さようなら鎮守府

終戦後、艦娘たちが去って行く鎮守府で消えようと思った提督と、初期艦の話
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洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

終戦後、戦うために生きていると思っていた艦娘たちは生きる意味を問わなければならなくなった。だが、それは辛くとも幸せなことかもしれない。普通、人は環境に選別されるが、艦娘たちは白紙の環境に戻ることができるのだ。 そして、私は司令官として彼女らの未来を選ぶことはできなかった。

2014-09-16 03:48:29
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

艦娘たちも初めは戸惑った。しかし、長門がまず陸奥と共に鎮守府を去ると、徐々に艦娘たちは自分の未来を見据え始めた。意外なことに、年齢的に幼い者の方が明日への一歩を踏み出すことに積極的であった。やはり、若い者にはそれだけ可能性があるのだろうか。

2014-09-16 03:50:35
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「さようなら、さようなら」 また会おうとは言えなかった。新しい人生を始める彼女たちに、辛い戦争の記憶を呼び起こさせるであろう私は必要ないのだ。全ての艦娘がいなくなったら、私は消えるつもりでいた。みなにはどこか遠くへ行ったとだけ伝えて、私は過去の記憶と共に眠るのだ。

2014-09-16 03:53:10
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

艦娘たちが日に日に少なくなる。うるさかった朝の食堂は、机から下ろされない椅子の方が目立つようになり、工廠で響いた黒鋼の鎚は二度と持ち上げられることはない。私は墓石を持ってきて自分の好きな言葉を刻み始めた。もはや執務室を訪れる艦娘もほとんどいなくなっていた。

2014-09-16 03:55:50
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

自分の墓標に言葉を刻むのは楽しかった。お喋り好きな私はみっともないくらい多くの言葉を刻んだ。「死の安息は永遠」だの「凪いだ海に浮かぶ」だの、感傷的な風を装った薄っぺらい言葉を彫った。 やがて、鎮守府から人工の音が消えた。電気と水道も明日には止まると言う。 私の墓標も完成だ。

2014-09-16 03:58:38
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

暁の海は凪いでいた。私は鎮守府に残った最後の艦娘、初期艦の叢雲を見送るために海辺を歩いた。思えば彼女には随分と苦労を掛けた。せめてものお礼に私の持つ全ての金銭を彼女に渡そう。 叢雲はその美しい銀の髪を大事そうに手で梳きながら彼は誰時の鎮守府の正門に立っていた。

2014-09-16 04:03:39
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「お前で最後だ」 私はそう言って叢雲の前に立った。 「ええ、そのようね」 叢雲は出会った時から変わらない、決して目を逸らさぬままでそう答えた。 「さようなら、叢雲。これは私からの餞別だ」 私は懐から全財産の入った巾着財布を取り出し、叢雲に手渡した。

2014-09-16 04:06:18
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「あんた……」 私の財布を受け取った叢雲は何か言おうとして、とどまった。 「それじゃ」 私は叢雲に背を向けた。 「……」 私が足を踏み出すたびに叢雲が遠くなっていくのが分かった。 「待ちなさい!」 もうすぐ曲がり角、という所で叢雲が声を上げたため、私の足は止まった。

2014-09-16 04:08:10
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「なんだ?」 振り向くと、叢雲はつかつかと私に向かって早足で歩いて来た。 「やっぱり、あんたも一緒に来て」 私の前で立ち止まって、叢雲はそう言って手を差し出した。 「無理だ」 私は即答して肩をすくめた。 「どうしてよ?」 私は叢雲の視線が嫌いだった。心まで見透かされているようだ。

2014-09-16 04:10:23
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「どうしてもだ」 私は今まで艦娘に自分が行かない理由を「最後まで見送るのが役目だ」と説明してきた。だが、叢雲はそのまさに最後だし、何より初期艦の頃より秘書艦を務めてきたのだ。本当のこと以外はきっと見抜かれてしまう。 「……私はどうしても行けない。それはみんなのためだ」

2014-09-16 04:12:31
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

叢雲は私を見つめたまま動かない。 「私を見たら、みんなは過去を思い出すだろう。もう艦娘はいらない、平和な時代が来た。それなのに……辛い過去など誰だって忘れたいはずだ。そうだろう?」 叢雲は、私の同意を求める問いかけに鼻で笑った。 「ふんっ、勘違いも甚だしいわね」

2014-09-16 04:15:04
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「勘違いだと?」 「ええ、あなたは本当に今までの時間が”辛い過去”だと思っているの? 少なくても私が知っている艦娘たちはみんな、ここでの楽しかった思い出を大切にしているわ……私も、まあ悪くないって思ってる」 怒っているのか、薄明かりに照らされた叢雲の頬は心なし赤かった。

2014-09-16 04:17:59
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「だが戦場での記憶はどうだ? あんなもの、思い出したくもないだろう?」 「そうね……確かにそう。思い出したくなんかない」 「それなら……」 「でも」叢雲は一歩、足を踏み出した。 「誰だってそれを抱えながら生きていくしかない。あんたがそんな事心配するのは自意識過剰もいいところよ」

2014-09-16 04:20:12
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「自意識過剰だって?」 私はつい強い口調で言い返してしまったが、叢雲は怯むことなく続けた。 「その通り! あんたは私たちを思いやってるつもりでしょうが、余計なお世話。だいたい、あんたが指揮してきた私たちはそんなに弱かった? あんたが信頼した私たちは孤独だった? そんなわけない!」

2014-09-16 04:22:13
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

私の脳裏に、これまでの日々が走馬灯のように駆け巡った。着任したその日から、初めての戦闘、失敗、成功、苦戦、勝利……いつだって艦娘たちはお互いを信頼し合い、私を信頼し、私も彼女たちを信じていた。そんな姿をずっと隣で見てきたのは叢雲なのだ。 「……確かに、彼女たちは強い。だが……」

2014-09-16 04:24:44
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「だが……私はどうだ!? ずっと私を見てきたのなら分かるだろう叢雲。私は弱い。いつだって私は恐怖に震えて眠ってきた。艦娘たちがいたから提督として振る舞えたのに、それがなくては私はただの脆弱な人間だ。これからの日々を生きていけるとは到底思えない。私などいないほうが……」

2014-09-16 04:27:29
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

そこまで言った時、乾いた音が朝の冷たい空気に響いた。続いて、私の頬に鋭い痛みが走った。 「それ以上は言わないで」 叢雲は私を睨んだ。 「あんたは確かに臆病よ。それに弱虫で、泣き虫で、別れが怖い卑怯者。本当に最低の男よ」 「そんなに言う事ないだろう」 「いいえ! でもね……」

2014-09-16 04:30:23
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

叢雲は自らの胸に手を当てた。 「でも、私は知ってる。あんたはそんな最低な男だけど、誰かのためなら勇敢で、強くて、カッコイイ男になるんだって。フフッ、私だって最低の女よ。あんたに似てる……一人じゃ生きられない。生きるのって、とても怖い」 「叢雲……」

2014-09-16 04:33:20
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「あんたはどの艦娘ともケッコンカッコカリをしなかったでしょ? あれ、”贔屓はよくない”って言ってたけど、本当はこの日がくるのが怖くて、絆を残したくなくてしなかったんでしょ?」 私は少しだけ怖かった。なぜ叢雲はそんなことまで知っているのだろうか。 「叢雲、どうしてお前は……」

2014-09-16 04:35:40
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「言ったでしょ、あんたと私は似た者同士。私があんたならそうしたもの」 叢雲は笑いながらポケットに手を入れ、ケッコンカッコカリの指輪を取り出した。 「盗んだのかよ」 「借りたのよ……これ、どうする?」 「捨ててくれ」 「またそうやって逃れるの?」 「……分かったよ」 指輪を受け取る

2014-09-16 04:38:24
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「あんたがそれを誰かにあげたいって言う日をずっと待ってたのよ」 叢雲はそんなことを言った。 「それまで隠しといたってか? ご苦労さん」 私は指輪をポケットにしまった。 「……やっぱり、行かないの?」 「ああ、行かない……孤独の中で震えるのはもうたくさんだ」

2014-09-16 04:41:48
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

叢雲の顔に朝日が射し始めた。そろそろ夜明けだ。 叢雲はしばらく何かを言い淀んでいたが、ついに決心をして背筋を伸ばした。私は、きっと別れの言葉が出るものだと思っていた。 「……じゃあ、もしもよ? もしも私が一緒に来てと頼んだら、あんたは来てくれるの?」

2014-09-16 04:45:30
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「それって……」 「答えて!」 叢雲は今まで一度も見たことのないくらい真剣な目で私を見た。 「……でも、震えは」 「私が止めるわ」 「記憶が……」 「私は今生きているから大丈夫って割り切ってる」 「やっぱり夜の孤独が……」 「私がずっと抱き締めてあげる」

2014-09-16 04:47:54
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「……叢雲、生きるのが怖いんだ」 「私もよ……でもね、不思議と分かるの。あんたと一緒なら大丈夫だって」 叢雲は胸を張った。 「どうして?」 「さっきから言ってるでしょ、私とあんたは似てるって。試しに、今の考えを当ててあげましょうか?」 「どうぞ」 「震えが止まってる」

2014-09-16 04:50:05
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

叢雲はそう言って私の手を取った。朝の空気に冷えた彼女の手は冷たかったが、どうしてか私の心は温かくなった。そして、確かに震えは止まっていた。 「私はどうすればいい……叢雲、お前と生きて、私はどうすればいいんだ」 「そんなの分からない。だって未来の話でしょ? 今はただ……」

2014-09-16 04:52:49