- misonikomioden
- 1812
- 0
- 0
- 4
左端がエイドリアンファベル氏。真ん中が中ザワ氏。右がキヨコミツヤマ氏 pic.twitter.com/vLuAjv5lZr
2015-02-11 19:47:10中ザワさんがヨーロッパ遠征でベルリン・ロンドン・パリでトークした時の様子を聞いています RT @misoni_2013: ロンドンのトーク模様 pic.twitter.com/1x0feRtNIy
2015-02-11 19:48:04パリのトークは日本研究者の強者が集まってたので、質問が大変高度。 また日本でも教えてた経験があり、石井香恵のことも知っていた
2015-02-11 19:51:36日本の美術の通史を書いた本として、実は針生、千葉、椹木に続く第四作目がここに。(中ザワは第五作?) ミカエルリュウケンによる「20世紀の日本美術-同化と差異の軌跡」 pic.twitter.com/XpqkuqN7bt
2015-02-11 19:53:31写真にあるシャーリーさんは、このあと一年ほど日本に調査にくる。内容はフクシマが日本の美術に与えた影響を調べに来るそうだ。 来年度の中ザワ講義にお招きしたいとも考えている
2015-02-11 19:55:38菊畑茂久馬によりミカエルリュウケン著「20世紀の日本美術」レビューが書かれている。aloalo.co.jp/nakazawa/2015/…
2015-02-11 19:56:56自分の事を英語で話すことはできても、英語できた質問を理解することが難しく、そこでフランス語を話すリュウケンが英語を日本語に訳してくれて理解の手助けをしてくれた
2015-02-11 19:58:22リュウケンは「造形芸術は…こうした抵抗のもっとも活発な場となった」と書くが、それが激しかったのは戦前。それもあり、彼は戦前美術の研究者ではないかと思う
2015-02-11 20:00:03西欧の洋画に「対抗」する形で「日本画」を成立させた つまり西欧に対するアンチテーゼとして日本画が作られた、と日本独特の弁証法メカニズム、と。
2015-02-11 20:01:25菊畑茂久馬によるレビューは西日本新聞なので「我ら地元福岡が生んだ九州派にかなりの論を費やしている」と書き、「九州派も世界的になったと嬉しくなった」と記述している
2015-02-11 20:05:31リュウケン著「20世紀の日本美術」の帯には 「日本はかつて中国との差異を入念に作り上げることによってその古典となる文化を形成したが」とあるが、これは江戸期の国学を指していると思う。 それが明治になって中国が西洋となった
2015-02-11 20:07:27第4章に大戦下の芸術家とあるが、リュウケンは河田明久と師匠が同じ同門で切磋琢磨した仲では。なので彼と同じ考えが書かれてると思う。 また河田は確か、新芸術校で先生として呼ばれていると思う
2015-02-11 20:10:40