【ある５月１８日の光景】

シャル819 @char819

【ある５月１８日の光景】

シャル819 @char819

戦いは続く。いつ終わるとも知れぬ戦い。今日も深海棲艦と激戦を繰り広げ、押し返し、艦娘たちが鎮守府へと帰ってくる。二度目の生。二度目の戦い。この意識は誰のものだろうか。この生命の正体はなんだろうか。かつての水底の記憶が、今は遠く感じる。それこそが、命の証明なのだろうか。 1

シャル819 @char819

いつ生まれ、どこから来て、どこに行くのか。命あるものに問われ続ける疑問。道具として艦艇として、多くの人々を乗せて海を駆け回っていた時にはそんなことは考えたこともなかった。時に誰かが去り、時に誰かが来て、戦いとなれば二度と戻らぬ者も多い。そして最期は、もろとも海の底だ。 2

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それでも、自分は長く戦えた方だったはずだ。奇跡の駆逐艦と呼ばれ、呉の雪風と並ぶ生存艦と称された。あの海峡の死闘でも生き残った。だが、そんな自分にも最期は来た。そして今に至る。もう誰も居ない。ただそこに自分がある。艦ではない、個人として。自分たちは一人の存在としてここにいる。 3

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戦いの合間、自分たちの待機する鎮守府はいつも慌ただしい。白露がどこかに用があるのか寮や鎮守府内をバタバタと走り回り、夕立が面白がってその後を追う。村雨と春雨が、遠巻きにそれを眺めて微笑んでいる。騒がしいが緊張感はない、穏やかな光景。まるで戦いが嘘のようだ。 4

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不意に疑問に思う。ここはどこなのだろうか。自分はなぜ、ここにいるのだろうか。考えても答えが出ないことなど知っている。自分の居場所は、ここでいいのだろうか。誰も答えてくれるものなどいない。あの頃と違い、自分はただ一人、自分だけで意志を持っている存在なのだ。 5

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そして今日も出撃する。鎮守府近郊の潜水艦を追い払う任務だ。潜水艦にはいい思い出はない。数隻撃破するがまだ残っている。水面に目を凝らすと、深く暗い闇が心の中へと染みこんでくる。「危ないっぽいっ！」夕立の声に正気を取り戻すが、少し遅い。海上の白線はもうすぐそこだ。そして、爆発。 6

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音が消える。目の前が真っ白になる。あの時と違い、思考も自分けだけのものだけだ。自分はもう一度沈むのだろうか。遠くなる意識の中、そんなことを考える。失望がゆっくりと湧き上がるが、これは、なにに対する失望なのだろうか。死ぬこと？蘇ったこと？それとも……。 7

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無の中から、いつかの思い出が蘇る。精一杯に飾り立てられて、万感の想いを受けて、海へと送られ、進んでいく光景。これから自分とともに運命をする人々、これまで自分を造ってきた人々、特に自分と直接関わることはなくても、なにかの想いを託す人々。これが、今の自分を創ったのだ。 8

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いくつかの栄光。幾重の悲劇。全てはあの日からはじまった。だがそれらも終わり、僕もまた永き眠りの淵にあった。だがなんの因果だろうか、もう一度、僕はなにかを護ることができるようになった。僕はもう沈まない。僕が手に入れたのは、新しい、護るべき未来だったんだ。 9

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意識が戻る。傷は浅い。目の前に心配そうな夕立の顔がある。「大丈夫っぽい？」「なんとかね」体勢を立て直し、水面に蠢く潜水艦の影に目をやる。揺れる波間に黒い姿を捉える。「見つけたよ！」その影に向かい、爆雷を放出する。僕は、僕が護りたいものを護るために、戦う。 10

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いくつかの爆発が起こり、やがて静かな水面が帰ってくる。「終わった、かな？」「どうやらのようね」「これで一安心、かな」艦載機で周囲の様子を確認していた山城と最上も寄ってきて、状況を確認する。蠢く影はもういない。ひとまず、今日も戦いは終わったらしい。 11

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「しっかし、誕生日なのに派手にやられたわね」「誕生日？」「進水日、今日じゃなかったっけ？」「……ああ、そうだったね」二人に言われて、今日がその日であることを思い出す。だから、あんな夢を見たのだろうか。 12

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「帰ったら素敵なパーティしましょ！」「そんな、いきなりじゃ準備できないんじゃないかな……」「その点なら心配いらないよ。金剛さんのパーティーの分を分けてもらえばいいさ」「そういえば彼女も今日だったわね」「英国式はどんな光景だったのかな」「パーティーならなんでもいいっぽい！」 13

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笑い合いながら、僕たちは帰路へと着く。僕がもう一度生まれた理由は、案外、こういう日々を護るためなのかもしれない。 14

シャル819 @char819

【５月１８日の光景】 ―終わり―