、目を逸らそうとしてるだけじゃないの? …違う、違う。そんなことない。そう、夕張の言うように、気分が優れなかっただけよ。誰にだって、そんな日はあるわ。

2014-06-19 23:55:24
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「…寝よう。寝て、忘れよう。こんな…」 こんな、夕張の顔しか浮かんでこないくらい疲れた自分を、早く切り替えてしまいたいから――

2014-06-20 00:00:55