憧れた話。

ロジキトヤシ①
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イフ@東都へ行こう @2_tnm

なんとなく、来るような気はしていたが。 「ヤシ、ヤシ、ご飯!」 「肉食いてえ」 突然訪れておいて、この物言いはなんだろうか。 「…………」 わかっている。 このカップルには、何を言っても無駄だと。 わかってはいる、が。 「……お前らほんま、ええ加減にせえよ……」

2015-03-13 17:17:03
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「チャーハン!」 「焼肉」 「チョコレート!」 「ステーキ」 「だあああうるさい! ここは食堂ちゃうぞ!」 目をキラキラさせて食べたいものを上げていくキトに、ごろごろしながら肉肉と連呼するロジ。 いつもそうだ。 突如押しかけて、ご飯を強請り、食べて、寝て帰る。 自由にも程がある。

2015-03-13 17:22:23
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「あんな、確かにいつでも来ていいって言うたけどな、それは雨風凌ぐためやったりとかな、そういう意味であって」 溜息まじりに告げる。 何ら意味のない行為だ。 「今日は晴天だね!」 「晴天だな」 この二人は、腹立たしいことに、最終的に俺が折れることをよく知っている。

2015-03-13 17:28:43
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「ヤシ、グラタン食べたい!」 「肉」 「キトちゃんは言うてることブレすぎやねん、おっさんは肉肉うるさい」 言いながら、冷蔵庫の中身を思い出す。 「ビーフシチューもいいなあ……」 「ああ、牛肉いいな」 「……わかったから、座って待っとれ」 いちいち突っ込んでいてはきりがない。

2015-03-13 17:36:08
イフ@東都へ行こう @2_tnm

チョコレートなど常備していない、チーズもない。 肉は人肉ならばあるが、それだけだ。 「あー……チャーハンかなあ……」 次々と材料を取り出し、まな板と包丁をさっと洗う。 あの肉食獣が、チャーハンの中の細切れの肉で満足するだろうか。 考えて、別で生姜焼きでも作るかと材料を追加した。

2015-03-13 17:42:22
イフ@東都へ行こう @2_tnm

玉ねぎと人参をみじん切りにしていると、背後から聞こえる楽しそうな声。 「ロジ、だめだよ、ヤシ怒っちゃうよ」 「怒らせとけばいいだろ」 「ふふ、だめだってば。やだ、脱がせないで」 「喜んでるくせに」 「キトの裸、ヤシに見られてもいいの?」

2015-03-13 17:50:11
イフ@東都へ行こう @2_tnm

ささっと手を洗い、蛇口をきつく締める。 きゅっという音が、後から追いかけてきた気がした。 「他人んちで何やっとんじゃこの非常識カップルが!」 躊躇わず部屋に踏み込み怒鳴り声を上げると、くすくすと笑う二人の姿。 「ほら怒った」 「汚さねえから」 「そういう問題ちゃうわあほ!」

2015-03-13 17:54:00
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「大人しく! 待ってろ!」 「やだロジ、怖い」 「怖いなあ」 「やかましいわ!」 鼻息荒く、台所へ戻る。 しかし、そのくらいの罵声で大人しくなる二人でもなく。 料理が出来上がるまで、上機嫌な二人の話し声をずっと背中に受けることとなった。

2015-03-13 18:02:26
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「はい、お待ち。……なんや一気に疲れたわ」 壊れそうで壊れない箱のテーブルにお皿を乗せていく。 「チャーハンだー!」 嬉しさからぴょんぴょんと跳ねるキトに、溜息のような微笑みが漏れる。 「キトちゃん、危ないからちゃんと座り」 「ヤシ、肉が薄い」 「おっさんは文句言うな」

2015-03-13 18:07:24
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「ヤシって可愛い女の子には甘いよね」 「自分で可愛いって言うあたりがさすがキトちゃんやな」 「ロジがいつも言ってくれるから」 「言ってねえよ」 惚気を聞かされる、これもいつものこと。 そのマイペースさに唖然とし、呆れて、けれど最後は笑いに行き着く。 そういう二人だった。

2015-03-13 18:19:02
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「ヤシは恋人作らないのー?」 チャーハンを頬張りながら、キトが首を傾げる。 「んー、そうやなあ……」 「作らないというか、できないんだろ」 にやにやと笑うロジの言葉を黙殺し、想像する。 今の生活に、恋人。 「……いやー……、いらんなあ」

2015-03-13 18:35:10
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「いらない?」 「うん、だってめんどくさいし……。わざわざ特別を作ったって、ここでは何にもならんやろ」 ここで出会う、素性の知らない賑やかな女。 その恋人を大切に扱い、衣食住を工面する自分。 「ないわー」 何度想像しても、ぞっとした。

2015-03-13 18:40:38
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「うーん、ヤシはねえ」 キトが笑う。 「完璧主義者なのかもね」 「……、そんなことないと思うけど」 眉をひそめると、そんなことあるだろ、とロジも笑った。 「色恋に完璧なんてねえんだ、そんなもんに拘ってると永遠に一人だぜ」 「そーだよー、難しく考えなくていいと思うよ?」

2015-03-13 18:50:32
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「……でもさあ、付き合うってことは、色々、責任ってもんがあるやん」 渋い顔で言うと、馬鹿にしたようにロジが笑った。 「真面目だねえ」 「はあ? お前らが不真面目すぎるだけやろ」 じろりと睨み、そう返す。 キトが何とも言えない表情で自分を見つめていた。 「……なんやねん」

2015-03-13 19:15:47
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「他の人たちの前でも、そのくらい素でいられればいいのにねえ」 そう言って、お茶を一口。 言葉に詰まった。 「お前、あれだろ。自分と付き合う相手が可哀想だとか思ってんだろ」 「……、そんなん思ってへんし」 「自分のことが好きじゃない、幸せにしてやれない、責任が取れない」

2015-03-13 19:24:43
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「好きなのに責任が取れない自分のことが嫌い、以下延々ループ」 「ヤシってほんと真面目だよねえ」 ごちそうさま、とキトが両手を合わせた。 米粒ひとつ、残されていないお皿。 「でも嫌われるのは嫌だから、そんな自分を押し隠す。違うか?」 「…………」

2015-03-13 19:30:18
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「みんなね、ヤシに幸せにしてもらおうと思って近付いてきてるわけじゃないんだよ。責任取ってほしいわけじゃないんだよ」 わかってる、と思った。 そんなことは。ずっと昔から。 「側にいて、お話しするだけでいいんだよ」 それでも、幸せにしたかった。

2015-03-13 19:37:14
イフ@東都へ行こう @2_tnm

自分にできることを、常に探していた。 本当に誰かのためにできることなど、数少ないのだと知った。 そんな自分が情けなかった。恥ずかしかった。 見られたくなかった。 「自意識過剰なんはわかってる、でも」 何度繰り返したって。 「無理や。……なんもできひん俺なんか、いつか見放される」

2015-03-13 19:43:15
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「だから最初から遠ざけるのか?」 焦げ茶の瞳に見つめられる。 「お前が一方的に好きなだけなら問題はねえだろうけどな。もし、お前が大嫌いなお前自身のことを、好きだってやつが現れたら」 言葉の続きを、キトがさらう。 「ちゃんと向き合わなきゃ、だめだよ」

2015-03-13 19:48:25
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「好きだって伝えなきゃ。行かないでって縋らなきゃ」 「そんな怖いこと」 「怖くても。言わなきゃ伝わんないよ」 「伝わらんくてええやん、何もなくてええやん」 「だめだよ」 力強い言葉に、怯む。 「……なんで」 怖々と、問うた。 キトがゆっくりと微笑む。 「相手がそれを望んでるから」

2015-03-13 19:52:47
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「……なんでそんなんわかるん」 目を伏せ拗ねたように呟く。 「ヤシにはわかんないの?」 「馬鹿だからな、仕方ねえだろ」 「…………」 黙り込むと、キトが覗き込むようにして目を合わせてきた。 「ヤシが不幸にすることが、相手にとっての幸せだったりするんだよ」

2015-03-13 19:56:12
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「意味わからん。なにそれ」 顔を背け、食器を片付けていく。 「なんでそないなこと言いきれるん。そんな奴が、現れるかどうかもわからんのに」 立ち上がり、台所へ。 蛇口をひねりお湯を出し、食器の汚れを落としていく。 ふと振り向くと、ロジとキトは、二人して自分を見つめていた。

2015-03-13 20:00:16
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「わかるよ、だって」 二人が目を合わせ、笑う。 「私たちが、そうだったから」 その言葉に、何も言わず、何も言えず。 ただ、お湯がシンクを打ち付ける音だけが響いていた。

2015-03-13 20:01:50