【創三・お題】もしも、

「もしも」の話。
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みねちまさひろ @Minechimasahiro

魏軍師の切ないシチュエーション 『街灯の下で 何かを堪える様に あなたは 「…なんてね、嘘だよ。」 と言いました。』  shindanmaker.com/123977 この診断がクる

2014-10-18 22:47:35
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「例えば、の話をしよう。…なに、軍師を名乗るお前たちだ。そういった想像も得意だろう?」酒楼で杯を重ねた帰り道、顔を赤くさせた郭嘉がそう提案してきた。 同じ君主に仕え、覇業を支えんとする軍師達が一堂に揃うことは、軍議以外ではほとんどない。→

2014-10-18 22:57:06
みねちまさひろ @Minechimasahiro

特に今回、いつもは不参加を貫く賈詡が、珍しくも軍師達の飲み会ーーー軍師会に参加していた。その郭嘉の喜びようたるや、それは杯を干す速さで一目瞭然である。 故に荀彧、荀攸、賈詡の三人は、顔を見合わせた。四人の中で一番酔っ払っている郭嘉の言を、互いに無言で推し量った。→

2014-10-18 23:03:15
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「例えば……私が曹公に降らずに、張繍殿と乱世を傍観していたら…………。軍祭酒殿がおっしゃっているのは、そういった『もしも』の話ですかな?」始めに口を開いたのは賈詡だ。その『もしも』の内容に、荀攸はギョっとして賈詡を振り見る。いきなり重い話が来た、と荀彧が苦笑していた。→

2014-10-18 23:07:58
みねちまさひろ @Minechimasahiro

こんな話を持ち出した賈詡本人も、心の中で頭を抱えていた。賈詡もかなり飲んだ方だが、まだ自分は冷静だ、と思い込んでいたこともあり、この浅はかな発言に一人悪態をつく。 しかし、飲み過ぎの郭嘉はちっとも、何とも思っていないらしく、バシバシと賈詡の肩を叩く「そうだ。そういう話だ!」→

2014-10-18 23:11:43
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「いくら宛城を経て、張繍を危険と見なしても……いずれ俺が…曹公が、全てを平らげる。例え乱世を傍観していようが、叩き潰してやる」酔っぱらっていてもいつもの郭嘉であった。「……それは、随分な自信ですなぁ……」「次は、公達の番だ」指名を食らった荀攸が面食らった。→

2014-10-18 23:22:42
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「わ、私ですか……?」手の中の爆弾は「当たり前だ」と頷く。賈詡も荀攸の言葉を待ち、荀彧はニコニコとその風景を眺めていた。「……例えば、ですか。……例えば…………叔父上の手紙を読まず、私が蜀の方面へ行っていたら」「おや。公達、君は私の手紙を捨ててしまうことがあるのか?」→

2014-10-18 23:29:00
みねちまさひろ @Minechimasahiro

サッと荀攸の顔が蒼くなる。まるで全身の血が抜けてしまったような青さだ。郭嘉の腕をつかんでいた荀攸の手が弱まり、郭嘉は荀攸を驚きの表情で振り返る。 こう言ってはあれだが、荀攸は気の抜けた顔をしている。表情が動くことはあまり無い。だが、今はどうだ。→

2014-10-18 23:33:59
みねちまさひろ @Minechimasahiro

無抵抗の捕虜の脇にすり下ろしととろろ、水計で洗濯、敵陣で焼き芋……何食わぬ顔でそんなことをしてしまう、魏軍師で一番腹黒い彼が呆然としている。まるで、この世の終わりの様な表情のまま、口許だけが小刻みに動いている。郭嘉はソッと耳を済ませたが、すぐに後悔した。→

2014-10-18 23:37:21
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「叔父上の手紙は見過ごすどころか封を切ることすら躊躇い、その筆跡の一つ一つをつぶさに見て言葉の一つ一つを胸に留めているというのに。なのに叔父上が私のことを疑っている?私の不用意な発言で呆れてらっしゃる…?あぁ、私はなんて叔父不孝な甥であろうか。願わくば叔父上の手で「次、文若!」→

2014-10-18 23:41:33
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「もしも、ですか」荀彧が困ったように笑う。三人が酒で顔を火照らせているというのに、荀彧だけ素面の様な顔をしていた。実は魏軍師で一番酒が強いのが荀彧で、酒を勧めるのが上手いのもまた荀彧であった。→

2014-10-18 23:48:35
みねちまさひろ @Minechimasahiro

あれよあれよと言う間に飲まされるものだから、これはかなり場数を踏んでいるな、と賈詡が顔をひきつらせたほどである。本当は他を潰して早く切り上げようと考えていたのに、予想外の罠に引っ掛かってしまったものだ。「もしも……もしも……」腕を組み、荀彧は小さく唸った。→

2014-10-18 23:50:21
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「もしも……私が誰も推挙しないでいたら」ポツリと呟いた。三人が一様に荀彧を見つめた。「……私が誰も推挙しなかったら、どうなっていましたかね」その横顔は、とても寂しそうだった。確かに曹操に対して臣下の礼を取っている上級文官のほとんどは、荀彧が見出だしたと言っても過言ではない。→

2014-10-18 23:56:17
みねちまさひろ @Minechimasahiro

郭嘉と荀攸が正しくそうである。だが多くを推挙した一方、その実、多くの命が忙殺の中、戦場の中で消えていった。…郭嘉の前任、荀彧の友であった戯志才も。荀彧はそれを負い目として背負っている様であった。普段なら上手く隠す荀彧だが、それを晒すということは少なくとも酔っているのだろう。→

2014-10-19 00:00:15
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「……お前が俺たちを呼び出していなければ、今は無いさ」「そうですな。こうして同じ陣営で酒を酌み交わすことも無かったでしょう」「私も……殿の元で叔父上と謀を巡らせる、等とは考えもしませんでした」「…………それだと『もしも』が成立しないではないですか」思わず荀彧の顔に笑みが浮かぶ。→

2014-10-19 00:06:06
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「最後は俺だな」ふと、郭嘉が足を止めた。いつのまにか酒楼の賑やかさはどこにも無く、町並みは薄暗く寝静まった住宅街に変わっていた。篝火が点々と灯っており、希に警羅の兵が巡回している。四人の酔っ払いはその中でも質素な邸の前で、この下らない談義で初めて顔を突き合わせた。→

2014-10-19 00:12:45
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「俺の『もしも』は、とびきりの難解だ」篝火に照らされた自信満々の顔は、驚くぐらいに鬱陶しい。……賈詡は知らぬうちに鳥肌を立てていた。 郭嘉が口を開いた。「もしも、俺が…………明日にでも、次の戦の後にでも死んだら」もとより顔色の悪い郭嘉の顔が、更に青白く見えた。→

2014-10-19 00:19:22
みねちまさひろ @Minechimasahiro

大きく開けた胸元に、汗が伝っていた。顔色の悪さに反し、しとりと汗ばんでいる。上気している、と言うには無理がある。……賈詡はそれを見抜き、郭嘉の目をじっと見つめた。 三人の目が、郭嘉を貫く。「……軍祭酒殿……?」声がわずかに震えていた。→

2014-10-19 00:24:48
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「郭嘉殿!」荀攸の声が夜を切り裂き、郭嘉の肩を掴んだ。そして、その華奢さに目を丸くするのである。いくら文官とは言えど、戦場に立つ軍師。万が一に備え、少しばかりは鍛えておかなくては、まず行軍に耐えきれない。なのに、この男の肩と言ったらどうだ。少し力を入れれば壊れてしまいそうだ。→

2014-10-19 00:30:38
みねちまさひろ @Minechimasahiro

げほり、と郭嘉が嫌な咳をした。慌てて荀彧がその背を擦ったが、咳は続く。苦しそうに体を折り曲げ、ヒューヒューと咳の合間で息をしようとするが、呼吸が追い付いていない。まさか、と三人はひとつのことを考えていた。→

2014-10-19 00:33:47
みねちまさひろ @Minechimasahiro

げほり、と郭嘉が嫌な咳をした。慌てて荀彧がその背を擦ったが、咳は続く。苦しそうに体を折り曲げ、ヒューヒューと咳の合間で息をしようとするが、呼吸が追い付いていない。まさか、と三人はひとつのことを考えていた。→

2014-10-19 00:33:47
みねちまさひろ @Minechimasahiro

郭嘉が顔を上げたのは、本当に瞬きの速さと同じぐらいであった。三人はピタリと固まり、息すらも止まっていた。もしかすると、心の臓も止まっていたやもしれない。それぐらいに、突然の事であった。「……なんてな。嘘だ」だから郭嘉の言葉を理解するのにも時間がかかった。→

2014-10-19 00:37:12
みねちまさひろ @Minechimasahiro

あっはっは、と笑いながら「と、まぁ……もしも俺が今度の袁家・烏桓征伐の最中で死んだらどうする?」そんなことをのたまう郭嘉は、荀攸の平手が飛んできていることに気が付かなかったのである。→

2014-10-19 00:42:40
みねちまさひろ @Minechimasahiro

「……嘘なら、どれだけよかったか」室は、あの夜よりも静かで、あの夜よりも暗かった。そんな中でも郭嘉の目は、煌々と光を称えいる。水すらも通らなくなり、骨と皮だけになっている病人は、目だけは輝いており、そんな賈詡の呟きを寝台の中で聞いていた。 「もしもなら、どれだけ良かったか」(完)

2014-10-19 00:46:28