「ハーブティーとウイスキーの違いが分かるか、って? それはさすがに…人を馬鹿にしすぎじゃないか?」 「いえいえ、味や香りじゃなくて、見た目だけで、です」 「ふぅむ。でも、結構自信ありますよ。通ですから」
2014-11-21 23:05:49「当てたら100万円っていう企画があるんですけどね。どうやら成功者がゼロらしいんですよ」 「なるほどねぇ…じゃあ私が100万円、もらっちゃいますかね」 ☆ 男が連れてこられたのは、酒樽密集する酒蔵。 『それでは、そのヘルメットを被ってください』
2014-11-21 23:06:35スピーカーだろうか、どこからかくぐもった声が聞こえる。指示通り、机に置いてあるヘルメットを被る。何かが張り付いているが、気になるほどの重みはない。留め具をパチリとはめる。 『箱の中に入った二つのコップが見えますね?では、どちらがウイスキーでどちらがハーブティーか見抜いてください』
2014-11-21 23:07:18透明な箱の中には小さなコップが二つ。透明度の高い茶色の液体で満たされている。 観察。 ウイスキーとハーブティーの違い、となると、材料や製法だろうか。 ウイスキーは大麦、ライ麦、トウモロコシといった穀物から作られる。
2014-11-21 23:07:42ウイスキーは大麦、ライ麦、トウモロコシといった穀物から作られる。 これを酵母によって発酵、蒸留することで蒸留液が完成するが、この段階では無色透明の液体だ。ウイスキーは木製樽による熟成で、あの茶色に色づく。風味も樽によって決まる。などと蘊蓄語ってばかりでも仕方ない。 さあ、決断――
2014-11-21 23:08:59『時間切れー』 ――の前に突然のタイムアップ。 「なっ、何だと!?」 無慈悲な宣告が告げられてからの変化は早かった。ジジジ…という音とともに、何かが焼け焦げる匂いが。 『頭に乗っているものは…ダイナマイトです。爆発の威力は決して高くないですが、頭を吹き飛ばすには十分でしょう』
2014-11-21 23:09:42「そんな、そんな馬鹿な話があるか!」 『リスクなしで100万円が得られるとでも?では、さよーなら』 このままではまずい。ヘルメットを外そうと、力を込めて引っ張っても金具が固くてどうにもならない。 「酒樽…そうだ!」 樽に体当たり。すると隙間ができ、ウイスキーが漏れ出す。
2014-11-21 23:10:10いくつもいくつも樽を割り、周囲は水浸し。男はこの状態なら、と、倒れこんでみるも。 「な、何故だ!なぜ消えないんだ!」 ジジジ、ジジジ。導火線の音が止まない。更に、酒樽から流れるウイスキーは勢いを増し、膝ほどの高さに。それでも男は導火線を鎮火するのに必死で、文字通り酒に溺れていく。
2014-11-21 23:11:19「どうやら、お目覚めのようですね」 「わ、私は、一体…」 「おっ、こんなところにウイスキーが。一杯どうです」 「ひぃっ!や、やめてくれ…!もう、金輪際酒には関わりたくない!」 「これはこれは、失礼しました」 ☆
2014-11-21 23:12:39「凄い効き目でしたね」 「ええ。バーチャルリアリティ…仮想現実で、酒で痛い目を見させてアルコール中毒の治療を行います。それこそ、死の体験に近い恐怖を与えて、ね」 ハーブティーを啜りながら、研究者は答える。その淡々とした様子を見て、被験者をモニターしていた出資者は苦笑いを浮かべた。
2014-11-21 23:13:31「荒療治と言うか、過激すぎやしませんかね?」 「いえいえ、命に関わるんですから」 机には、サングラスのような機械と、その説明書。アルコール依存症の患者は、これで恐ろしい仮想現実を見た。今後酒を飲まない――いや、もはや酒の匂いだけで卒倒してしまうだろう。
2014-11-21 23:14:13「気に食わなければ、設定はいろいろいじれますよ。ちょっと変わったのだと、禁酒法が制定された時代の住人になりきったり。詳しくは説明書に」 「ほお…」 「ただし、今回の場合、ハーブティーとウイスキーの二択は、絶対に当てられないようになってます。現実には当てられる人もいるでしょうし」
2014-11-21 23:14:56確かに、部屋にはたくさんのウイスキー瓶が並んでいる。 そのうち、ひときわ大きい瓶を手に取り、出資者が尋ねる。 「へえ…あなたは、分かるんですか?」 出資者の問いに、科学者がニヤリと、口の端を吊り上げる。 「見た目だけで…ですか?それはもう、楽勝ですよ。
2014-11-21 23:15:24仮想現実を作るにあたって、特にウイスキーはリアルさを再現するために、徹底的に研究しましたから」 「いや、今回は実際に味わってもらいましょうか」 科学者の頭部に、瓶が炸裂する。
2014-11-21 23:17:00ガラスの破片が、酒の飛沫が散らばる。地に伏した科学者の頭蓋はみるみる赤に染まり、止まることなく広がっていく。 「おやおや。これだけ香りが充満していれば、ウイスキーだとすぐに分かるはずですが」 サングラス型の機械を手に取り、まじまじと見つめる出資者。科学者はピクリとも動かない。
2014-11-21 23:17:48「死の体験に近い恐怖――これさえあれば、誰であろうと私の思い通りに洗脳できる!博士、貴方の研究は素晴らしいものだ。だから私がもっと役立ててあげますよ!フフフ…ハハハ…アーハッハッハ!」
2014-11-21 23:18:14