おじさんの勇気

ゴキブリが家に出たら心底震え上がるけど、山に出たら蜘蛛でも蛇でも躊躇わず殺せる。
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ぴよこ @anokazenikike

♪Track04. おじさんの勇気 お聴きください。

2014-07-13 22:38:51
ぴよこ @anokazenikike

大石善十郎、43歳。派遣社員。年収は200万へ届かない程度。身寄りは年老いた両親のみ。 ……善が十であるならば悪が百も千も蠢いていた彼の人生を、振り返って語る意味は特に無い。 ただ重要なのは、彼が今、ひったくりに遭いそれを追いかけている最中だということ。

2014-07-13 22:39:03
ぴよこ @anokazenikike

善十郎は仕事上がりの疲れた体を引きずり、割引品の弁当を買ったスーパーの帰り道。人気もなく、月明かりの目も街灯も届かないうらぶれた夜道をとぼとぼ歩いていた。

2014-07-13 22:39:13
ぴよこ @anokazenikike

しかしたまたま、本当に偶然。その日彼は、やり場のない鬱屈した怒りを、誰かにぶつけたくて仕方がなかった。理不尽に対し、何もしてこなかった自分に対し、抗う自分を夢想していた。でも彼は基本小心なので、ひったくりでも現れて、そいつを華麗にやっつけたり、なんて妄想も小ぢんまり。

2014-07-13 22:39:23
ぴよこ @anokazenikike

だから本当に、悪い冗談のように、突然現れた何者かが自分の荷物をひったくり、駆け足で逃げ出そうとした時。いつもの彼からは信じられない反応速度で動くことができた。夢想が予想に変わったから。ほぼ誤差なく犯人めがけて追いかけて、跳びかかり、揉み合って、相手は運悪くコンクリへ頭を強打し。

2014-07-13 22:39:33
ぴよこ @anokazenikike

じんわりとひったくり犯の頭部から流れ出る、血であろう液体。恐る恐る呼びかけても意識はない。一体どうするべきか、彼は迷った。ひったくりに遭ったのに、今度は転じて俺が轢き逃げ犯か。お笑い草だ。救急車、携帯は今無い。民家も近くに無さそうだ。しかし彼は、善十郎おじさんは、勇気を出した。

2014-07-13 22:39:52
ぴよこ @anokazenikike

「dあ…れかぁ…スイマ…せぇん…」必死に絞り出した筈の叫びはあまりにか細い。善十郎は途中から泣きながらも呼んでこれる人か、携帯を借りようと闇雲に走った。そして見つけた公園のブランコ。詰め襟をまだ着こなせない年頃の、学ラン坊や。少年に向かって、携帯を持っていないかと、一生懸命話かけ

2014-07-13 22:40:06
ぴよこ @anokazenikike

汗だくで泣きながら、不審者極まりない善十郎へ、少年は至って普通に答え、スマホを取り出してみせる。しかし、素直には渡さなかった。「今から救急車呼んでもさあ、あんな辺鄙なとこじゃ到着まで時間かかるし、下手したら死んじゃうかもよ。そしたらおじさんヒトゴロシだ」けらけら笑いながら。

2014-07-13 22:40:35
ぴよこ @anokazenikike

気が動転し、まともな説明が出来ていたとは言いがたい善十郎の話から、少年はそれこそ十全な背景を識っている。しかしそのおかしさにまで彼の頭は回らない。「その代わり…僕の言うこと聞いてくれたら、事件そのものを無かったことにしてあげる。犯人は助かるし、おじさんは捕まらない。みんな得する」

2014-07-13 22:40:45
ぴよこ @anokazenikike

訳の分からないことを言い出す少年。常の善十郎であればいくらなんでも、と一応は考えた筈だ。しかし今は一刻を争う。「もうなんだっていいから早くしてくれ!」「同意と見ていいね?――契約成立だ。きみは、今から永遠に僕らのお人形、”モブおじさん“だ」夏虫すらも鳴き止む程の、哄笑。邪悪の笑み

2014-07-13 22:41:06
ぴよこ @anokazenikike

「なにも良いことなんてなかったんだろう?せめて自分の手でなにか掴み取りたかったんだろう?…結構じゃないか、これからは酒池肉林だ。ありとあらゆる可能性世界の、心も体も美しい女の子たちを無限に蹂躙し続けることが出来る。それだけを、ただそれだけを。僕が、僕らが飽きるまでね」

2014-07-13 22:41:25
ぴよこ @anokazenikike

全くの理解不能、認識拒絶。善十郎はとうとう処理能力が追いつかなくなり、気を失った。それからのことは、皆も知っての通り。適当に手元からピンク色の薄い本を手にとってみるといい。彼が今日も、仕事へ元気に精を出していることだろう。【ギターソロ・end】

2014-07-13 22:41:59