自称・連合観光協会事務局長のグランクレスト大戦参加ログ
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承前 ‐ヘルガの処遇‐
※ヘルガとは、オプションで所持している「生真面目な女騎士」のことです。
ヘルガについては以前のまとめの主に六~八日目で記述しています。
こんな子↓
うちの生真面目な女騎士・ヘルガちゃん、連合食堂へ行くの巻。 #連合食堂 pic.twitter.com/4S3hZABJ7p
2015-02-17 00:19:36* * *
観光協会の立ち上げを決意したホイヤットであったが、動き出す前に一つ片づけておくべきことがあった。
随伴している女騎士ヘルガ=モルトールのことである。
ヘルガとは赴任先の部隊へ合流する途中、ごろつきに絡まれていたところを助けたのがきっかけで出会った。
もともとはゴルゴン家という貴族に仕えていたが、どうしたはずみか「自分も戦場に身を置いて、己を鍛錬したいのです」と自分に付いてきてしまった。
年若く世馴れない彼女が部隊への参加を決めたことで、ゴルゴン家のお嬢様―マリーア=ゴルゴンからはひどく恨まれた。
また主人であるアイザック=ゴルゴンからは彼女の面倒を見るよう頼まれてしまった。
「当家の騎士でありながら、マリーアの姉分として甘やかしてしまった。外の世界に出たいとあれが思うのは当然だと責任を感じているのさ。しかし甘やかした分、いろいろと心配でね」
「責任を感じておられるなら、その責任もご自分でお取りになったらよろしいのでは~?」
「そう言うな。なに、ただでとは言わないさ。そちらの言い分も飲もうじゃないか」
望みがあれば自分のできる範囲で叶えよう、と言ったアイザックに、ホイヤットは農具としても使える特殊な防具が入手できるよう口利きを頼んだ。
そして今防具の入手は果たされ《移植ごてにもなる手甲》としてホイヤットの右手にある。
ヘルガの気持ちとしては、ある程度厳しい環境に身を置き己を磨きたいのだろう。しかしこれから自分は、完全に前線を退き内政に身を投じようとしている。
ヘルガが部隊の移動を望まなければ道は分かれるし、そのことをアイザックにも報告しなければならなかった。
はっきり言って面倒だった。しかし筋は通さねばなるまい。
ホイヤットはヘルガを探し湯治場へ向かった。
ヘルガは温泉をいたく気に入っていた。おそらく湯治場に作られた休憩所あたりをうろうろしているに違いない。
予想は当たった。ヘルガは露店に併設された東屋で、冷やした牛乳を飲んでいた。二本目であるらしい。
「あんまり飲むとお腹壊しますよ」
「ホ、ホイヤット殿、じ、自分、これはその」
ヘルガはなぜか動揺していたが、ホイヤットはあまり気に留めずヘルガの向かいに腰かけた。
「ちょっと話があるんです」
ホイヤットは、自分がこれからこの幻想詩連合でどのように動いていきたいと思っているかを話した。
土壌や水質の改善によって、領内の生産物の質を上げること。
美味しい作物や加工物、目を引く工芸品の情報を集め、求めるところに届けること。
またそれによって、他国が「荒らしたくない」と思う土地を増やすこと。
――これまで以上に、激戦の場には身を置かないこと。
「だからね、ヘルガさんが求めるような厳しい環境は、ワタシの周りには無くなると思うんです。ヘルガさん、どうしますか?」
ヘルガは、ぱちくりぱちくりと目を瞬いた。
まばたきを一つするたびに、言われた言葉の意味を飲みこもうとしているようだった。
「以前お聞きしたときは村を守るために村を離れたと言われ、そして今戦わぬための戦いをすると言われる、ホイヤット殿はいつも突飛な言葉同士をおつなぎになる…」
ぽつりぽつりこぼれ落ちるヘルガの言葉を、ホイヤットは黙って聞いていた。
やがて騎士の表情が、精彩を取り戻した。
ヘルガはホイヤットを見つめて言った。
「自分は、知力に秀でませぬゆえ、ホイヤット殿のお話を全て理解できているかわかりかねますが。それでも自分はまだホイヤット殿と一緒に在りたいと思います」
ホイヤットは、ヘルガの決断が意外であった。
「あなた、それでいいんですか? 修行とかきっとできませんよ?」
ヘルガの顔を見れば迷いが無いのは明らかではあったが、ホイヤットは問わずにはいられなかった。
ゴルゴン家を守るための己の研鑚を捨ててまで自分と共にいる意味が、ホイヤットには見出せなかった。
「自分にとっての修行とは、己を鍛え、守るべきものを守る力を得るためにするもの。これからホイヤット殿がなさることもまた守りの戦い、なればホイヤット殿に付き従うこともまた修行。そしてこの修行はホイヤット殿と共に在らねばできないことでありましょう」
おそらくこれでおさらばだろう。自分の考えに興味は向けないだろう。
ホイヤットはそう思っていた。しかしヘルガが一つ言葉を紡ぐたび、騎士に向けていた思いは侮りであり、杞憂であったと思い知らされた。
「自分は、ホイヤット殿と共に在り学ぶことが自分の修行であり、ゴルゴン家を守ることにつながると信じます」
涼やかに言い結んだヘルガ―今まではただの連れ合いだと思っていた少女を、ホイヤットは自分の戦力だと認めた。
ホイヤットは笑った。
「ワタシ、守るだけじゃなく、攻めますよ?」
「それも、武器を使わないものでありますな? どういったものかぜひ拝見させていただきたい!」
「まぁ、それはおいおいで」
話は終わったと、ホイヤットは立ちあがった。
「じゃあ、これからもよろしくお願いしますよヘルガ。あと、背を伸ばしたければ牛乳だけでなく肉も一緒に食べることです」
「ホホホ、ホイヤット殿、自分は背が低いことを気にしてなどは…!」
「あなたは嘘が吐けない人ですよヘルガ」
ヘルガの意思は確認できた。後はこの話をヘルガの所持者であるアイザック=ゴルゴンに通さねばならなかった。数日後ホイヤットはヘルガを伴い、ゴルゴン家を訪れた。
アイザックはホイヤットの話を聞くと、いつかとは逆にヘルガを中座させホイヤットに向き直った。
「…ヘルガのことはまず置いて、君のしようとしていることについて話をしてもいいか?」
「ええ、なんなりと」
「君はもう少し頭のいい人物に見えていたんだが」
「…愚かだと」
アイザックは、椅子に肘をついて上目遣いでホイヤットを見た。
「まず、君のやろうとしていることは内政干渉であり、ロードの領分だ。それを私に話すことで、芽を摘まれるとは考えなかったのか?」
「あー、考えませんでしたねぇ。アイザック殿のお庭綺麗でしたから、こういう話嫌いじゃなさそうに思ってたんで」
「…、重ねて言うがね、領土の土壌改善、生産物の品質向上はロードの仕事だ。そのロードの中には、階級のみに拘泥して民が力をつけることを好まない者もいる。そうした輩にとって君は、寝た子を起こす厄介な存在になる。そこをどう考える?」
「なるようになるんじゃないですかねぇ」
「どういう意味だ?」
「逆に言えば、善政を敷くロードなら、ワタシを受け入れてくれると思うんですよ。畑をもっと豊かにして山の実りを活かして、民をの暮らしを良くしようと思うなら。そういう領地は肥えるでしょう。怠慢なロードとの差は開いて、貧窮する民には不満が溜まります。そのときに口利きがあればいいんです『困っているようだが動けるヤツを派遣しようか』って」
「…、次だ。君の目線にはロードの視点が含まれていない。生産の豊かな土地は邪な目を惹きやすい。しかし君は土地を荒らす戦法を取るなと言う。これではロードに矢面になれ、そして戦いはロードだけでやれと言っているようにも聞こえるが?」
「ああ、言ってますね」
「それを正面から言われて飲む人間がいると思うか?」
「飲まない人間にはそれと気づかせない飲ませ方をしますよ。それに実りは財であり、財で軍備を整えることだってできる。それすら嫌がるなら上になんて立たない方がいい」
「豊かさや文化の有無に関わらず、討ち払えればそれでいいという人間には? 他勢力であればなおのこと、無法な行いがなされることもあるだろう」
「であればその頭が撃たれるよう動きます。交渉が決裂するなら、不利益を最小限に抑える行動を取るしかない」
「農産物や工芸品を生まない土地が、優先的に荒らされるようになると思わないか?」
「それは…」
ホイヤットは初めて言葉に詰まった。しかし、ぐいと眉根を寄せて踏みとどまった。
「そういう土地には、なんとか技術の融通があるよう便宜をはかります。地政的に、経済的に、その地域の力が弱いことが不安要素になる隣接区域は必ずあるはずです。そこに話をもちかけて、引き上げます。絶対に」
「最後だ。君は何のためにそこまでするんだ?」
「そうですねぇ…」
ホイヤットはぼりぼりと頭を掻いた。ううんと首をひねる。
「本当のところはワタシ、毎日美味しいものを気兼ね無く食べたいだけかもしれませんねぇ」
でへへ、とホイヤットは締まりなく笑った。アイザックはなるほど、と口のなかでつぶやき、それを紅茶で飲み下した。
「…チーズと彫金」
「はい?」
アイザックは身を正してもう一度言った。
「チーズと彫金、これがうちの交易材料だ。一方で革製品が欲しい」
「は、はぁ、あのそれって」
ホイヤットは目を白黒させながら聞いた。
「応援していただけると?」
「勘違いするな、事実を言ったまでだ」
「はぁ」
アイザックは、ホイヤットが義のみで己を語るなら聞くだけ聞いて手ぶらで返そうと思っていた。だがこのどことなく食えない魔術師は、最終的には私欲だと言った。そこが良かった。
彼の挑戦が実を結ぶかどうかは未知数であり、どちらかといえば頓挫の可能性が高いだろう。しかし、少量の水をやってみるのも悪くないとアイザックに思わせた。
「どちらも西の倉庫にいくつか貯蔵がある。ヘルガが持っていくなら私は何も言わない」
「あ、ヘルガさん、そちらに返さなくていいです?」
「もしヘルガが部隊の所属変更を求めることがあれば聞いてやってくれと、私から前線の諸侯には口を利いておこう」
「あー、そういう話し方ですよね、うんうん」
「君の契約は今どうなっているんだ?」
「西南はドコイの村を治める男爵付き、ということになってます。ワタシがあまりにも働かないから薄給で放逐されてますが」
「よく魔術師協会に差し戻されなかったな」
「そこも含めて、あの人は統治に興味が無いんですよ」
「その契約は残しておくんだな。何かあったときに、そこに火の粉が飛ぶ分には問題無いんだろう?」
「ええ全く」
責任の所在の確認によって、言外にアイザックは『そこまでの協力はしないぞ』と告げていた。ホイヤットはポリポリと頬を掻いた。一介の魔術師が、ロードの後ろ楯なくで動くには限界がある。もう少し肩入れしてくれる協力者を探さねばならなかった。
「アイザック殿、おまけで喋っていただける事実があったらおっしゃってほしいんですけれども」
アイザックは手のひらを上に向けた。『質問にするな、勝手に喋れ』ということだ。
「こういうことに興味のありそうなロードが、他にいたら嬉しいなぁ~」
「ふむ」
アイザックは顎に手をあて考えを巡らせた。
「…サンクトゥスのウィリア伯」
「ウィリア伯」
「薬草を用いた医術で知られる国だ。本人も園芸に造詣が深いと聞く。興味があるかはわからんが、植物に知識のある人間となら話が弾むそうだ」
「ありがとうございます、アイザック殿!」
着 任 決 定 。
破顔したホイヤットに、目を合わせずにアイザックは言った。
「ホイヤット殿、状況をわきまえた応対をもう少し磨かれよ。そして誰とどんな話をするか、よくよく吟味することだ。見誤れば喰われる乱世、それが今のアトラタンだ」
ホイヤットは静かに深く一礼し、アイザックの部屋を辞した。
こうしてホイヤットは、己の定めた道を歩き始めたのである。