「先生、三年間ありがとうございましたあ」 担任ではないが授業を受け持った女生徒が、保護者と思しき婦人と共に一礼する。前庭に噴水があるのは伊達ではなく、由緒とか格式ある家の子女も多くこの学校に通っている。それも代を重ねてなのだ。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 21:59:31「……一部除いてほとんど推薦とか、スゴイねえ」 おれの時はまだ受験戦争って言葉が現役だったんだけどと指を折りつつ己の高校時代を振り返りながら、藤原は目的の場所に到着する。 四方を教室棟に囲まれた中庭。 中央に小さな石碑と共に桜の大木がある。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:03:11「藤原センセ、C組の子は全員集合済みだよ」 卒業証書を収めた筒を手に、ショートカットの少女が声をかける。 今となっては古風と言えるセーラー服に良く似合う、緋を帯びた栗色の髪だ。本人曰く地毛だというが、生徒指導の教師とは折り合いが悪かったらしい。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:07:04「途中でフける奴とかいると思ったんだけどなあ」 「まっさかあ」 卒業式や成人式など気怠い行事を途中で脱け出してきた藤原としては、担任の女子生徒、総勢三十六名がこうして集合している事が少々驚きであった。 「お前ら普段より出席率高くね?」 「うん」 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:11:23「いやいや、さすがに卒業式はサボったらダメでしょ」 別の女子生徒が、うんうんと頷きながら反応する。 「私らもさあ、藤原組の第一期としてケジメつけなきゃいけないって思ってたから今日のために色々と準備してきた訳よ」 「ひとを極道みたいに言うな」 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:13:35「違うの?」 「品行方正が服着て教壇に立ってるような担任教師に何をぬかしやがる」 つまり全裸でも紳士ですか、ないわー。 女生徒たちは呆れ、笑う。もっとも大部分の女子は抱き合って泣いたり、仲良しグループで写真を撮っていた。 いつも通りの景色だ。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:20:07「お前ら集合写真とか撮ったんだよな?」 「学校のカメラの人には頼んだけど、先生入ってないじゃないですか」 これまた別の生徒が口を尖らせる。 「卒業証書授与式の時には学年全体で撮ったろ」 「あれはあれ、これはこれ。一緒にしないでください」 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:23:51「こんなオジサンと一緒に写真とか十年後に絶対後悔するぞ?」 「いやあ、ほら。こういうメモリアルな写真撮っておかないと十年後にセンセーをネタにして笑えないし」 「……ネタ?」 不穏当な女子の言葉に藤原が眉をひそめる。 と。 視線が彼を捉えた。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:29:13「ふ・じ・わ・ら、せ~んせっ」 ハロウィンで菓子を強請る時のような口調で声をかけたのは、お調子者の生徒だ。色々なイベントを企画しては同級生や教師たちを引っ掻き回して御騒ぎを起こすのが得意技という少女。 きっと進学先でも縦横無尽に暴れるのだろう。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:31:41「へい、みすたぁ。ていく・あ・る~っく」 仰々しい口調と身振りで示す先に藤原は視線を動かし。 固まった。 「えーと、落ち着け自分。深呼吸深呼吸」 「藤原先生」 視線の先には、黒いフレームの眼鏡をかけた長髪の少女がはにかんでいた。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:35:32「あ、かかか。柿本、卒業おめでとう。御両親が復縁されたと聞いて吾輩とても感激しておるぞ」 「藤原先生、口調がデーモン小暮閣下みたいです」 柿本と呼ばれたその少女は嬉しそうに答え、小さく掲げていた左手を動かす。その薬指に嵌った指輪が見えるように。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:39:15「せんせー、私らアレが何なのか知りたいなあ」 「なんで柿本さんの左手の薬指にフィットするような、藤原先生の給料三か月分かどうか微妙だけど本気度マックスな貴金属が装備されてるのかしらあ」 「先生、ねえどんな気持ち? ねえ、ねえねえ?」 地獄である。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:41:23「お前ら、落ち着け」 「いや。私ら落ち着いてるし事情も知ってますけどね」 退路を塞ぎつつ、別の生徒が口を開く。 「離婚しかけた柿本さんの御両親、不仲をなんとかするために一芝居打ったんですよね。結婚を前提におつきあいしてますって」 「お、おう」 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:44:05「それで柿本さんのお父さんに殴られて、お母さんに蹴られて、全治一週間と引き換えに柿本さんの家庭崩壊を防いだと」 「知ってるんじゃねえか!」 「そら知ってますとも。同級生で友達ですから」 でもね。 ず、ずい、と。 女生徒たちが藤原ににじり寄る。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:46:04「な、なんだよ」 そうだ。 少女が手にしている指輪は、一芝居打つために用意したものだ。半端なものでは相手を騙せないからとそれなりの額の品を買い、用が済んだ後は適当に処分してくれと言っておいたものだ。 それが。 「適切な用途ってやつよね」 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:49:20「柿本さんは小学生のころからジョークが通じない真面目ちゃんでした」 「在原、そういう大事な情報はもっと早く先生に教えてくれないと駄目じゃないか」 大切そうに愛おしそうに指輪を見せる少女の姿に動悸を自覚しつつ、藤原は理性を振り絞って諭そうとする。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:52:47「あのな、俺は来年の雇用も確かじゃないの。大学に戻ることもできないし、産休の先生が復帰したらハローワーク通いだから。一気に底辺だからね、そういう無言のプレッシャーとか良くない」 「先生だれもそんなこと聞いてない」 「今のって責任取る前提の話だよね」 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:56:00言い訳を重ねようとする度に、己の心臓に杭を突き立てるような痛みが走る。 家族の問題に悩む教え子の相談に乗った時、幸福とは言えない己の両親との関係を思い出した藤原が必要以上に親身になってしまったのは自覚できていた。 深入りしてはいけないとも。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 22:58:46「まあ、うちらも今日でここの生徒を卒業するわけですしい」 「お、おう」 「ここらで次のステージに立つ男と女って身分でイロイロとお話しちゃっても良いんじゃないでしょうかねえ」 気付けば教え子たちによる包囲網は随分と狭まっている。逃げる場所はない。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 23:09:05「イロイロって、具体的には」 「去年のクリスマスに柿本さん渾身の告白をスルーした時にガチ泣きした柿本さんをなだめるために吐いたくっさい台詞」 「柿本おーっ!」 きみどこまでなに話してんのお! 口に出せぬ叫びを必死に飲み込み、藤原は胸を押さえる。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 23:12:21「はい、藤原先生?」 「あのな、あのな」 「はい、藤原先生。私が一家離散でどうしようもなくなって、なおかつ先生が独身だった場合には責任取るけど君にはきちんとした家族がいるじゃないか的な綺麗ごとを口にされたことを恨んでなんて微塵も思っていませんよ?」 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 23:17:33「おおっ、既に尻に敷かれてる」 「柿本さん胸に比べて尻はコンパクトだったのにね」 「そこ! 不穏な事を言わない!」 「藤原先生、お話が途中なんですけど」 アッハイ。 反射的に頷いてしまう藤原の姿に他の女子生徒たちは一斉に笑う。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 23:22:02(いつか、誰もこの日の事を思い出さなくなるのだろう) 巣立っていく彼女達は、それでいい。 自分が、せめて自分だけが彼女達を覚えていよう。いつか写真が色あせていくように記憶が曖昧になったとしても、自分は確かに幸せな気持ちで彼女達を送り出せる。 #君がセピア色になる前に
2014-11-25 23:25:10コミックNEXTと例大祭に行く人は併催でやってるBONNOU FESTIVAL 108 (イラスト展示会)に参加してるから観てってや bon-fes.com
2014-11-24 09:39:41