紙の提督　第一話　「君は鎮守府経済を分かっていない」

片倉青一 @ktkrao1

ようやく慣れぬ電車の旅も終わりと安心したのがまずかった。 JR最南端の駅、西大山駅からは富士に似た山が見えた。開聞岳というらしい。美しい山だった。 運転手に「あんた、いけんすっとね」と尋ねられ、我に還った。 私、長門は、不覚にも目的の指宿駅を乗り過ごしてしまったのだ。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

「戻りん切符はよかで」 と言う運転手を押し切って戻りの切符を再度購入し、指宿駅まで乗った。 イブスキへの出向、と聞いてどこか南方の泊地であろうと思っていたら、よもや本土であったとは。 改札を出ると、南国の強い日光が、ワンピースから伸びる私の腕を焼いた。 #紙の提督

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もし、そこのお方。指宿支所をご存知ありませんか。 「なんち？もっとでけ声で話さんか。あたいなあ耳が遠なっせ聞こえんたいが」 異国の言葉だった。 「おはんなどけから来たと」 はい？ 「おはんな国ぁどけよ」 どけ、と言われたようだ。機嫌を損ねてしまったらしい。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

道を譲ると、老人は首をひねり、道ゆく若い警官を呼び止めた。 「あんおごじょな困っちょっで助けっくいやい」 何と言っているのかさっぱりだ。困った。不審者だと思われたのだろうか。 「あの、よろしいですか？」 わ、私は不審な者では！ 「はい？」 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

老人は私のことを東京から来たと判断し、警官に案内を頼んだらしい。 「指宿支所…？ ああ、海軍の。ここからすぐですが、何のご用事で？」 今の私はただの町娘にしか見えない。 陸での艤装展開は厳禁であるし、あまり迂闊に身分も明かせない。 届け物を、と偽った。心苦しい。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

写真でしか見たことのない椰子の木を両脇に見ながら、国道を一人歩いた。 届け物は私自身だ。赤煉瓦からはるばる500浬余り。横須賀鎮守府指宿支所へ、私は出向を命じられた。 佐世保でないのが不思議だが、書類上はそういうことになっている。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

夏だった。アブラゼミが鳴き、海の、心踊る海の潮騒が聞こえる。 ライトバンが私を追い越していった。 雲は白く、空は黒みを帯びて青かった。 辺りに満ちる熱量は、私の機関部へも熱を与えてくれるかのようだった。 よし。これから新しい任務が始まるのだ。心機一転、頑張ろう。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

第一話「君は鎮守府経済を分かっていない」 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

「88艦隊計画で造られた長門だ」 自己紹介を済ませた長門は、いかにも長門型という風情で、これから起こるであろう悶着を思うと突き返したくなった。 まあよろしくやってくれ、ハイカラさん。 「私が浮かれているとでも？」 都会の連中は皆ハイカラさんだ。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

長門君、君は別命あるまで待機。しばらくはここの生活に慣れたまえ。 「いや、大丈夫だ。今日からでも出撃できる」 兵隊に飯と寝床と弾を与えるのが司令の仕事なの。 「む。それは失敬をした。提督は勤勉だな」 提督じゃなくて司令ね。 大淀くん、案内したげて。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

「よかったのかい、司令官」 と、横に控えていた響が言った。 やっぱ歓迎会とかしないとまずかった？あんま金使いたくないんだけど。 「そうじゃなくて。私たちの通貨のことを、さ」 君たちの事情は君たちでどうにかしてよ。男の僕には関係ないよ。 「台詞だけ見るとただのクズだね」 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

ま、ハイカラさんだから。摩耶とか五十鈴あたりが絡むだろうし、そのうち分かるんじゃない？ 「日が延びたぶん、司令官があの戦艦の怒りを買うわけだけど、男の司令官は幾ら払えるのかな」 くつくつと響が笑った。 …大淀さんに借金するさ。先送りにできる面倒は先送りにしたい。 #紙の提督

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長門君が来てから三日が過ぎた。 響君、任務達成状況はどうだい。 「オリョールでなかなか羅針盤が言うことを聞いてくれなくて、まだまだだね」 うーん。あの子らをあんまり働かせすぎても文句が出るし、どうしようかな。 「提督！」 長門君が執務室に殴り込んで来た。早かったなあ。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

提督でなくて司令ね。で、ナプキンなら大淀さんに聞いておくれ。彼女に任せてるから。 「なんだこの鎮守府は！」 はい、横須賀鎮守府指宿支所です。 「艦娘は揃いも揃って遊び呆け、任務は最低限しかこなさず、潜水艦狩りや通商破壊任務ばかり！」 おや。そっちか。やだなあ。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

「例えば金剛！あれだけ練度が高いのに、外に出てはふらふらと歩き回って茶を買ってくる！ 他にも北上はひたすらパズルを解いているし、加賀はずっとひなたぼっこして寝ているし、川内は朝までピコピコをやって昼間は寝ている！ 軍規が乱れているぞ！」 ピコピコて。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

休める時に休んどくのがいいと思う。 「そんなだから、この顔剥ぎにも気づかないんだ」 長門君が後手から放り投げたのは、手足を折られた舞風だった。これは手酷い。 「こいつ、例の顔剥ぎだぞ。ここのところ話を聞かないと思っていたら、こんなところにいたとはな」 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

顔剥ぎ舞風。 各地の鎮守府支所に現れては、同タイプの舞風の顔を剥いでIDを奪い、その舞風に成りすまし、司令官を殺して回っているシリアルキラー。 最近になってうちで飼い始めた舞風タイプだ。 長門君は41ミリ砲を舞風君に向けた。 あーあー、やめなさい長門君。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

「なぜだ。生死問わず、だぞ」 いや、うちの重要な戦力だから。壊してもらうのは困るよ。 「何…だと…？」 前科持ちならうちには幾らでもいるよ。強盗、殺人、放火、器物損壊、詐欺、窃盗。 「響だよ。その手癖の悪さから、泥棒猫の異名もあるよ」 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

「なになに？何の話ですか？」 青葉君が事件の匂いを嗅ぎつけてきた。 「舞風ちゃん！凄い格好に！一言お願いします！」 「踊り過ぎたー」 手足を折られた舞風君はへらへら笑ってる。 ちなみにその青葉の前科、不法侵入と窃盗ね。公式記録で通算45回。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

「はいっ、司令官。今日のアガりよ！」 雷君はヒロポンの売買ね。 「お疲れ様です、司令官」 三日月君は武器密輸。 「お呼びですか、司令」 ああ、ちょっと魚とってきてくんない？北上君と大井君、あと龍驤君を連れて。 「了解しました」 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

「貴方は何のためにここにいる」 司令官やるために。 「司令官の役目は何だ」 兵隊に寝床と飯を与えることだよ。 「違う！敵を撃ち倒すためだ！」 ねえ響君、何でこの子、ここにいるの。 「司令官が一番分かってるんじゃないかな」 まあこのご時世にこの性格じゃあねえ… #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

ときに長門君。海運業がこの国の物流に占める割合、どれくらいか知ってるかい。 「…？ それと何の関係がある」 五割だ。この国の命運は海運業が担っているんだよ。 「だからそれがどうだと！」 提督業なんてのは、いかにも儲かりそうな仕事じゃあないか？ #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

「貴方は…」 まあそういうことだ。君ももう少し鎮守府経済を学びたまえ。 「肩書きだけの提督…」 肩書きは力だよ、長門君。 「貴方は、貴方はまるで、紙の提督だ。自分では弾丸の一つも防げないくせに、安穏と平和を貪って、戦いを遊び感覚で弄ぶ、演習が得意なだけの背広組だ」 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

紙の提督、大変結構。言い飽きたなら下がりたまえ。仕事は山ほどあるのでね。何せ僕は戦争をしているのだから。君と違ってね。 #紙の提督

片倉青一 @ktkrao1

「司令官、怒っているのかい」 やあ響君。いたのかね。 「最初からいたけれど」 そうだったかもしれない。 「司令官は年寄りのくせに、感情が表に出るね」 若者が感情を出さないのだよ。彼らは素のままでいるには傷つきやすすぎる。 「紙の提督、いい響きだね。司令官めいていて」 #紙の提督