「俺は勘弁してくれよな!俺は!こんな所で燃え尽きる訳にはいかねぇ男なんだ!」 トクサツが黒ナメクジを吹き飛ばしてポーズを決める。 その大きな隙は見逃される筈もなく、複数の黒ナメクジが一斉にトクサツへと襲いかかった。 #synov
2015-01-16 21:18:24トクサツは慌てて体を丸め、粘液を放出した。そこへ黒ナメクジが殺到する。 丸くてよく滑る状態になったトクサツは、群れの一斉突撃の威力を利用して転がりだした。ビルの影からトクサツの体が押し出されたタイミングで、ビルの破片――ジグの破壊したもの――が群れの上に落下した。 #synov
2015-01-16 21:41:15降り注ぐ瓦礫。落雷のごとく、豪雨のごとく、暴風のごとく、押し潰し、引き裂き、打ち拉ぐ、その圧倒的な破壊にナメクジどもは為す術もなく、湿った音と湯気をたてて細切れになった。その嵐の中で傷ひとつつかない漆黒――トクサツの、最強の盾。 #synov
2015-01-16 21:59:06「ジグ!どうだ!」 レムルがマチェットに絡んだ粘液を振り落としながら叫ぶ。 <射貫く目>のジグ――そのもう一つの由縁たる、遠目を越えた千里眼が、ある一点に注がれた。 「――見つけた」 #synov
2015-01-16 22:16:46トクサツは群れによって二〇キロ先まで連れ去られていた。彼は瓦礫による圧死を免れた残党ナメクジを片付けて休んでいた。日陰にあった太く黒い蔦のような粘菌に背を預けて。 ……戦場のジグがそれを指差していることなど、トクサツには気付きようもない。 #synov
2015-01-16 22:32:47その黒い蔦がぶるぶる震え出す。「うん?」トクサツは身を起こした。というか、そもそもこれはなんだ? てっきり旧世界の廃棄物だとばかり――首を傾げるトクサツの胸を、濁流のように迸る黒が貫いた。一本ではない。放射状に十二本、粘菌の塊から鋭い刺がてんでばらばらに伸びている。 #synov
2015-01-16 22:50:27トクサツは口から内臓と体液が混ざった青黒いものが噴き出すと、みるみる痩せていった。黒い蔦がトクサツの体から水分を吸収しているのだ。吸い終わると、黒い蔦は干からびたトクサツの体をぶん回して放り捨てた。 #synov
2015-01-17 21:22:36「『疾走(はし)』れ、ケッラ」レムルが少しばかりシリアスな声で言った。「あたしが行く。ジグはここから援護しろ。あれが本命だ――叩くよ」 #synov
2015-01-17 21:27:12「はぁ?お前が行くって、そりゃ冗談キツ――」 ケッラが言い切る前に、瓦礫の山にエンジン音が響く。 恐らくはどこかから調達したであろう大型バイク――よく動いたものだ――に跨ったレムルが、ケッラの眼前を通り過ぎて行った。 #synov
2015-01-17 21:38:03レムルが駆るバイクは瓦礫の山をものともせず、一直線にトクサツの下へと向かった。走り続けているうちに痩せ枯れたナメクジが地べたにうち捨てられているのが見えてきた。レムルがバイクの速度を上げようとした、その時。地響きとともに地面が隆起し、大地を割って巨大な影が現れた。 #synov
2015-01-17 21:55:55転倒しそうになるオートバイを力技で押し切ってレムルが肉薄する。「いつまで干からびてんだいこのDumb-ass!」同情ひとつなく車上から罵声を投げつける。干物のようだったトクサツが妙にうねくった。「ぶっかけてやるよ」遅れて滑り込んだケッラが粘液を吹き付ける。 #synov
2015-01-17 22:10:04粘液を吸ったトクサツがみるみるうちに膨らみ、身震いをしながら起き上がった。 「うぇえ!ありがたいけどありがたくねぇ!」 「だったらそのまま干しナメクジやってりゃよかったんだ。ご託はいいから、シメの準備をしな」 #synov
2015-01-17 22:22:02「準備って……どう準備したらこれを倒せるんだよ」 盾を作ったものの、偉容の黒ナメクジを前にトクサツは呆然とする。 「んなの逃げ回る準備に決まってるだろ。攻撃はジグに任せて、俺らはおとりになるんだよ!」 #synov
2015-01-17 22:40:55言葉通り、ケッラは既に陽動に移っている。冬という季節が存在した旧世界なら、その動きは氷上のアスリートに例えられたかも知れない。高速のジグザグ移動。滑らかで激しい攪乱。ケッラは役割を果たしている。レムルも。とどめを刺す役割を彼女は譲らない。では、トクサツは? #synov
2015-01-17 22:55:14ともあれ行動しないと終りである。 トクサツは意を決し、その場にしゃがんで頭を抱え込んだ。 分泌した粘液がトクサツの体を覆い尽くしてゆき――5秒と経たぬうちに、トクサツは一個の球体と化していた。 そのまま転がり出せば、ナメクジを挽きつぶす凶器の完成である。 #synov
2015-01-17 23:05:01しかし、この戦闘態勢には大きな問題があった。 相手が四〇m級なのに対抗して巨大化した結果、質量も増大してしまいトクサツ一人では転がることができない。よしんば動くことができても、コントロールなど到底不可能だ。 #synov
2015-01-18 21:07:24蛇女(レムル)が球体の後方でマチェットを振りかぶる。「大丈夫さ」いっそ慈母のごとき囁き。実は内部のトクサツには聞こえていない。聞いていれば鳥肌を立てただろう――比喩的な意味で、だが。「無敵がお前の取り柄だろ? さあ、行って――」全力のフルスイング。「――来いッ!!」 #synov
2015-01-18 21:23:23球体の重心を正確に捉えた一撃により、破壊そのものと化したトクサツが黒ナメクジどもをなぎ倒す。 粘液とその他のよくわからない液体に塗れながら――内部も内部で同様だろう――その勢いは止まらず、むしろ更に増して、トクサツは転がり続ける。 #synov
2015-01-18 21:38:13重量に速度が乗り、破壊の権化となったトクサツが巨大黒ナメクジに激突する。 「いっけぇえええええええええええええええ!!」 ケッラが興奮して叫び、レムルが勝利を確信した。 にゅるん。 球体のトクサツは巨躯の表面を滑って宙を舞った。 渾身の一撃は受け流されてしまった。 #synov
2015-01-18 21:51:30戦場に満ちる静寂。「……ジグちゃん」ケッラが仮面のように平坦な無表情で、犬猿の仲の筈のジグにハンドサインを送った。「外側(ガワ)を吹き飛ばせ。あのアホも纏めてな」 #synov
2015-01-18 21:56:42「言われるまでもないよ」 その言葉通り、ジグはトクサツの一撃が外れた瞬間から集中を済ませている。 「そっちも備えてなよ。――最大出力」 赤い複眼がひときわ強く輝いた次の刹那、轟音とともに大ナメクジの体表が蒸発する。 凄まじい異臭と共に、大ナメクジがぐらりと傾いだ。 #synov
2015-01-18 22:08:13「濡らしておかないと痛いぞ」レムルはバイクに跨りケッラに突撃した。「ちょ、おま!」バイクは2m弱の踏み台の上を駆け上がり飛翔した。レムルは空飛ぶバイクの上で更に跳躍する。「トドメは譲らねえ!」トクサツに強烈な踵落としを見舞い、球体の落下に威力を上乗せする。 #synov
2015-01-18 22:20:45「ヒャッハア――――――!」レムルが中指を立てた。トクサツの球体が隕石のように加速。軌道上には赤黒いコア――ジグの攻撃で剥き出しにされて、禍々しい放電のたびに不規則に脈打っている。 #synov
2015-01-18 22:43:33コアを丸い影が覆ったその瞬間、唐突にトクサツは思い出していた。 そもそもこの仕事、何が目的だったのか。 そう、確かこの一帯に潜むナメクジどもの親玉を叩いて、そのコアを持ち帰るとかなんとか――無傷で。 #synov
2015-01-18 22:54:41