夜の連続タジン鍋小説「タジンの厨房」

※未完
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ゆきね @Yukine_HB

タジン鍋は夕飯を面倒だと思っている。なぜならいくらタジン鍋といえど材料がなければ何もできないからだ。そしてタジン鍋は買い物に行くのが億劫なのだ。ああ、ここに野菜さえあれば今すぐ料理してやるのに。

2010-11-27 17:53:47
きつね月丸 @tsuki_maru

@Yukine_HBタジン鍋は考えた。そもそもなぜ私が料理をしなければならないのか。タジンなどとハイカラな名前がついていようとも、漢字で書けば『他人』である。私ではない、他人が料理をすべきなのだ。

2010-11-27 17:59:04
ゆきね @Yukine_HB

@tsuki_maru その考えに至った時、タジン鍋は己の人生に光が差すのを感じた。いったい何を独りで空回っていたのだろう。他人に料理をさせる、そういう生き方もあるではないか。タジン鍋は今までにない興奮を抱いた。

2010-11-27 18:04:42
ゆきね @Yukine_HB

しかしタジン鍋はすぐに気付いてしまった。タジン鍋である自分のために料理してくれる他人など、ただの一人もいないことに。結局、この面倒臭さと戦わねばならない。いっそ眠ってしまおうか、とタジン鍋は不貞腐れた。

2010-11-28 18:59:50
ゆきね @Yukine_HB

自棄になったタジン鍋は夕飯も何もかも放って寝ようとした。しかし、腹の虫が邪魔をして眠るに眠れぬ。例え眠ったとしても、目が覚めればまた空腹に襲われるのだろう。タジン鍋は頭を抱えた。

2010-11-29 18:45:10
ゆきね @Yukine_HB

食事とはつくづく厄介なものだ。あの白菜も、葱も、なんの調理もせずに食べることができればどんなに楽か。しかし用意された食材をそのまま口に運ぶなど、タジン鍋のプライドが許さなかった。一体、己はどうすればいいのだ。

2010-11-30 17:37:49
ゆきね @Yukine_HB

ひとりでぐるぐると頭を悩ますタジン鍋を見かねて、土鍋が口を挟んできた。 「まったく、君には物事を難しく考えすぎるきらいがあるな」 タジン鍋はむっとして答えた。 「じゃあ君は、夕飯が面倒じゃないっていうのかい」

2010-12-02 17:40:28
ゆきね @Yukine_HB

「無論、私だって夕飯は面倒さ。だからといって、じっと思案に暮れていても腹は減る一方じゃないか。タジン鍋、なんだって君は、そうやっていじいじと悩んでいるんだい」 「だって、ここに食材がないからさ」 「調達してくればいい」

2010-12-03 18:35:13
ゆきね @Yukine_HB

「用意するのが面倒だと言っているんじゃないか」 「それは君、我儘というものだよ」 土鍋は毅然と言い放った。 「所詮、我々には調理するしか能がないのだ。野菜も家畜も育てられないだろう。つまりそれは、君がタジン鍋だからだ」

2010-12-04 18:11:07
ゆきね @Yukine_HB

そんな彼のありがたい忠告を真摯に受け止めるほど素直だったら、タジン鍋は最初からこんな苦労はしなかっただろう。 「なるほど、君の言うことは確かにもっともだ。助言をどうもありがとう。それじゃあ僕はそろそろ──」 「あら、あなた、まだ納得してないって顔ね」

2010-12-07 19:42:24
ゆきね @Yukine_HB

割り込んできたのはスーパーのポイントカードだった。 「ねぇ土鍋さん、このひとったら全然わかってないわよ。どうせ明日になっても明後日になっても、夕飯が面倒だってぼやき続けるわ」 「なんですか、あなたは」タジン鍋は言った。「言いたいことがあるならはっきり言ってください」

2010-12-08 18:27:13
ゆきね @Yukine_HB

「タジン鍋さん、あなたの生き方ってひどく退屈そうだわ。なぜ食材を調達するのがそんなに面倒なの? いいえ、誰にとっても面倒なのは確かよ。でもそんなの気持ちひとつで変えられるわ。毎日の買い物に少しでも華を添えるために私みたいなのがいるんじゃない」

2010-12-10 18:10:21
ゆきね @Yukine_HB

カードは更に続ける。 「そんなに夕飯が面倒? タジン鍋であるあなたがただ野菜を煮るのが面倒ですって?」 「いい加減にしてください。そうじゃない、僕は調理じゃなくて材料の調達が面倒なんです」 タジン鍋の声は明らかに苛立っていた。

2010-12-16 18:01:21
ゆきね @Yukine_HB

一体どういうわけで、揃いも揃って己を責め立てるのか。まったくどいつもこいつも、余計な口出しばかりする。タジン鍋が夕飯を面倒くさがることがそんなに罪だとでも言うのか。 そんな彼の考えを見透かしたかのようにカードは言った。

2010-12-20 19:04:22
ゆきね @Yukine_HB

「だからあなたはわかっていないのよ。別に誰もあなたを責めてはいないわ。ただあなたの行く末を心配しているの」 「それこそお節介というものです。ただのタジン鍋の行く末なんて、気にかけるほどのことですか。実に奇特な方々だ」 「ただのタジン鍋なら」

2010-12-21 18:50:23
ゆきね @Yukine_HB

彼女は悲しげに笑う。 「ただのタジン鍋なら夕飯が面倒だなんて考えもしないわ。料理に使われない鍋に何の意味があるの? 煮ることは、すなわちあなた自身の存在の証じゃないかしら。だったら面倒だなんて思う暇もなく、がむしゃらに夕飯に取りかかるものなのに、何故あなたはそれをしないのかしら」

2010-12-22 21:50:30
ゆきね @Yukine_HB

「ですから、それは──」「材料があったらすぐに料理する? そんなの当たり前だわ、だって、あなたは鍋なんですもの。鍋であることを証明するためには、まず材料を用意することが必須だわ。その努力が面倒? よくお聞きなさい、偏屈なタジン鍋さん。あなたはつまり、生きることが面倒なのよ」

2010-12-23 18:35:20
ゆきね @Yukine_HB

タジン鍋はしばらく呆然と立ち尽くした。 「あなたが──何を──言っているのか、僕にはよくわからない……。違う、違う、みくびらないでもらいたい。僕はそんな弱い鍋ではない」 「そう思うなら今すぐ夕飯のために全力を尽くしてみなさいよ」

2011-01-04 18:05:20
ゆきね @Yukine_HB

カードの言葉は容赦なくタジン鍋の心に突き刺さった。 「何をぼんやりとしているの? 鍋であることを証明するために今すぐ夕飯を作り始めればいいじゃないの。それができない怠惰な鍋は、今すぐ棚から飛び降りて粉々に割れてしまえばいいわ」

2011-01-11 18:09:25
ゆきね @Yukine_HB

「きみ、それは言い過ぎだよ」 黙って様子を見ていた土鍋がついに口を挟んだ。カードはまだ何か言いたげだったが、土鍋にたしなめられて不満そうに黙った。 一方で、タジン鍋もまた一言も喋らずにぴくりとも動かなかった。戸棚のガラスに映る自身の姿を見つめながら彼は自分に何度も問い掛けた。

2011-01-18 18:41:30