太宰治の短編「きりぎりす」Twitter連載

「ITmedia 名作文庫」の太宰治アカウントで連続ツイートした短編「きりぎりす」をまとめました。
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ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

太宰治の「きりぎりす」をこのTwitterアカウント上で連載していきます。1940年11月号の「新潮」に発表された短編です。

2015-04-21 12:01:15
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

おわかれ致します。あなたは、噓ばかりついていました。私にも、いけない所が、あるのかも知れません。けれども、私は、私のどこが、いけないのか、わからないの。私も、もう二十四です。このとしになっては、どこがいけないと言われても、私には、もう直す事が出来ません。

2015-04-21 12:05:15
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

いちど死んで、キリスト様のように復活でもしない事には、なおりません。自分から死ぬという事は、一ばんの罪悪のような気も致しますから、私は、あなたと、おわかれして私の正しいと思う生きかたで、しばらく生きて努めてみたいと思います。私には、あなたが、こわいのです。

2015-04-21 12:10:17
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

きっと、この世では、あなたの生きかたのほうが正しいのかも知れません。けれども、私には、それでは、とても生きて行けそうもありません。私が、あなたのところへ参りましてから、もう五年になります。十九の春に見合いをして、それからすぐに、私は、ほとんど身一つで、あなたのところへ参りました。

2015-04-21 12:15:23
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

今だから申しますが、父も、母も、この結婚には、ひどく反対だったのでございます。弟も、あれは、大学へはいったばかりの頃でありましたが、姉さん、大丈夫かい? 等と、ませた事を言って、不機嫌な様子を見せていました。

2015-04-21 12:20:16
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

あなたが、いやがるだろうと思いましたから、きょうまで黙って居りましたが、あの頃、私には他に二つ、縁談がございました。

2015-04-21 12:25:14
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

もう記憶も薄れている程なのですが、おひとりは、何でも、帝大の法科を出たばかりの、お坊ちゃんで外交官志望とやら聞きました。お写真も拝見しました。楽天家らしい晴れやかな顔をしていました。これは、池袋の大姉さんの御推薦でした。

2015-04-21 12:30:45
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

もうひとりのお方は、父の会社に勤めて居られる、三十歳ちかくの技師でした。五年も前の事ですから、記憶もはっきり致しませんが、なんでも、大きい家の総領で、人物も、しっかりしているとやら聞きました。

2015-04-21 12:35:14
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

父のお気に入りらしく、父も母も、それは熱心に、支持していました。お写真は、拝見しなかった、と思います。こんな事はどうでもいいのですが、また、あなたに、ふふんと笑われますと、つらいので、記憶しているだけの事を、はっきり申し上げました。

2015-04-21 12:40:23
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

いま、こんな事を申し上げるのは、決して、あなたへの厭がらせのつもりでも何でもございません。それは、お信じ下さい。私は、困ります。他のいいところへお嫁に行けばよかった等と、そんな不貞な、ばかな事は、みじんも考えて居りませんのですから。

2015-04-21 12:45:23
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

あなた以外の人は、私には考えられません。いつもの調子で、お笑いになると、私は困ってしまいます。私は本気で、申し上げているのです。おしまい迄お聞き下さい。あの頃も、いまも、私は、あなた以外の人と結婚する気は、少しもありません。それは、はっきりしています。

2015-04-21 12:50:16
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

私は子供の時から、愚図々々が何より、きらいでした。あの頃、父に、母に、また池袋の大姉さんにも、いろいろ言われ、とにかく見合いだけでも等と、すすめられましたが、私にとっては、見合いもお祝言も同じものの様な気がしていましたから、かるがると返事は出来ませんでした。

2015-04-21 12:55:13
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

そんなおかたと結婚する気は、まるっきり無かったのです。みんなの言う様に、そんな、申しぶんの無いお方だったら、殊更に私でなくても、他に佳いお嫁さんが、いくらでも見つかる事でしょうし、なんだか張り合いの無いことだと思っていました。

2015-04-21 13:00:55
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

この世界中に(などと言うと、あなたは、すぐお笑いになります)私でなければ、お嫁に行けないような人のところへ行きたいものだと、私はぼんやり考えて居りました。丁度その時に、あなたのほうからの、あのお話があったのでした。ずいぶん乱暴な話だったので、父も母も、はじめから不機嫌でした。

2015-04-21 13:05:12
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

だって、あの骨董屋の但馬(たじま)さんが、父の会社へ画を売りに来て、れいのお喋りを、さんざんした揚げ句の果てに、この画の作者は、いまにきっと、ものになります。どうです、お嬢さんを等と不謹慎な冗談を言い出して、

2015-04-21 13:10:19
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

父は、いい加減に聞き流し、とにかく画だけは買って会社の応接室の壁に掛けて置いたら、二、三日して、また但馬さんがやって来て、こんどは本気に申し込んだというじゃありませんか。

2015-04-21 13:15:28
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

乱暴だわ。お使者の但馬さんも但馬さんなら、その但馬さんにそんな事を頼む男も男だ、と父も母も呆れていました。でも、あとで、あなたにお伺いして、それは、あなたの全然ご存じなかった事で、すべては但馬さんの忠義な一存からだったという事が、わかりました。

2015-04-21 13:20:23
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

但馬さんには、ずいぶんお世話になりました。いまの、あなたの御出世も、但馬さんのお陰よ。本当に、あなたには、商売を離れて尽くして下さった。あなたを見込んだというわけね。これからも、但馬さんを忘れては、いけません。

2015-04-21 13:25:18
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

あの時、私は但馬さんの無鉄砲な申し込みの話を聞いて、少し驚きながらも、ふっと、あなたにお逢いしてみたくなりました。なんだか、とても嬉しかったの。私は、或る日こっそり父の会社に、あなたの画を見に行きました。その時のことを、あなたにお話し申したかしら。

2015-04-21 13:30:44
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

私は父に用事のある振りをして応接室にはいり、ひとりで、つくづくあなたの画を見ました。あの日は、とても寒かった。火の気の無い、広い応接室の隅に、ぶるぶる震えながら立って、あなたの画を見ていました。あれは、小さい庭と、日当たりのいい縁側の画でした。

2015-04-21 13:35:10
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

縁側には、誰も坐っていないで、白い座蒲団だけが一つ、置かれていました。青と黄色と、白だけの画でした。見ているうちに、私は、もっとひどく、立って居られないくらいに震えて来ました。この画は、私でなければ、わからないのだと思いました。

2015-04-21 13:40:25
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

真面目に申し上げているのですから、お笑いになっては、いけません。私は、あの画を見てから、二、三日、夜も昼も、からだが震えてなりませんでした。どうしても、あなたのとこへ、お嫁に行かなければ、と思いました。

2015-04-21 13:45:33
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

蓮葉な事で、からだが燃えるように恥ずかしく思いましたが、私は母にお願いしました。母は、とても、いやな顔をしました。私はけれども、それは覚悟していた事でしたので、あきらめずに、こんどは直接、但馬さんに御返事いたしました。

2015-04-21 13:50:19
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

但馬さんは大声で、えらい! とおっしゃって立ち上り、椅子に躓いて転びましたが、あの時は、私も但馬さんも、ちっとも笑いませんでした。それからの事は、あなたも、よく御承知の筈でございます。

2015-04-21 13:55:13
ITmedia 名作文庫 太宰治 @itm_dazaiosamu

私の家では、あなたの評判は、日が経つにつれて、いよいよ悪くなる一方でした。あなたが、瀬戸内海の故郷から、親にも無断で東京へ飛び出して来て、御両親は勿論、親戚の人ことごとくが、あなたに愛想づかしをしている事、お酒を飲む事、

2015-04-21 14:01:12
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