提督代行 加賀:其の九 終 願い

加賀は赤城に二つの報告をする。そして、それは大きな決断が伴うものだった。
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猫を愛でる加賀@猫航戦 @love_cat_Kaga

(前回までのあらすじ 深海凄艦を率いた「加賀」の撃退に成功したものの、その損害は大きく、赤城は重症を負ってしまう)

2015-04-05 03:29:11
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集中治療室を前にして、私は深く息をついた。 工廠やドックと異なり、何度訪れてもここの独特な緊迫感に慣れない。 艦娘であっても、艤装によらない損傷は人間と同様の治療が施される。 そして、戦場で受けるその多くは重症だった。 失明したあの子と最後に会ったのも、この場所だった。

2015-04-05 03:29:33
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遠慮がちに戸を叩き、静かに名乗る。相手が返事を返せない事は分かっているので、返事を待たずに静かに部屋に入る。 畳敷きの部屋は殺風景で、窓際の一輪挿しに活けられた花以外は白一色だった。 赤城さんは仰向けで布団に入っていて、視線だけを私に向けた。

2015-04-05 03:33:55
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生命維持装置のマスクと配線で口元は隠れていても、目元が微笑んでいる。 何かを言いたげに肩で息をするも、うまく言葉にならない。 先の戦闘で加賀型空母に射抜かれた心臓と肺は、やはりドックでは修復できなかった。 心肺機能の低下は止まったものの、出撃はおろか、最早自力で歩く事も叶わない。

2015-04-05 03:34:07
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いつだったか、赤城さんから過去の記憶の話を聞いたことがあった。 あの日、爆撃を受けて飛行甲板は用を成さず、船体は無残に引き裂かれた。一片も残らぬほどに打ち砕かれた一航戦の誇りと共に、光すら届かない深海に沈んでいった。 何も見えず、何も聞こえない、冷たい深海。

2015-04-05 03:34:16
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己が無力さに歯軋りし、惨めな思いに身を押しつぶされながら、その記憶は闇に溶けていった。 それから、艦娘として私達は再会した。戦う為に生まれ変わったのだと息巻く姿は、悠然としていて美しかった。 この人にとって単に僚艦でしかないとしても、常にその片割れで居続けよう、と私は心に誓った。

2015-04-05 03:34:52
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「お邪魔します、赤城さん。今日は……二つの、とても大事はお話があって来ました」 仰向けの赤城さんの脇に正座し、努めて静かに告げた。 持っていた小箱を差し出し、上側を引き開ける。 小箱には、白銀の指輪が収められていた。

2015-04-05 03:36:31
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艦娘の能力を限界以上に引き上げるための制御媒体は、携帯性を追求した結果、指輪という形にたどり着いた。 「作戦司令部から提督の使いがありました。これを、貴女にと」 以前から支給対象を選定する旨の指示が出ていたが、提督代行の権限により、私が長らく保留にしていたものだった。

2015-04-05 03:37:26
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今の赤城さんが着用すれば、身体能力が大幅に強化され、生命維持装置は不要となる。 出撃こそ出来ないものの、自力で歩き、自由に話し、笑う事ができる。 一方で、艦娘にのみ作用する指輪は、退役して人として生きる選択肢を消し、戦えない艦娘として生きる事を永遠に運命づける呪いでもあった。

2015-04-05 03:37:37
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私の意志で提督に請求しておきながら、赤城さんにどう説明すべきか、未だに言葉を持ち合わせていなかった。 言葉を続けられないでいると、赤城さんの手が私の膝に添えられた。 「あなたを……しんじるわ……」

2015-04-05 03:38:11
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恐らくは影が差しているであろう私の顔に、一分の迷いもない視線が向けられる。 消え入りそうなほどにか細い声に、胸が苦しくなった。 「でも……」

2015-04-05 03:38:44
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うろたえる私に、静かに首を横に振ってみせる。 私が指輪を差し出した事で、赤城さんには全てが分かったのだろう。 その指輪によって、生きながらえるという事を。 武人として生まれながら、戦えぬ身として生き恥を晒す事を。 そうだとしても、貴女に生きていてほしいと私が願っている事を。

2015-04-05 03:38:53
猫を愛でる加賀@猫航戦 @love_cat_Kaga

指輪の事を話さなかったなら、生命維持装置を止めてほしいと頼まれる覚悟を、私はしていた。 呼吸すらままならない形だけの状態で七日間過ごすうちに、きっとそう思ったはずだから。 正規空母の赤城という人は、そういう人だから。

2015-04-05 03:39:18
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静かに息を吐き、小箱から指輪を取り出す。 薄暗い部屋で鈍い光を宿すそれを、私の膝に添えられた指にそっと通す。 その手が私の手をそっと握り、私も握り返した。 指先から伝わる拍動は弱々しく、とても冷たかった。

2015-04-05 03:39:31
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薄暗い部屋の中で、どれくらいそうしていただろうか。 いつしか赤城さんの手は温もりを取り戻していて、生命維持装置は諸々の正常な値を示していた。 赤城さんは空いた片手でマスクを外すと、静かに深呼吸した。 「不思議ね。声も出せないくらいに苦しかったのに、なんともないのよ」

2015-04-05 03:39:56
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馴染みのある凛とした声は、しっかりとした生気を感じられるものだった。 「よかった……」 深く息を吐き、胸を撫で下ろした。 「ありがとう、加賀さん。それと、ごめんなさい。心配させてしまって」 「いえ、元はといえば私が―――」 加賀型空母が赤城さんを射抜く姿が脳裏を過ぎる。

2015-04-05 03:40:49
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「……あの空母はどうなりましたか?」 赤城さんの笑顔が真剣な表情に変わる。 「無力化した後、拿捕しました。得られるだけの情報を得た後に、処分を」 最終的には、伊勢の手により打ち首となった。 自分自身を殺すような心苦しさもあり、青いたすきだけは先に回収しておいた。

2015-04-05 03:40:59
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「……そうでしたか。それで、得られた情報というのは?」 少し言葉に詰まったが、もう覚悟は決まっていた。 「大事なお話というのは、一つは指輪の事で……もう一つが、その情報の事です」

2015-04-05 03:41:28
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赤城さんは私の手を借りてゆっくりと起き上がり、布団の上で正座した。 薄暗い部屋の中で私達は向かい合った。 「現在、敵艦隊の主力の一部が当鎮守府に向けて侵攻しています。件の加賀型空母は、その先遣隊でした」 「敵の編成は?」

2015-04-05 03:41:58
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「機動部隊の主戦力として、空母凄姫、加賀型空母一番艦および二番艦」 「え……」 「本隊として、戦艦水鬼、戦艦凄姫、大和型戦艦一番艦および二番艦。以下、高速戦艦、重巡等の各艦種が揃っています」 血の気が戻ったはずの赤城さんが、再び青ざめる。

2015-04-05 03:42:09
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「艦娘と深海凄艦の連合艦隊が、当鎮守府および大本営に向かっています。迎撃のため、これから私も出ます」 「そんな……」 肩を落とした赤城さんは、それ以上の言葉が続かなかった。 「赤城さんは間宮さん達と共に山の里へ避難してください。それが、もう一つの大事なお話です」

2015-04-05 03:42:31
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いつもそうしてきたように、無表情に言い切る。 「私に、海から離れろ、と……」 「最早勝負にならない程の戦力差ですが、多少の時間稼ぎくらいは出来ます」 赤城さんの震える声を聞いても、既に覚悟を決めていたからか、私はどこか落ち着いていられた。

2015-04-05 03:43:05
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軍艦であれ、艦娘であれ、戦うために生まれたのだから、戦地に散る事は自然な事だと思う。 私には、それを奪う事の方が罪深いとさえ思えた。 「……分かりました。この指輪が提督からのものだと聞いた時に……覚悟はしていましから……」

2015-04-05 03:43:44
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それ故に、唇をかみ締めて声を押し殺す赤城さんを見ていると、暗い気持ちになってしまう。 「ここでお別れです。来世では……どんな姿で逢えるかしら」 感情表現が下手でよかったと思う。心の揺らぎが顔に出ず、声も震えないのだから。

2015-04-05 03:44:00
猫を愛でる加賀@猫航戦 @love_cat_Kaga

「加賀さんはずるいです……」 私もそう思います。 「五航戦の子達に懐かれて複雑な気持ちなのに、いつも無表情で……」 そんな事もありましたね。 「飛龍にお酒を飲まされたり、酔い潰れた蒼龍の介抱をしていても顔に出なくて……」 お花見の時だったかしら。酷い目に遭いました。

2015-04-05 03:44:10