ハッピーバースデー・フロム・ヘル【短編】

ゴミ埋立地で誕生日プレゼントを探す幽霊の話です。 @decay_world はツイッター小説アカウントです。 実況・感想タグは #減衰世界 が利用できます
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――ハッピーバースデー・フロム・ヘル

2015-07-22 17:36:44
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一人の男がゴミの山を漁っていた。ここは帝都の海岸にある埋立地だ。カラスが何匹も舞い、蠅が飛び、異臭が立ち込める。帝都で生まれたゴミは海岸の埋め立てに利用され、さらに帝都の版図を広げる。帝都は地球で言えばイングランドほどの大きさのある巨大都市だ。 1

2015-07-22 17:41:44
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「ここにもない……ここにも……」 男……名をガイラという。ガイラは立ち入り禁止区域にも関わらず、巡回する見張りにも特に注意されない。彼は死霊であった。肉体はすでに滅んでいる。彼の体は靄のように揺らぎ、目には青い炎が灯っていた。彼は1ヶ月前に死んだ。 2

2015-07-22 17:48:14
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彼は仲の良い女友達のサーラに、誕生日プレゼントを贈るつもりだった。ガイラ自身はサーラを好きだったが、それを打ち明けることはなかった。付き合いの長さは恋の進展になんら影響しない。サーラ自身は気付いているかもしれなかったが、一歩を踏み出すことができなかった。 3

2015-07-22 17:52:37
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誕生日当日、プレゼントを持ってサーラの家に行く所だった。日が暮れた頃だった。ひょっとしたら勇気が出て、告白できるかもしれない。ガイラはそんな淡い希望も抱えながら道を急ぐ。運悪く、彼は通り魔に襲われ、荷物を奪われた。背中に鋭い痛み。ナイフは心臓に達していた。 4

2015-07-22 17:57:15
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ガイラは死霊となって現世に留まった。富裕層ならば教導院に頼んで蘇生してもらえることもあるだろう。しかし貧乏人のガイラには、その費用はあまりにも高すぎた。そして彼の親族もそうであったろう。帝都の人間はドライだ。常に危険に晒される日常で、自分を助けることに精一杯だ。 5

2015-07-22 18:01:36
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「おっ、今日もやってるねぇ」 ガイラに声をかけるものがいた。赤と青を基調とした作業服。金属のゴーグルが鈍く光る。「ロスドか、邪魔するな。俺は忙しいんだ」 ガイラは忌々しげに答える。ロスドと出会ってもう何日もたった。ロスドはこの埋立地の管理員の一人だ。 6

2015-07-22 18:06:25
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「見つかったかよ、プレゼント」 ガイラは目の奥に燃える炎を爆発させて答えた。「これからだ、これから見つかるんだ」 ガイラはロスドに自分の目的を話し、ロスドもそれを黙認した。実害もないと判断してくれた。ガイラは通り魔に奪われたプレゼントの行方を探して、この埋立地に辿りつく。 7

2015-07-22 18:10:50
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ガイラはそれ以降、この埋立地を漁り続けた。「どこかにあるはずなんだ……どこかに」 死霊の精神は妄執によって次第に単純化されていく。ガイラの目的はいまやプレゼントを探すこと、それだけになっていた。やがてその妄執の毒によって精神は崩壊していく。それは避けられない。 8

2015-07-22 18:14:15
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(プレゼントが見つかっても届けるすべもなく、蘇生できることもなく、無意味な行為にすぎないのに……) ロスドは瓦礫に腰をおろして、地面を掘り返すガイラを見ていた。悲しい妄執だろう。その進む先には何も待っていやしない。ロスドは最初は悲しく思っていた。 9

2015-07-22 18:17:34
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いつまでも、いつまでもガイラは作業を続けた。(熱意に負けるってやつか) ロスドはガイラのために、何かできることはないか考えた。自分も一緒になって地面を掘り起こすのは論外だ。愚直に同じことを繰り返すのは妄執だ。生きている人間は、もう少し冷静に、考えることができる。 10

2015-07-22 18:22:46
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ロスドはさりげなく質問する。「なぁ、お前の用意したプレゼントってどんなやつなんだ?」 「陶器の小さい人形だ。ウサギの形をしている。奮発して貴金属製にすればよかった……それなら捨てられることは……」 「俺も探してやるよ。簡単なスケッチをしてくれないか?」 11

2015-07-22 18:27:04
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ロスドはメモ帳を手渡して言った。ガイラはさらさらとスケッチする。「色は?」 「白だ。目が赤く塗ってある」 「大きさは?」 「5センチくらいだ」 大体の特徴を掴んだロスドは、笑って言った。「仕事の合間に俺も探すよ。早く見つかるといいな」 「ああ、ありがとう」 12

2015-07-22 18:33:52
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実際に探すわけではない。ロスドは仕事が終わった後、業者の工房を秘密裏に尋ねた。「すみません小物の陶器の人形を作ってほしいのです。仕様はこんな感じで」 ある日、ロスドはいつものように埋立地に向かった。ガイラは今日もゴミを漁っていた。その背中を確認し、先回りをする。 13

2015-07-22 19:55:05
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そして、何食わぬ顔で再びガイラの前にやってきた。「今日も頑張っているな。感心するよ。なぁ、プレゼントが見つかったらどうする?」 ガイラは手を止めてじっと地面を見つめた。そして再びゴミ漁りを始めて言う。「分からない……その時が来たら考えさせてくれ」 14

2015-07-22 20:00:34
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ロスドは少し残酷なことをしてしまったような思いがした。黙ってガイラの後ろ姿を見つめる。やがてその時が来た。ガイラはしばらく進んだ先で、見つけたのだ! ウサギの人形を! 「おっ、お前の言っていたウサギと似ているな。もしかしてそれじゃないか?」 15

2015-07-22 20:07:28
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ガイラは静かにその人形を眺めていた。そして、ポケットから何かを取りだす。それは破片になってしまった、薄汚れた、ウサギの人形の欠片だった。「お前……見つけていたのか」 ロスドはぎょっとした。自分が用意しなくても、彼はすでにプレゼントを見つけていたのだ。 16

2015-07-22 20:15:28
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ロスドは「やってしまった!」という顔をして固まった。ガイラは静かにウサギの人形を……自分の見つけた汚い残骸と見比べる。「妄執だとは分かっていた。プレゼントがもはやゴミになっていたことを受け入れられず、俺は幻想と妄執に囚われてゴミを掘り返していた」 17

2015-07-22 20:20:56
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「ありがとう、俺に『答え』をくれて。答えが見つからないって、辛いよな……」 ガイラは笑顔で振り返った。「ばれてるのかよ」 ロスドは親指を立てて笑顔を返す。ガイラはゆっくりと太陽の光に溶けて消えていった。最後に、ガイラは呟く。 18

2015-07-22 20:26:33
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「ハッピーバースデー。もう届かないけど、ようやく俺はこれを口にできる」 19

2015-07-22 20:32:23
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ガイラは完全に消えた。後に残ったのはウサギの人形と、それによく似た残骸だけだった。 20

2015-07-22 20:36:27
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――ハッピーバースデー・フロム・ヘル (了)

2015-07-22 20:37:09