ズンズンズンズズポーウ、ズンズンズンズズポポーウ! 音響システムが誤作動し、サイバーテクノが重役室に鳴り響いた。それがサナダとヒョウロクのニューロンを逆撫でし、取っ組み合いの乱闘を招く。黒漆塗りの壁に何枚も貼られた豊かさの象徴、キョート旅行のペナントが不吉に傾き、はらりと落ちた。
2010-11-06 22:26:31イタマエの老人はすでに逃げ出した後だ。オイランドロイドたちのAIは状況が理解できず、明滅する非常ボンボリとサイバーテクノの条件反射でマイコ回路をランさせ、虚無的な笑顔でポールダンスを踊っていた。重役警護のために駆けつけたクローンヤクザ十体は、命令を待ち部屋の隅に立ち尽くしている。
2010-11-06 22:28:49「イヤーッ!」スケロクの墨絵が描かれた重役室のフスマが蹴破られ、シガキ・サイゼンが殴りこんできた。「アイエエエエ!」カチグミたちは恐怖の絶叫をあげる。「ザッケンナコラー!」条件反射的にヤクザ軍団がカタナを構え切りかかるが、テクノカラテの敵ではなかった。「イヤーッ!」「グワーッ!」
2010-11-06 22:29:535分も経たないうちに、Y-10は死体の山に変わっていた。刀傷だらけのコートを返り血で染め上げたシガキは、コケシコタツの横で震え上がる重役たちの前へと無言で歩み寄る。残留したズバリ成分が、黒い炎のようにくすぶっていた。スターター紐が引き絞られ、圧縮空気がテッコの側面から排出される。
2010-11-06 22:35:31「サカイエ家の者か」と、シガキは鬼のような声で問う。「はいそうです」とカチグミ。 「俺の顔に見覚えはあるか? プレス機の誤作動で潰された腕を、労災保障で戦闘用義手に置き換えられた者だが」と問うと、重役らは声をそろえて「覚えていない、そんなことはチャメシ・インシデントだ」と答えた。
2010-11-06 22:37:33「……なあ、あんたがた。一発殴らせてくれよ」と、マグロの眼でシガキは言う。 「ア、アイエエエエ……それで見逃してくれるなら」と、カチグミたちは恐る恐る立ち上がった。恐怖のあまり、サイバースラックスの股間がじっとりと濡れそぼっていた。
2010-11-06 22:39:37「イヤーッ!」「アイエエエ!」「イヤーッ!」「アイエエエ!」テクノカラテが重役たちの腹に叩き込まれた! ピストン運動が容赦なく内臓を破壊する! 「……あんたがた、知ってるかい? テッコは旧式すぎて、力の加減が効かないんだ。しかも、俺にあてがわれたのは、手垢の付いた中古品ときてる」
2010-11-06 22:42:11自分が手を失った時のように床を転げまわる重役たちを尻目に、シガキは金庫のダイヤルをテッコで破壊した。中に入っていた札束や高純度のマグロ粉末を、ポケットに突っ込めるだけ突っ込む。 「「「あと少し、心を閉ざすんだ。こんな非道は今日限りだ」」」シガキの心の中で、脆弱な人間性がうめいた。
2010-11-06 22:54:57シガキの眼は、ポールダンスをくり返し、彼に優しく微笑みかけてくるオイランドロイドらに注がれた。ネオ・カブキチョのサイバー医者の事務所に高価買取と書かれていた、最新型の女体アンドロイドだろうか。シガキがその2体を肩に抱えると、「もっとしてください」という電子音声が返ってきた。
2010-11-06 22:59:31「「「これでオシマイだ。朝焼けが訪れる前に、あの医者のところにいって、ドロイドとマグロ粉末とこの札束で、最新のサイバー義手を買おう。それでオシマイだ……。もうこんな暴力とはサヨナラだ……」」」 シガキはニューロンの中で虚しいチャットをくり返しながら、重役室を出るべく身を翻した。
2010-11-06 23:06:07「マーベラス、なんたる無慈悲さ!」いつの間にかフスマが開け放たれ、車椅子に乗ったニンジャ装束の男とクローンヤクザが重役室に入ってきていた。男はオーディオ機器に向かってスリケンを投げ、耳障りなサイバーテクノを止めると、静寂の中でこう言った。「あなた、ソウカイヤクザになりませんか?」
2010-11-06 23:14:46シガキは混乱した。唖然として、オイランドロイドを取り落とした。ビホルダー=サンはやはりニンジャ装束を着ている。ニンジャなのか? いやそんな馬鹿な。ビホルダー=サンは自分と同じく、トーフヤへの怒りに燃える元従業員だ。だが、彼は何と言った? ソウカイヤクザ? ヤクザなのか?
2010-11-06 23:20:51#NJSLYR ビホルダー=サンが洗脳できることを考えると、少なくとも死んで退場しない可能性は普通にありそうか。
2010-11-06 23:22:40「見逃してください」シガキは突如ドゲザした。ドゲザは、母親とのファックを強いられ記憶素子に保存されるのと同程度の、凄まじい屈辱である。「私は…墨絵師を目指す、しがない労働者です。…見逃してください。…諦めたく…諦めたくないんです!」シガキの両目から、溜めていた大粒の涙がこぼれた。
2010-11-06 23:30:34キコキコキコ、と車椅子の音が近づいてきた。「顔を上げなさい」とビホルダーが声をかける。シガキが無様に泣きじゃくりながらゆっくりと顔をあげると、透過率50%になったサイバーサングラスと、その奥に青白く光るヒトダマのような眼が見えた。カナシバリ・ジツ!「アイエエエエ!」
2010-11-06 23:40:05「立て。何と身勝手かつ臆病な男だ。ヤクザにならないなら死んでもらうまで」ジョルリのように立ち上がったシガキに、ビホルダーは血も涙もない命令を下す。「貴様には、生きたリモコン時限爆弾になってもらう。プラスチック・バクチクを持ってジェネレータに飛び込み、メルトダウンを引き起こすのだ」
2010-11-06 23:46:04ナムアミダブツ! ジェネレータが崩壊すれば、工場どころかオハナ・バロウが丸ごと吹っ飛んでしまうぞ。シガキの脳裏には、爆死する自分の姿とともに、十二番街にあるトーフ労働者たちの安宿や、その前でいつも営業していたフライド・スシ屋台の老人の顔などが、ソウマトウのようによぎった。
2010-11-06 23:54:01