悪食 藍童話

twitter上の創作企画・空想の街で書いた童話です。
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ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

昔々、まだ街に時計塔ができる前の話。人々は貧しく、街は小さく、彼らは必死に働いた。狩りや漁、菜園を行う少数と、外の街と取引をする技術者たちと。その中に、一人、風変わりな少女がいた。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:16:32
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

花や木や野菜や、あらゆる植物の声が彼女には聞こえた。普通の人間には何の変哲もない花に、彼女は花の表情を見ることができた。それで彼女は決して植物を食べなかった。野菜の悲鳴を聞くのが恐ろしく、食事時に街を歩くこともできないのだった。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:26:33
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

森はあまりに煩く、街中も悲鳴が絶えず聞こえるので、少女は海岸で暮らしていた。小さな家に小さな少女は一人ぼっちで暮らしていた。ときおり街外れの花畑でこっそりお喋りをすることくらいが楽しみだった。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:28:01
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

ある日のことだった。家のドアをこんこん、と誰かが叩いた。今にも消え入りそうな音に、少女は慌ててドアを開いた。ぶわりと潮風が吹き込み、気が付くと部屋の真ん中に、怪我をした青年がうずくまっていた。「誰?」少女は怯えて尋ねた。「海の悪魔だ」青年が答えた。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:31:03
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

彼は海の悪魔だった。どうしてか深い怪我を負ったらしい悪魔は、何もない海岸を歩いて歩いて、ようやくこの家を見つけたらしかった。「お前に害はなさない。嘘じゃない。手当してくれなきゃ俺は死んじまう」悪魔は哀れっぽく言った。目から涙が流れていた。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:32:53
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

傷を抑えた手から黒っぽい血がしたたっていた。見るからに痛そうで、少女は少し悪魔が可哀そうになった。「本当になにもしない?」「しないとも」「じゃあいいわ」救急箱を取り出して、少女は言った。「怪我を見せてちょうだい」そして少女は悪魔の怪我を治療した。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:34:17
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

そういう訳で、それからしばらくは小さな家に一人、暮らすものが増えたのだった。悪魔は大人しかった。重いものを運んだり、物を修理したり、他にも些細ではあるがたくさんのことを手伝った。一人で暮らすのに慣れていた少女はそれに驚いて、そしてそれを嬉しく思った。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:36:55
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

悪魔の怪我は徐々に良くなっていったが、悪魔も少女も、悪魔が家を出る日のことは話さなかった。二人ともとても仲良くなっていたのだ。ある夜、いつものように食事をする少女を見てふと悪魔が言った。「どうして君は植物を食べないんだ?」 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:38:45
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

少女はまだ自分の能力について悪魔に話していなかった。こくり、とお茶を飲んで少女は少し迷った。でも相手は悪魔だ。街の住人とは違って、人と違う能力もきっと受け入れてくれるはず。少女は自分の力のことを語った。ふうん、と悪魔は内心の読めない顔で言った。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:40:14
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

「君はそれでいいのかい」話し終えた少女に、悪魔は顔を顰めて言った。「人と打ち解けず、野菜が食べれず体調を崩しがちで、一人で暮らさなくてはならない」「いいの」少女は頷いた。「大変だけど、私は植物を愛してるの。だからいいの」ふうん、と悪魔は相槌を打った。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:43:15
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

それから一週間ほどたった日のことだった。少女はいつものように街の農家を訪れ、悪魔は家で一人待っていた。夜になって帰った少女は美味しそうな匂いがするのに驚いた。「どうしたの」机の上に並ぶ料理に目を丸くする少女に、悪魔は嬉しそうに笑った。「プレゼントだ」 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:45:03
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

少女が見たこともないたくさんの料理は、どれもとても美味しくて、少女はとても喜んだ。「美味しい!」「よかった」少女がそう言うたびに悪魔は嬉しそうに笑った。少女も笑った。たくさんあった料理を少女は全てたいらげた。橙の明かりが食卓の二人を照らしていた。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:46:28
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

そして、次の日のことだった。食糧庫を開けた少女は、ふと首を傾げた。昨日あれだけの料理を作ったのだから、材料は減っているはずだった。一昨日と少しも変わらない食糧庫の中身を少女は不思議に思った。「ねえ、悪魔さん、材料が少しも減ってないの」 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:48:00
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

無邪気な少女の言葉に悪魔は笑った。「そりゃそうだよ」「どうして?」きょとん、と瞬く少女に悪魔が囁いた。「昨日の料理の材料は全部、俺が用意したものだから」「でもお金、持ってなかったでしょう」「大丈夫さ。君がいつも行ってる農家に行ったんだ」 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:50:56
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

「農家?」少女は怪訝な顔をした。「そう、農家」悪魔はにこやかに微笑んだ。「待って、ちょっと待って」うろたえた少女の手を取って悪魔は囁いた。「いつものお礼だって。君のために、たくさんの野菜をくれたよ」少女は悲鳴を上げた。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:52:16
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

悲鳴を上げた少女を悪魔は表情の読めない顔で見下ろした。「美味しかっただろ?」ぼろぼろと泣きながら少女は悪魔を睨んだ。「酷い!非道い!人でなし!私は野菜を食べてしまった!言葉の通じる、愛するものを、食べてしまった!」 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:54:11
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

「教えてあげようか」悪魔は小さく笑って少女に囁いた。「君が罪を償う方法。植物の声が聞こえなくなる方法」絶望と憎しみに満ちた瞳で、少女は悪魔を見上げた。「よく聞くんだ」悪魔は愛しげに少女の頬を撫でた。「僕を食べるといい」 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:58:07
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

少女は目を見開いた。震える少女の手を、悪魔が握った。少女の大きな涙の粒が何粒も二人の間に落ちた。悪魔が悲しげに笑った。そして、少女は、悪魔の言った、その通りにしたのだった。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 13:59:19
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

今でも海岸のどこかに小さな家の跡が残っているという。少女が育てた花畑や、悪魔から滴った血や、少女の涙の跡が。悪魔を食べれば悪魔となる、という古い伝説が一体いつからあったのかは今では誰も分からない。少女がその伝説を知っていたのかも、今では分からない。 #藍童話 #悪食 #空想の街

2014-07-04 14:01:23