もう一度、あの人間の女の歌を聞きたい。それが果たせるなら、どんな事でもやってみせよう。彼の正直な願いはもう二度と叶わないのです。
2015-06-08 19:39:37龍は枯れることなく湧き出る悲しみに沈んでしまい、身動き一つせずにいました。そうして思い出の中にいる彼女の歌声に耳を傾け続けました。何日も何日も。
2015-06-08 19:42:19思い出の歌声に浸っていると、ふと、違う調べが聞こえていることに気が付きました。彼女に似た歌声と少し違う調べが聞こえてきたのです。
2015-06-08 19:46:16龍は声がする方へ首を回そうとしましたが、とても窮屈にかんじました。驚いたことに、たくさんの太い木の根が伸びて彼の体を包み込むように覆っていたのです。
2015-06-08 19:49:07龍はあまり木の根を千切らないようにと思いながら少しずつ首と身体を捩って歌声の方を向きました。龍の驚異的な聴力で、声の主が彼女の血縁者だと分かりました。
2015-06-08 19:52:29木の根に気を使った甲斐はあまりありませんでしたが、それでもそろりそろりと巣穴から這い出した龍は歌声に向かって飛び立ちました。
2015-06-08 19:54:35龍は高い空を少しでも陽気に見えるように飛び回りました。くるくる回ったり、丸やクローバーの形を描きながら、少しずつ降りていきました。人間を怖がらせないためでした。
2015-06-08 19:57:21ほとんどの人達は龍を見るのは初めてでした。ただ、話に聞いていた龍とは随分違うなあと首を傾げていました。だって、龍は大きな吠え声をあげながら突然炎を吐いて襲い掛かってkくるものだと思っていたからです。
2015-06-08 20:00:19歌声の主は、かつて彼女が立っていた小さな丘の上で歌いながら龍を見つめていました。 龍は彼女を吹き飛ばさぬ様に静かに丘の麓に降り立ちました。
2015-06-08 20:07:53「夢みたい!本当にこんなに大きな龍が飛んで来るなんて!素敵!!」新しい歌声の主は叫びました。『お前はあの女の血筋の者か?』龍が尋ねました。「あの女?それはきっと、私のひいおばあちゃんのひいおばあちゃんのことね!」その言葉を聞いて龍はきがつきました。
2015-06-08 20:17:12人間の命はとても頼りない弱々しく死を逃れることは出来ないが、それを乗り越えて受け継がれていくものがあるのだ。彼女の新しい歌声がそれを教えてくれた。私がなすべきは死を悲しみ続けることではなく、受け継がれる命を見守ることなのだ。
2015-06-08 20:22:15「龍を呼ぶから、ここでこの歌を歌っちゃいけないって言われていたんだけど、私は龍を見たかったの。だから何度も歌の練習をして今日初めて歌ったのよ。あなたに会えてとても嬉しいわ!来てくれてありがとう!」龍は微笑みながら『私も彼女のひ孫のひ孫に会えて嬉しいよ。』と答えました。
2015-06-08 20:26:11「分かったわ、頑張って歌うね!」彼女の歌声を聴きながら、龍は目を閉じて記憶の中の彼女に言いました。『私は君が残してくれた素晴らしいものに感謝して、それを見守ろう。ありがとう私は悠久の時間の中で生きる目的に出会えた』彼女は微笑みながら答えました。
2015-06-08 20:31:36「あなたの言うことはいつも難しくて私にはよく分からないけど、あなたが幸せなら私も嬉しいわ。ありがとう」汲んでも汲んでも渇れずに溢れていた悲しみはすっかり消えていました。歌声に耳を傾ける龍の心からは喜びが溢れ出ていました。
2015-06-08 20:36:15